魔王と勇者とぱふぱふ
「――ぷはぁっ!」
上から押し被さった巨きな双丘の間からようやく顔を出したギャレマスは、至近の距離にあるジェレミィアの顔から微妙に目を逸らしながら、彼女に礼を言う。
「す、すまぬ。助かったぞ、ジェレミィア。だが……」
そう言うと、彼は酸欠とは別の理由で耳の先まで真っ赤にした顔に、訝しげな表情を浮かべた。
「なぜ……なぜ、余の事を助けてくれたのだ? お主は“伝説の四勇士”で、シュータの仲間――つまり、余の敵であるはずだ。なのに……」
「うーん……確かにそうなんだけどね」
ギャレマスの上に圧し掛かったままのジェレミィアは、彼の問いかけに困ったような苦笑いを浮かべながら首を傾げる。
「なんか……魔王さんが危ないって思ったら、勝手に体が動いちゃってたんだ。良く分からないんだけど」
「そ、そうか……良く分からないか……」
ジェレミィアの答えに、納得したようなしていないような顔で頷いたギャレマスは、地面の上で仰向けに横たわったまま彼女の顔を見上げ、更に顔を赤くしながら「と、ところで……」と切り出した。
「そ、その、助けてくれたのは非常にありがたいのだが……その、そろそろ余の上からどいてもらえると……」
「……あ、そっか。ごめん」
ギャレマスの言葉で、自分の体――特に、豊満な乳房が彼の身体を圧し潰している事にようやく気付いたジェレミィアは、慌てて体をどかす。
と、少し離れたところから、呆れ混じりの声が上がった。
「全く何じゃ何じゃ。せっかくのラッキースケベ展開なんじゃから、もっと存分に堪能すれば良いものを。そんなに見事な巨乳に顔を埋もれさせられる機会など、そうそう無いぞい! あの氷のお姐ちゃんには黙っといてやるから、もっとサービスサービスぅしてもらったらどうじゃ? ヒョッヒョッヒョ!」
「あのなぁ……」
よろよろと起き上がったギャレマスは、ヤジを飛ばしたヴァートスに辟易しつつジト目を向ける。
「今は、そのような事を言っている場合では……」
「その通りだぜクソ魔王ッ!」
怒りを剥き出しにした声を上げたのは、シュータだった。
「テメエ、なにどさくさに紛れてウチのジェレミィアの胸でぱふぱふしてやがんだよ! つか、魔王のクセにぱふぱふしてもらってんじゃねえ! ぱふぱふしてもらうのは、ドラ〇エ1以来の勇者の専売特許だろうがこのボケカスっ!」
「い、いや! こ、コレは不可抗力というかなんというか……」
「問答無用っ! 天誅――ッ!」
ギャレマスの言葉にも耳を貸さず、ギャレマスは右手に持っていたエネルギー剣を大きく振りかぶった。
そして、足元に反重力の魔法陣を展開させ、その反動を利用した超加速でギャレマス目がけて斬りかかる。
「くっ! 真空刃剣呪術ッ!」
あっという間に距離を詰めてきたシュータを前に、ギャレマスも即座に真空の剣を創り出し、勇者の振り下ろしたエネルギー剣の刃をすんでのところで受け止めた。
そして、鍔迫り合いをしながら、必死にシュータに訴えかける。
「や、やめるのだシュータ! お主、本気で余を斃す気かっ? だが、そうしたら、お主は元の世界へ……」
「うるせえ! だから、黙ってろって言ってんだろうが!」
「くぅっ!」
まるでギャレマスの言葉を遮ろうとするように、次々と苛烈な斬撃を繰り出すシュータ。
ギャレマスも真空の剣を振るって、次々に襲いかかるシュータの剣閃を必死でいなす。
――と、その時、
「だから、やめなって、シュータ!」
見かねたジェレミィアが細剣を抜き、ギャレマスとシュータの間に割り込んだ。
「本気で魔王さんを殺しちゃう気なの? それじゃ話が違うじゃん! 昨日、アンタは――」
「お前にも黙ってろって言っただろうが! ジャマすんじゃねえよ、ジェレミィアッ!」
「わあッ?」
シュータは、割って入ったジェレミィアにも容赦なく斬撃を浴びせる。
それを彼女の背後で見ていたギャレマスは、湧き上がった激情に任せて、シュータに向けて真空の剣を繰り出した。
「血迷うたか、シュータ! 余だけでなく、味方のジェレミィアにまで攻撃を加えようとはッ! そこまで下劣な男だったか、貴様!」
「だーかーらっ……クソっ! まったく、めんどくせえなぁッ!」
忌々しげに舌打ちをしたシュータは、エネルギー剣を横に掲げ、魔王が真っ直ぐに振り下ろした真空の刃をはっしと受け止めた――!
