ハーフエルフと陰密将と馴れ初め
スウィッシュたちは、詰め所で神殿で手に入れた見取り図のおかげで、入り組んだ神殿の中を迷いなく進んでいた。
時折、武装した神官兵たちと鉢合わせするものの、アルトゥーの持つあまりの影の薄さによって、共にいるスウィッシュとファミィも存在感を希釈されている事によって、気付かれる事無くやり過ごせる。
そのおかげで、彼女たちは、まるで自分の家を歩くようにのびのびと回廊を歩いていく事が出来ていた。
……だが、
「……おい、スウィッシュ」
そんな状況に、ファミィは不満そうだった。
彼女は、アルトゥーの右腕に自分の腕を絡ませてピッタリと身を寄せながら、彼の左側を歩くスウィッシュに険しい目を向ける。
「お前、少し近過ぎる。アルトゥーの隣からもっと離れろ」
「は? 何言ってんの?」
ファミィのあからさまに不機嫌な声を聞いたスウィッシュも、露骨に顔を顰めてみせた。
「これ以上離れたら、アルの根暗オーラの範囲から外れて、人間族にあたしの存在がバレちゃうじゃない。これでも、結構ギリギリのところまで離れてるのよ」
「しかし……もう少しで肩がぶつかりそうじゃないか。せめてもう少し……腕を伸ばしても当たらないくらいの距離で……」
「どんだけ距離を空けさせようとしてるのよ!」
スウィッシュは、ファミィの言葉に思わずツッコむ。
そして、呆れ顔を浮かべつつ、ファミィにジト目を向けた。
「まったく……アナタがアルの事を大好きなのは分かるけど、だからって、少し過剰すぎませんかぁ?」
「だ……だってしょうがないじゃないか……」
ファミィは、スウィッシュの呆れ声に、頬を染めながら言い返す。
「わ、私は、アルトゥーの事を誰にも取られたくないんだもん……」
「心配しなくても、アルの事なんか取らねーし!」
スウィッシュは、ファミィの言葉にウンザリ顔で声を荒げ、アルトゥーの顔に指を突き付けた。
「アルとは物心ついたころから一緒にいるけど、恋愛感情を抱いた事なんて一秒たりとも無いし! むしろ、一生独り身のまんまなんじゃないかって心配してたくらいなんだから。こんなので良かったら、どうぞご自由に持っていって下さいって感じよ、マジで!」
「……」
スウィッシュの歯に衣着せぬ言葉に、アルトゥーは一瞬だけ複雑な表情を浮かべ、それとは対照的に、ファミィは安堵の表情を浮かべる。
「そ、そっか……だったら、良かった……うん」
「……なんか、随分とキャラが変わったわね、あなた」
スウィッシュは、微笑むファミィの顔をアルトゥーの肩越しに見ながら、しみじみと言った。
「初めて会った時は、プライドばっかり高くて、あたしたち魔族の事を見下しまくってたいけ好かない女だったけど……今のあなたは、その頃とは似ても似つかないわ」
「う……そ、それは……その」
ファミィは、スウィッシュの言葉にたじたじとなる。
そんな彼女の顔を見つめていたスウィッシュは、ふっと表情を和らげて言葉を継いだ。
「あたしは、今のあなたの方がいいと思うわ。何と言うか……肩に力が入ってなくて、自然に振る舞っているような感じ?」
「……そうかも」
スウィッシュの言葉に、ファミィもはにかみ笑いを浮かべながら頷き、しみじみと言った。
「スウィッシュの言う通りだ。今の私は、とても楽しく生きられていると感じる。以前には、こんなのびのびとした気持ちで日々を過ごせるとは思いもしなかった……」
「……やっぱり、それはアルのおかげで?」
「うん……半分は」
「……半分? 全部じゃないんだ?」
「ああ……」
意外そうな声を上げるスウィッシュに、ファミィは穏やかに微笑みかける。
「もう半分は、お前たちのおかげだよ」
「ふぇっ?」
ファミィの答えに、スウィッシュは目を丸くし、それからみるみる頬を赤く染めた。
「な、何をいきなり言い出してるのよ! そ、そんなお追従みたいに……」
「追従なんかじゃないさ」
目を泳がせながら声を上ずらせるスウィッシュに、ファミィは首を横に振りながら言葉を継いだ。
「私が変われたのは、お前やサリア……あ、あと、ほんのついでに、あの魔王……のおかげだと思う。……これは、私の偽らざる気持ちだ」
「え……え、ええと……」
スウィッシュは、ファミィの素直な言葉にどう返すべきか迷い、落ち着かなげに視線を彷徨わせる。
そして彼女は、おもむろに目を輝かせ、
「そ、そんな事よりさ! 聞かせてよ、あなたたちが付き合うようになったきっかけ!」
と、半ば強引に話題を切り替えた。
「どのくらい前から付き合い始めたの? 少なくとも、あたしと陛下が異世界に飛ばされた後だよね? アルのどんなところに惹かれたの? 最初はどっちから告白したの? デートとかしたの?」
「へ、へっ?」
スウィッシュから次々と質問を浴びせかけられたファミィは、ビックリした様子で目をパチクリさせる。
だが、彼女より覿面に驚き慌てたのは、アルトゥーだった。
「ちょっ! ひょ、氷牙将ッ? いきなり何を……ッ!」
彼は、飛び出さんばかりに目を剥きながら、声を上ずらせる。
だが、スウィッシュは狼狽するアルトゥーの事をあっさりと無視して、興味津々といった様子で目をキラキラと輝かせている。
そんなスウィッシュの熱い視線を受けて、少しの間当惑していたファミィだったが、恥じらうように目を伏せ、それからおずおずと口を開いた。
「あ、アルトゥーとそういう関係になったのは、今から二ヶ月くらい前で……」
「ちょ! ファ、ファミィさんッ?」
「うんうん! それでそれでッ?」
「そ、その前から、アルトゥーの真面目なところとか、さりげなく気遣ってくれるところとかがいいなって思えてきてて……」
「おお~! そうなんだ!」
「そ、それで……ある日、旅先で夕立に遭った時、雨宿りの為に入った小屋の中で濡れた体を拭いているうちに、なんか気持ちが一気に盛り上がっちゃって……そうしたら、アルトゥーがいきなり私を――」
「す、ストップ! ストオオオオオオップ!」
ぽつぽつと話すファミィの声は、アルトゥーが上げた必死の絶叫で遮られた。
スウィッシュが、不満を露わにした顔で、アルトゥーの事を睨みつける。
「何よ、アル! 人が聞いてるのに、邪魔しないでよ!」
「い、いやいや! 邪魔しない訳が無いだろうが!」
頬を膨らませるスウィッシュに声を荒げたアルトゥーは、「……それに」と言葉を続け、前方を指さした。
「……ここじゃないのか? 目的の――聖女の隠れ場所につながる通路のある部屋というのは」
「え――?」
アルトゥーの言葉を聞いて、スウィッシュはハッと我に返り、慌ててアルトゥーが指さす先に視線を向ける。
「……本当だ」
そう呟いた彼女の目に映ったのは、赤く錆びついた巨大な鉄扉だった――。




