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少女と要求と兵長

 「な……なんだキサマはッ!」


 唐突に現れた若い女の姿を見た神官兵が、上ずった声で叫んだ。

 だが、女の姿が、氷塊の下敷きになって伸びている自分の同僚がつい先ほど口にしていた闖入者の容姿と一致している事に気付き、たちまち顔面蒼白になる。


「ま……まさか……そ、その貧にゅ――ぐほあぁぁっ!」

「何で髪形とか目の色とかすっ飛ばして、真っ先に()()で認識するのよこのボケがああああああ――ッ!」

「ぶべるあああああぁっ!」


 迂闊に口を滑らせた神官兵は、憤怒の形相を浮かべた女の鉄拳……もとい、()()を鼻柱に受け、鼻血を吹き上げながら昏倒した。


「本っ当に失礼な奴らね、人間族(ヒューマー)って! 胸しか見えてないのかっつーのッ!」


 拳を覆っていた氷製の手甲(グローブ)の魔術を解除しつつ、蒼髪の少女はプリプリした顔でボヤく。

 そして、剣呑な光を宿した紫色の瞳で、立ち竦む兵長をジロリと睨んだ。


「ひ――!」


 少女の鋭い視線を受けた兵長は、腰に提げた剣の柄を握りながら、怯えた声を上げる。

 と、少女はフッと表情を和らげ、彼に声をかけた。


「ええと……すみません。あなたが、ここの責任者さんですか?」

「……へ?」


 彼女の、さっきまでの狼藉っぷりとは一変した穏やかな物腰に、兵長は呆気にとられる。

 そんな彼にニッコリと微笑みかけながら、少女は言葉を継いだ。


「あの……あたし、スウィッシュっていいます。これでも、真誓魔王国で四天王をやってます」

「し、四天王……ッ?」


 少女の言葉に、兵長は体を震わせる。

 “真誓魔王国”という事は、やはりこの娘は魔族だという事だ。しかも、“四天王”という事は、魔族の中でも高位中の高位……!

 兵長は、己の命が今日で(つい)える事を確信し、絶望の表情を浮かべる。

 ……が、そんな彼の顔を見た少女――スウィッシュは、慌てて手を左右に振った。


「あ、違うんです。あたしは、別に戦いに来た訳じゃないんです」

「は……?」


 スウィッシュの言葉に、兵長は怪訝な表情を浮かべ、思わず足元に転がるふたりの部下に目を遣る。


「あ……え、ええと、それは……」


 それを見たスウィッシュが、僅かに頬を染めながら、おたおたと言い訳し始めた。


「そ、その人たちが悪いんですよ! あたしの胸がちい……アレだって言うから!」

「……」

「……ひょっとして、あなたも同じ事思ってます?」

「アッイエ! と、トンデモナイッスッ!」


 一気に表情を消し、眉間に皺を寄せながら拳を握りしめかけたスウィッシュを見て、兵長は必死で首を大きく左右に振る。

 そんな彼にジト目を向けながら、上げかけた拳を下ろした彼女は、コホンと咳ばらいをしてから、話を本題に戻した。


「……とにかく、あたしには、殊更にあなた方と事を構えるつもりは無いんです」

「いや……もう充分に事を構えているような気が……」

「……なにか?」

「あっ、何でもないですッ!」


 スウィッシュにじろりと睨まれた兵長は、顔面を引き攣らせながら、必死で首を左右に振った。

 神と信仰に捧げた身とはいえど……やっぱり命は惜しい。


「――それでですね」


 兵長の反応に、一瞬胡乱げに首を傾げたスウィッシュだったが、すぐにその表情を和らげると、言葉を続けた。


「あたしは、ある目的を果たす為、ここまで来たんです」

「も、目的……?」

「先ほども申し上げた通り、あたしは無用の戦闘を望みません。もし、あなたがたがあたしの出した要求を呑んで頂けるのなら、素直に立ち去る事をお約束いたします」

「よ、要求……だと?」


 スウィッシュの言葉に、兵長は警戒を露わにしつつ、慎重に尋ねる。


「要求……そ、それは一体、何なのだ?」

「呑んで頂けますか?」

「そ、それは、要求を聞いてみない事には答えられん……」


 兵長は、恐怖で体を震わせながら答えた。

 その答えを聞いたスウィッシュは、穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「確かにそうですよね……でも、大丈夫だと思いますよ。あたしの要求は、そんなに難しい事じゃありません」