◆ ◆ ◆ ◆
「……あらあら、なんかややこしい事になっちゃってるみたいねぇん」
少し離れたところで、激しく入り乱れて戦う勇者と魔王と半獣人の姿を傍観しながら、マッツコーは呆れ声を上げた。
「さすがの勇者ちゃんも、雷王ちゃんと獣人ちゃんを同時に相手したら分が悪そうね……」
彼はそう呟きながら、僅かに眉間に皺を寄せ、紫色のマニキュアを塗った爪を噛む。
そして、
「……しょうがないわねぇん」
そう呟いたマッツコーは、無言のままずっと傍らに佇んでいた彼の玩具の肩を叩いた。
「ここはひとつ、勇者ちゃんの助太刀をしましょうか。出番よ、イキビト一号ちゃん」
「……」
彼の声と共に、それまで微動だにしなかったイキビト――サトーシュ・ギャレマスの抜け殻がゆっくりと両手を挙げ、パチンと打ち合わせる。
『……イカズチアレ』
右腕を真っ直ぐ上に挙げたサトーシュの口から、カサカサに渇いた紙が摺り合わさるような声が上がるや、暗い闇に包まれた空から一条の雷が閃いた。
音を置き去りにして地上に降り注いだ雷光は、サトーシュの伸ばした指先に炸裂し、巨大な球雷へと収束する。
『……アサク・サメイブ・ツ』
抑揚の無い声で呪術の名を呼んだサトーシュが、指先の巨大な球雷を前方に向かって投擲した。
言うまでもなく、その軌道の先に居るのは――彼の孫であり、現魔王であるギャレマス――!
球雷が放つ白く眩い光に照らし出された白面に満足げな薄笑みを浮かべながら、マッツコーは呟く。
「ふふ……じゃあね、雷王ちゃん。安心なさい……アナタの亡骸は、アナタのお祖父ちゃんと同じように、ワタシが有効的に再利用してあげるか――」
『火の精霊 我が願いに応じ 集いたまえ 焔の薄刃 万を裂くべし!』
彼の言葉は、しわがれた声による精霊術の詠唱によって遮られ、次の瞬間、無数の炎の刃が球雷に突き刺さり、千々に切り裂いた。
「……なに?」
あっという間に裁断され、淡い白光を残して霧散した球雷を目の当たりにしたマッツコーは、ハシバミ色の瞳を僅かに見開く。
「ヒョッヒョッヒョッ!」
そんな彼の耳に、人を食ったような高笑いが聞こえてきた。
眉を顰めて声のした方に向けた目に、白髯を風に靡かせながら仁王立ちするエルフの老人の姿が映る。
「アナタは……!」
「生憎じゃが、お前さんにギャレの字の邪魔はさせんぞい! 棺桶から無理やり引っ張り出されたヤツの相手は、棺桶に半分足を突っ込んどるワシがして進ぜようぞ! ヒョッヒョッヒョッ!」
ヴァートスは、その皺だらけの顔に満面の笑みを浮かべながら、実に楽しそうに言い放つのだった。




