勇者と魔王城と経緯
「ツカサから頼まれた……だと?」
ジェレミアの言葉を聞いたギャレマスは、驚きで目を大きく見開きながら訊き返した。
「な……なぜ、お主らがツカサの頼みを聞いて、余を探しに来るのだ? ……いや、そもそも、なぜツカサがお主らに頼みごとをするのだ?」
そう呟くように言いながら、彼は訝しげに眉を顰める。
そして、ジェレミアとシュータの顔を見回し、おずおずと訊ねた。
「シュ、シュータ、ジェレミア……そもそも、お主ら“伝説の四勇士”は、我々魔族と敵対する立場だろうが。それなのに、ツカサから頼みごとをするような間柄になるとは……。一体、この半年余りの間に、お主らとツカサに何があったというのだ……?」
「まぁ、確かにそういう反応になっちゃうよねぇ」
ギャレマスの問いかけに、ジェレミィアは苦笑を浮かべながら頷く。
「アタシも、ついひと月前くらいまでは、こんな事になるなんて思いもよらなかったもん。アタシとシュータが、賓客扱いされて魔王城の客室棟に滞在する事になるなんて……さ」
「ひ、賓客扱いぃ?」
ジェレミィアの言葉に、ギャレマスは再び驚愕の声を上げながら、大きく首を傾げた。
「ど……どういう事なのだ? な、なぜ敵であるお主らを“賓客”として城に逗留させておるのだ? ……い、いや、そもそも、なぜお主らは敵の中枢部にいるにもかかわらず、おとなしく滞在してお――ごぉっ!」
「うるせえなぁ! さっきから、なぜなぜなぜなぜと質問ばっかりしやがって! テメエは『どうしておなかがへるのかな』の歌に出てくるクソガキかッ? それ以上なぜなぜ言うんだったら、物理的にお腹と背中をくっつけてやるぞこのボケェッ!」
質問攻めするギャレマスの鳩尾にエネルギー弾を命中させたシュータは、不機嫌を露わにしながら捲し立てる。
「まあまあ、シュータ……」
そんな彼を宥めるように、ジェレミィアが口を挟んだ。
「そうは言っても、魔王さんはこっちの事情を全然知らないんだから、質問ばっかりになっちゃうのは仕方ないんじゃないかなぁ」
「……チッ!」
シュータは、ジェレミィアの執り成しに舌打ちすると、彼女に向けて顎をしゃくってみせる。
「……じゃあ、お前がクソ魔王に説明しとけ」
「はーい」
シュータの指示に気安く返事をしたジェレミィアは、鳩尾を押さえた格好のギャレマスに微笑みかけながら口を開く。
「えーっとね。あれは十日くらい前かなぁ。アタシとシュータは、ふたりで魔王城に攻め込んだんだ」
「せ、攻め込んだ? 魔王城に? ……ふたりでか?」
「そっ」
驚きの表情を浮かべるギャレマスに、ジェレミィアはあっさりと頷き、肩を竦めた。
「エラリィは神殿に引き籠ったまま出て来ないし、ファミっちは随分前からアタシたちとは別に行動してて、連絡がつかなかったしね」
そう言うと、彼女はニヤリと笑った。
「まあ……大方、いい男でも出来たんじゃない? 知らんけど」
「あ……」
何かを見透かしたかのようなジェレミィアの声に、ギャレマスはハッとする。
だが、彼女は意に介さぬ様子で、そのまま言葉を継いだ。
「……で、正門の前で、シュータとツッチー……ツカサは戦ったの」
「な、なんだとッ?」
ジェレミィアの言葉を聞いた途端、ギャレマスの顔は紙のように蒼白になった。
彼は、焦燥に満ちた表情で、声を上ずらせる。
「ど、どうして、ツカサと衝突したのだっ? “伝説の四勇士”が倒すべき敵は魔王であろう? あやつは、まだ魔王ではない! なのに、なぜ自ら進んで魔王城に攻めかかるような事を――?」
「そりゃもちろん――ツッチーからサッちゃんの身体と魂を取り戻す為に、ね」
「な……何だとっ?」
ギャレマスは、ジェレミィアの答えに目を丸くした。
「ま、まさか……シュータが、我が娘サリアの為に――」
「ち、違えぞ! 誤解すんなよ!」
なぜか焦った様子で、ギャレマスの言葉を否定するシュータ。
彼は、心なしか赤くなった顔で、激しく頭を振りながら声を荒げる。
