魔王とミサイル型エネルギー弾と威力
その、後部から青い炎を吹き上げながら真っ直ぐに飛ぶ、太い錐のような形をした赤いエネルギー弾。
日本から異世界転移転生してきたシュータやヴァートスには、それがミニチュアサイズのミサイルという事がすぐに分かるが、ギャレマスにとっては初めて見る物体であった。
……だが、それを一目見た瞬間、彼の優れた本能は即座に『これは危険なものだ』という認識を下した。
ギャレマスは、轟音を上げながら一直線に自分たちへ接近する錐型飛翔体のスピードが、自分に行動を起こして退避するだけの時間的猶予を与えてくれないであろう事を瞬時に理解するや、背中の黒翼を大きく広げる。
そして、せめて少しでも衝撃を和らげる緩衝体にせんと、自分とヴァートスの前に掲げた。
それを見たシュータは、チッと舌打ちする。
「――バカ! そんなコウモリ傘なんかじゃ凌げねえよ!」
彼はそう叫ぶや、自分が放ったミサイル型エネルギー弾の発動をキャンセルしようとする。
――が、ミサイルの形を成すほどに固く凝集したエネルギーの塊を即座にキャンセルする事は、さしものシュータであっても不可能だった。
「……くそッ!」
彼はそう毒づくと、自分の背後に向かって叫ぶ。
「ジェレミィア! たの――」
「――もう動いてるよ」
彼の依頼の言葉が紡がれ終わる前に、若い女の苦笑交じりの声が聞こえた。
次の瞬間、一陣の颶風がシュータの横を掠めるように過ぎ去り、飛翔する赤光のエネルギー弾をも一瞬で通り越した。
「ッ!」
何かが、錐型飛翔体をも凌駕する目にも止まらぬ速さで、自分の目前まで到達した事に驚愕するギャレマス。
と、
「――ゴメン、魔王さん!」
「うごぉおおっ?」
耳元で聞き覚えのある声が聞こえたと思った次の瞬間、ギャレマスは自分の左頬に強烈な衝撃と痛みが走るのを感じた。
そのまま、彼の身体は大きく横へと吹っ飛ばされる。
「おおおおおおぉぉぉ~……あがぁッ!」
状況が分からないまま吹き飛んだギャレマスは、山肌に突き出た大きな岩に体を叩きつけられて悶絶した。
「い、痛たたた……って、ヴァ、ヴァートス殿ッ?」
「――大丈夫だよ、魔王さん!」
したたかに打ちつけた背中と腰を擦りつつ、自分の後ろにいた老エルフの安否を気遣うギャレマスの耳に、元気な女の声が届く。
その声に、ギャレマスは目を見開いた。
「お主は……ジェレミィアかッ?」
「そーだよ、魔王さん。久しぶり!」
彼の呼びかけに朗らかな声で応えたのは、錐型飛翔体の射線から素早く飛びのいていた長身の半獣人の少女だった。
彼女は、脇に抱えた小柄なヴァートスの体を軽々と持ち上げながら、にぱっと笑ってみせる。
「ほら、エルフ族のお爺さんも無事だよ」
「そ……それは良かったが……」
ギャレマスは、ヴァートスの無事に胸を撫で下ろしながら、さきほどしたたかに殴られて腫れあがった頬を擦った。
「な、なぜ、いきなり余の顔を蹴り飛ばしたのだ、お主……?」
「いや、だって。アタシの両手は、このエルフのお爺さんを抱えるので塞がってたし」
「だからって……もうちょっとこう、何というか、手心というか……」
「あの状況じゃ、蹴り飛ばすのが一番早いし、確実だったんだよ」
不満げな魔王に、ジェレミィアは苦笑を浮かべながら「そうじゃなかったら……」と言葉を継ぐ。
「――魔王さん、アレをまともに食らって死んじゃってたよ」
彼女はそう言いながら、崖の向こうの空を指さした。
その指の先には、獲物を仕留めそこなって虚しく空を飛んでいる、錐型飛翔体の赤い光――。
と、次の瞬間、
“ドゴオオオオオオオオォォォンッ!”
