姫とうんのよさとうんのわるさ
「マジで、何だよそりゃ……そのデタラメなパラメータは……?」
サリアの頭上を見据えたまま、驚愕で口元を戦慄かせるシュータ。
普段の、余裕と傲慢と不遜が服を着て歩いている様なシュータの姿を見慣れたエラルティスとファミィ、そしてギャレマスは、彼の様子の変貌ぶりに戸惑いの表情を浮かべる。
だが、彼女たちが当惑したのは、彼の様子にだけではない。
「て、いうか……『うんのよさ』999……って、何の話ですの?」
「う……『うんのわるさ』が864? ――何なんですか、その数字は?」
「しゅ、シュータよ……お主は一体、何を言っておるのだ?」
三人は、シュータの口走った単語の意味が解らず、目をパチクリとさせた。
……どうやら、シュータだけには視えるという“ステータス”の事なんだろうとは推測できる。
だが、『なぜ、サリアの“ステータス”を見ただけの彼が、これほどまでに激しく取り乱しているのか』という事が、“ステータス”というものを見れず――というか、そもそもそんな概念が存在している事すら知らなかったギャレマスたちには、皆目見当がつかなかった。
「あ――っ、もうっ!」
周囲の者たちが一様に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのに気付いたシュータは、苛立たしげに地面を蹴りつけると、サリアの頭上を指さしながら怒鳴る。
「“ステータス確認”のチートを持ってねえお前らには見えないだろうけど、コイツのステータス、やべえんだよッ! 『うんのよさ』が999って、カンストしてるって事なんじゃねえのか? ……っつうか、数値が3ケタいってるヤツ自体、俺は見た事ねえぞ!」
「は……はぁ……」
「何だよ、その薄いリアクションはぁぁぁっ!」
自分の力説に対するギャレマスたちの反応の鈍さに、シュータはまるで癇癪を起こした駄々っ子のように、激しく足を踏み鳴らした。
そして、こめかみに青筋を浮かべながら、更に言葉を続ける。
「そ……それに、何で『うんのよさ』があるのに、それにプラスして『うんのわるさ』なんてステータスがしれっと載ってんだよ、この女! 普通要らねえだろ、『うんのよさ』があるんだから! 何で、『うんのわるさ』がわざわざ項目分けされた上、更に864なんてバカみたいな数値になってんだよッ! マジで訳が分からねえっ!」
「?」
「……?」
「…………?」
「………………?」
「だーっ、クソがっ! やっぱり伝わんねえのかよ、このヤバさがぁっ!」
自分が感じているサリアの異常さを、当のサリア自身を含めた全員が全く理解できていない事に激しいもどかしさと苛立たしさと腹立たしさに覚えたシュータは、頭を抱えて悶絶した。
「あ……あの~……」
興奮して一方的に捲し立てるシュータの剣幕に怯えながらも、おずおずと手を挙げたのはファミィだった。
彼女は、上目遣いでシュータの顔を窺いつつ、恐る恐る尋ねる。
「シュータ様……。な……何だか、難しいお話をしてたみたいですけど、要するに、『この魔王の娘の能力がとんでもなくスゴい』っていう事なんでしょうか?」
「違う! そうじゃない」
ファミィの問いかけに、シュータは激しく頭を振り――そのまま首を傾げた。
「そうじゃないんだけど……とにかく、良く分からないけど『クソヤバい』って感じっていうか……。他のステータスは普通なのに、運関係のだけ数値が異常だったり、他の奴には無い『うんのわるさ』がカウントされてるのが不気味だっつーか……」
「ぶ、不気味ッ? こらシュータ! キサマ、サリアの事を不気味だとぬかすのか! こーんなに可愛らしくて気立てもいい、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘であるサリアを――!」
「――超重力、更に倍」
「ぐ、あああああああああああっ!」
地面に埋まったまま抗議の声を上げたギャレマスを、超重力の重ね掛けで無理矢理黙らせたシュータ。
彼は、顎に指を当ててブツブツ呟きながら、しきりに首を左右に揺らし続けていたが、
「……いや、待てよ」
ハッと何かに気付いたように目を見開くと、ポンと手を叩く。
そして、今度はウンウンと縦に首を振りながら、「そもそもさぁ」と口を開いた。
「どんなに『うんのよさ』が高かろうが、『うんのわるさ』が数値化されてようが、それ以上の攻撃力と強力な魔法があれば関係無くねえか?」
そう独り言ちると、シュータは再び瞳を金色に輝かせ、サリアの頭上に視線を向ける。
そして、ニヤリとほくそ笑んだ。
「……そうだよ。この程度のHPなら、俺の攻撃を一発でも食らえば、すぐに戦闘不能だ。そんなに警戒するまでもねえか」
そう、半ば自分に言い聞かせるように呟くと、たちまち彼はいつもの尊大で傲慢で不遜な態度を取り戻した。
そして、それまでずっと訝しげな目で自分を見ていたサリアの顔を“ステータス確認”を解除した黒い瞳で見下す。
「さて……待たせたな。お前のステータスには少~しだけビックリしたけど、もういいや」
「……『もういいや』とおっしゃるのなら、お父様にかけた魔法を解いて頂けませんか?」
「ふん……ヤダね」
シュータは、サリアの要求を鼻で嗤い飛ばすと、超重力×2のせいで、完全に地中に埋まったギャレマスを指さした。
「もういいやって言ったのは、お前の事だよ。そっちでノビてるクソ親父の方には、色々とお仕置きしてやる用事があるんだ。解放してやるわけにはいかねえな。全然戦闘向けじゃないゴミステータスのお嬢さんは、大人しく帰ってどうぞ」
「帰るって……そんな事、出来る訳無いでしょうッ!」
まるで犬を追い払うかのようにしっしっと手を振ってみせたシュータに激昂したサリアは、その細い眉を吊り上げ、紅玉の如き瞳を爛々と輝かせながら叫ぶ。
「このサリア・ギャレマス! 魔王イラ・ギャレマスの娘としての誇りにかけて、ここで退く訳には参りませんの!」
「……そうかい」
毅然とした態度でそう言い放ったサリアに向けて、皮肉げに目を眇めたシュータは、おもむろに伸ばした指を忙しく動かした。
たちまちの内に中空に描き出される、白い光を放つ十数個の魔法陣。
「――いかん! 逃げよ、サリアッ!」
シュータの描き出した魔法陣を見たギャレマスが、焦燥に駆られながら叫んだ。
「あの魔法陣は――」
「だったら――」
ギャレマスの絶叫を遮るように、シュータの余裕と愉悦に満ちた声が重なる。
シュータは嗜虐的な笑みを浮かべると、おもむろに両手を広げ、思い切り掌を打ち合わせた。
「その薄っぺらい誇りとやらで凌いでみせな! この俺が放つ攻撃をなぁッ!」
シュータがそう叫んだ瞬間、彼の前に展開された十数個の魔法陣から、銀色に輝く長大な刃が一斉に飛び出し、サリア目がけて一気に殺到した――!




