勇者と目的と当惑
「な……?」
マッツコーの言葉に小さく頷いたシュータの姿を見たギャレマスは、あまりの驚愕に言葉を失った。
「ど……どういう事だ……?」
彼は、呆然として目を大きく見開き、うわごとのように呟く。
それを横目で見たマッツコーが、憐れむような苦笑を浮かべて言った。
「あらあら、かわいそうな雷王ちゃん。やっぱり、実の娘である陛下ちゃんが、勇者ちゃんに自分の命を奪うよう言った事が、とってもショックだったのねぇん」
「……い、いや」
ギャレマスは、嘲るような癒撥将の言葉に、ぎこちなく首を横に振る。
そして、沈痛な表情を浮かべながら、ぽつぽつと続ける。
「まあ……ショックはショックだが、半分は予想がついていた。もしツカサが余の生存を知ったら、自分の即位の妨げにならぬよう、余の命を狙いに来るであろう、とな」
そう呟いたギャレマスは、口惜しげに唇を噛んだ。
「……だが、予想外だったのは――」
そこまで言った魔王は、マッツコーとは別の方向に険しい目を向ける。
彼の視線の先にシュータが居る事に気付いたマッツコーは、したり顔をした。
「あぁ、予想外だったのは、陛下ちゃんが、勇者ちゃんに雷王ちゃんの抹殺を頼んだ事よねぇん」
納得したように頻りに頷いたマッツコーは、酷薄な笑みを浮かべながら、上目遣いでギャレマスの顔を見据え、「……でも」と言葉を継ぐ。
「それは当たり前じゃないかしら? ぶっちゃけた話、この世界で雷王ちゃんに勝てそうなのって、勇者ちゃんしかいないじゃない? その勇者ちゃんがたまたま自分と仲良くなって、自分の城に逗留してるんですもの。そりゃ、渡りに船とばかりに一働きをお願いしちゃうわよねぇん」
「――違う!」
だが、ギャレマスはマッツコーの言葉をきっぱりと否定した。
そして、シュータの顔を鋭い目で睨みつけると、激しい口調で叫ぶ。
「シュータ、マッツコーの申した事は真かッ? お主、ツカサから頼まれて、余の事を始末しに……?」
「……だから、そうだっつってんだろ?」
「――ッ!」
もう一度、先ほどと同じように頷いたシュータを前にして、ギャレマスは一瞬呆気にとられた。
そして、目を飛び出さんばかりに大きく見開きながら、激しく頭を振って声を荒げる。
「そ、そんな訳無い! 無いはずだ! な、なぜなら、もしも余が斃されたら、異世界転移者のお主は元の――ッゴフゥッ!」
「うるせえ。黙ってろ」
魔王の必死の形相のド真ん中にノーモーションで発動したエネルギー弾を炸裂させたシュータは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべると、素早く指を動かして魔法陣を描き出した。
中空に描かれた魔法陣の中央から、赤く光る剣の柄が突き出てくる。
シュータが、即座に手を伸ばして剣の柄を握り、そのまま引っ張ると、魔法陣の中から刀身が赤く輝くエネルギー剣が姿を現した。
「さて……と」
そう呟いて、感触を確かめるようにエネルギー剣を何度か振ったシュータは、剣をギャレマスの胸元に擬すと、口元を邪悪に歪める。
「っつー訳だからよ。おとなしく俺にやられてくれや、クソ魔王」
「しゅ、シュータ……?」
先ほどのエネルギー弾の直撃で溢れ出る鼻血を拭う事も忘れ、ギャレマスは混乱した表情で首を捻った。
「お、お主、よもや忘れた訳ではあるまい? い、異世界転移者は、その世界で神から与えられた目的を果たしたら――」
「だから、黙ってろって言ってるだろうが! もうボケたかクソ魔王!」
「い、いや……だって、お主が神に与えられた目的は、余を討滅する事なのだろう? だったら――」
「喋んなっつってんだろうがッ!」
ギャレマスの声を遮り、創成したエネルギー弾を怒声と共に放つシュータ。
「この状況で悪の魔王が喋るのを許されるセリフは、『世界の半分をお前にやろう』だけだボケェ!」
「――ッ!」
ギャレマスは、風を切ってみるみる接近してくる杭型のエネルギー弾が、今しがた自分の顔面を襲ったものより格段に大きい事に気付き、表情を強張らせる。
(このエネルギー弾は、余に大きなダメージを確実に与える為に放たれた――いわば“本気の攻撃”だ!)
と、攻撃の危険性を即座に悟ったギャレマスは、即座に黒翼を展開して攻撃を防ごうとした。
……だが、
「……痛ぅッ!」
翼に走った鋭い痛みに、彼は顔を顰める。さっきシュータが放った錐型飛翔体型エネルギー弾の爆発の衝撃波と岩礫が、彼の黒翼を深く傷つけていたのだ。
「ッ!」
一瞬動きの止まったギャレマスの視界に、回避不能な距離まで接近したエネルギー弾が映った。
(くっ……この一撃は食らわざるを得んか……っ!)
そう判断したギャレマスが、腹に力を込めて、じきに来る衝撃に備えようと身構える。
――と、その時、
「――魔王さんッ!」
という甲高い声と共に、ギャレマスの体に、彼が予測していたものとは違う衝撃が横ざまに加わった。
「ぐむぅっ……?」
不意打ちを食らい、大きくバランスを崩したギャレマスは、くぐもった驚きの声を上げながらその場に転倒する。
そんな彼の顔面に、重みのある物体が圧しつけられる。
それは、とても大きくて……とても丸くて……とても温かくて……いい匂いのする……。
「大丈夫、魔王さん? ケガとかしてない?」
「ふぉ……ふぉのふぉふぇふぁ……ふぇふぇふぃあ……っ?」
心配するジェレミィアの声を耳にしたギャレマスが上げた驚きの声は、彼女の豊満な胸の間に頭が深く埋もれているせいでひどくくぐもり、締まりの無い事この上ないものになってしまうのだった……。