 そう言うと、彼女は人差し指を立てた。


「あたしの要求は一つだけ。――とある人間族(ヒューマー)の身柄を引き渡してほしい……それだけです」

「み、身柄……? だ、誰のだ?」


 訊き返す兵長に、スウィッシュはニッコリと微笑みかけ、それから人差し指で彼の後方を指さして答える。


「――この神殿の本殿の奥に潜んでいるという、ク……“聖女”・エラルティスです」

「な――ッ?」


 スウィッシュの言葉を聞いた兵長は、目を大きく見開いて驚愕の声を上げた。


「せ……聖女様だと? なぜだ? なぜ、貴様たち魔族が、聖女様の身柄を欲するのだッ?」

「……申し訳ないですけど、それは真誓魔王国の機密に係わる事なので、お答えできかねます」


 スウィッシュは、そう言って軽く(かぶり)を振ると、おもむろに表情を消し、兵長の顔を見据える。

 そして、紫瞳に冷たい光を宿しながら、囁くような低い声で言葉を継いだ。


「――どうなさいます? あたしの要求を、おとなしく呑んで頂けますか? それとも、拒否なさいますか? ……まあ、あたしは別にどちらでも構いませんよ。拒否されても、力づくであのクソ聖女を搔っ攫うだけですから」

「……!」

「……そうなったら、あたしも、()()()()()()()()()()手加減できませんので悪しからず。正直言って、あまり時間が無いんで……」


 そう言いながら、スウィッシュは静かに右手を頭上に掲げた。

 その掌が青白く光り始めると同時に、猛烈な冷気が辺りに立ち込め、あらゆるものを凍らせ始める。


「ひ……っ!」


 兵長は、猛烈な冷気と恐怖で体を震わせたが――大きく首を左右に振った。


「ま……魔族風情が舐めた口を利くな! い、偉大なる創世神シゲ・オウ・ツハルに生涯を捧げる我々が、貴様ら魔族どもの要求を呑む訳が無かろう!」

「……そうですか」


 兵長の言葉を聞いたスウィッシュは、小さく溜息を吐くと、理力を込めた掌に更なる力を込めながら言う。


「分かりました。そういう答えならば、先ほどお伝えした通り――」

「ま、待てっ! は、話を最後まで聞け……聞いて下さいッ!」

「……え?」


 スウィッシュは、両手を体の前で左右に振りながら必死に叫ぶ兵長の様子を見て、当惑して目をパチクリとさせた。

 そんな彼女を前に、兵長は更に絶叫する。


「わ、我々が、聖女様の身柄をむざむざと渡す訳が無いだろう! たとえ、この身を拷問にかけられても絶対に喋らぬぞ! 本殿の回廊を左回りに進んで、角を二回曲がった後の三番目の扉の奥にある隠し通路を通った先の奥殿に居座っている聖女様の居場所など!」

「……へ?」

「あぁ~ッ! 口が裂けても言わんぞ! 我儘放題で浪費も激しい聖女様に、神殿の者たちがほとほと手を焼いている事や、みんな口には出さないが、心の中では一刻も早く聖女様がどっかに行ってほしいと願っている事とか!」

「え、えーと……」

「もしも、誰かが聖女様を連れていってくれるのなら、みなが喜んで見て見ぬふりをするだろうって事なんか、絶対に口外するものかぁっ!」

「……」


 毅然とした声で叫びながら、意味深に目くばせをする兵長の顔を見て色々と察したスウィッシュは、当惑と同情と憐憫が籠もった表情を浮かべながら、


「あの……と、取り敢えず、ありがとうございました……」


 と、彼に向かってペコリと頭を下げるのだった……。

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