「あ、アレは別に、サリアの事を助け出そうとか、そういうんじゃなくって……あ、アイツと約束したからだ! アイツの作った照り焼きバーガーを食べさせてもらうってな! その為には、サリアを元に戻す事が必要だろ? だ、だから……!」
「……って事らしいよ。知らないけど♪」
焦りながら捲し立てるシュータをくすくす笑いながら、ジェレミィアはからかうように言った。
その言葉を傍らで聞いていたヴァートスが、何かを察したように手を叩くと、ニヤリと薄笑む。
「あぁ……なるほど、そういう事か。いやいや、若いのぉ~。青春じゃなあ、ヒョッヒョッヒョ!」
「なんか言ったか、妖怪ジジイ!」
「いーえ~、べぇ~つぅ~にぃ~」
目を剥きながら怒鳴ったシュータに、おどけながら両手を広げて肩を竦めてみせたヴァートスは、ジェレミィアの方に顔を向けて、続きを促した。
「……で、それからどうなったんじゃ?」
「うん、それからね……」
ジェレミィアはコクンと頷くと、話を続ける。
「ふたりはそれから半日くらいずっと戦ってたんだけど、結局決着はつかなくてね……。もちろん、シュータの方がツッチーよりも強いのは確かなんだけど、あと一歩ってところまで追い込んだら、絶対に何かしら奇跡が起こって決めきれないって感じだったよ」
「何かしら……奇跡?」
「うん」
怪訝な表情を浮かべるギャレマスに、ジェレミィアは頷くと、思い出すように宙に視線を彷徨わせながら指を折り始めた。
「たとえば……シュータが踏み込んだ地面の舗装がいきなり陥没してバランスを崩したり、シュータが撃ったエネルギー弾が、たまたま空から降ってきた大きな隕石に当たって軌道が逸れたり。ええと、あとは……」
「あ、いや……もう良い。大体分かった……」
やにわに頭痛を感じながら、ギャレマスはジェレミアの言葉を遮る。
そして、痛む頭を手で押さえながら、シュータに向かって問いかけた。
「要するに……サリアが持っていた並外れた狂運は、ツカサになっても健在だという事だな……」
「ああ」
ギャレマスの言葉に、シュータは頷く。
そして、憮然とした顔で言葉を継いだ。
「……元々、サリアとツカサは同じものだからな。当然、持っているステータスも同じだ。あの、『うんのよさ』999と『うんのわるさ』864の出鱈目な数値はな……」
「ステータス……あぁ、なるほどのう。そういう事か……」
シュータが苦々しげに吐いた言葉に納得顔になったのは、ヴァートスだった。
彼は白く長い顎髭を撫でながら、うんうんと頷く。
「察するに、お嬢ちゃん――正確には、前世のお嬢ちゃんは、転生時の“キャラメイク”の際に、『うんのよさ』と『うんのわるさ』のパラメータにポイントを鬼振りしたんじゃな。それで、そんな極端なパラメータ数値に……」
「きゃ、キャラメイクっ?」
ヴァートスがさらりと言った聞き慣れぬ単語に驚きの声を上げたのは、シュータだった。
彼は頬を引き攣らせながら、ヴァートスに向かって声を荒げる。
「“キャラメイク”って……そ、そんなの、俺が転移した時には無かったぞッ?」
「え、そうなのか?」
シュータの言葉を聞いて逆に驚くヴァートスだったが、すぐに苦笑いを浮かべながら肩を竦めてみせた。
「……まあ、“転移”と“転生”は似て非なるモンじゃという事なのかもしれん」
「ど……どういう事だ?」
「ほれ……“転移”だと、魂の基礎はあくまで前のまんまじゃが、“転生”の場合だと、魂を一から作り直すじゃろう? つまり、前世でのパラメータ値をゼロに戻す訳じゃから、再生産の過程でパラメータをいじれるのは、けだし当然の事なのやもしれん」
「マジかよ……」
シュータは、転生者の老エルフの言葉に愕然とするのだった。
「……つか、“キャラメイク”って……ゲームそのまんまじゃねえかよ……。ネーミングセンス壊滅してんなぁ、神……」
「あ、驚いてんの、そこなんかい……」