という凄まじい轟音を上げながら、錐型飛翔体が爆発四散する。
「――うおぉっ?」
爆発と共に発生した爆風と衝撃波が、空気を伝って地上に到達する事を悟ったギャレマスは、驚愕の声を上げながらも、咄嗟に黒翼を広げた。
数秒後に到来した爆風によって吹き上げられた木々の枝や土砂や小石が次々と当たり、広げた黒翼の飛膜を傷つける。
「くっ……!」
身体ごと吹き飛ばされぬよう、歯を食いしばって懸命に踏ん張り、吹きすさぶ轟風の中を耐えるギャレマス。
まるで嵐のように荒れ狂いながら地上を蹂躙した爆風と衝撃波が収まるまでには、それから数分を要した。
「大丈夫、魔王さん?」
「あ、ああ……何とかな」
ジェレミィアがかけた気遣いの声に、翼の痛みに顔を顰めながら小さく頷くギャレマス。
彼は、上空で黒雲のように広がる爆発の残滓を見上げてから、ムクリと身を起こしたジェレミィアに訊き返す。
「……お主の方こそ、無事か?」
「うん。爆風が届く前に地面に伏せたからね」
「ヴァートス殿は……?」
「ヒョヒョッヒョッ! ワシもピンピンしとるわい!」
心配するギャレマスの耳に、矍鑠たる老人の声が届いた。
「この半獣人のお嬢ちゃんが上に覆いかぶさってくれたおかげで無傷じゃ! ちょうどいいエアバッグがふたつ、ワシの顔面を程よくガードしてくれたしのう……ヒョッヒョッヒョ♪」
「わわっ! ちょ、ちょっと、お爺さんッ?」
心なしかくぐもったヴァートスの笑い声と共に、狼狽えるジェレミィアの悲鳴が重なった。
見ると、ジェレミィアの体にヴァートスがぴったりと張り付き、彼女のふくよかな双丘にピッタリと顔面を押し付けている。
「ちょ……離れて……っ」
「ひょひょひょ! いやぁ~、この年齢になって、こんなデカパイの間に挟まる事が出来るとは思わなんだわい! この大きさ――F……いや、G……いや、もっとあるかのう?」
「ヴァ、ヴァートス殿ッ! お、お主、いい年齢をして何をしておるのだ! すぐに離れよ! 破廉恥だぞ!」
「クソ魔王の言う通りだ! とっとと離れろ、この子泣きジジイッ!」
ギャレマスの叫びに、シュータも大きく頷きながら、憤怒の形相で怒鳴った。
「……そんな羨ましい事、俺だってされた事もした事もねえんだぞ! ぶっ殺すぞクソジジイ! つか、今すぐ俺と場所を代わりやがれコノヤローッ!」
「……うわあ」
シュータの正直すぎる怒声に、思わず呆れ声を漏らすギャレマス。
一方のジェレミィアは、自分の体にしがみつくヴァートスを無理やり引き剥がすと、ジト目をシュータに向け、ぼそりと言う。
「……今の言葉、魔王城に帰った後で、サッちゃん……いや、ツッキーにチクるから」
「……ッ!」
ジェレミィアが口にした言葉を聞いた瞬間、シュータは目に見えて狼狽した。
「そ、それはやめろッ! じょ……冗談に決まってんだろ!」
「……」
「う、ウィットに富んだアメリカンジョークって奴だろうが! 真に受けてるんじゃねえよ!」
「……キミの返事は、それでいいんだね?」
「う……」
ジェレミィアの冷たい視線に晒されて、シュータはたじろぐ。
そして、眉根に深い深い皺を寄せると、勢いよく頭を下げた。
「……すみませんっしたぁっ! チョーシに乗り過ぎましたぁっ! だから……アイツにチクるのだけはやめてくれ、頼む!」
「……やめてくれ? 頼む?」
「お……お願いですからやめて下さいお願いしますッ!」
更にジェレミアに詰められ、やけくそ気味に連呼するシュータ。
そんな彼を見たギャレマスは、あんぐりと口を開け、目を丸くした。
「あ……あの傍若無人で尊大極まる態度のシュータが……謝っただと?」
「いや……そこまでビックリする事なの、魔王さん?」
「……って、そんな事よりも!」
苦笑するジェレミィアに、ギャレマスは狼狽を隠せぬ様子で問い質す。
「お、お主……さっき何と申したッ? ま……『魔王城に帰ったら』だと? な、なぜお主らが帰る先が――魔王城なのだッ?」
「あぁ、そこね……」
疑問をぶつけるギャレマスを前に、ジェレミィアは口の端を上げた。
と、魔王は顔を青ざめさせる。
「ま、まさか……魔王城は、既にお主らの手に落ちて、家臣たちやサリアは、もう……」
「あ、いやいや、違うよー」
最悪の状況を想像して、思わず声を震わせるギャレマスに、ジェレミィアは苦笑を向けながら頭を振ってみせると、いたずらっぽい目つきで魔王の顔を見つめながら、言葉を継ぐ。
「……魔王さんさ。アタシたちがここに来た理由って分かる?」
「お、お主らがここに来た理由……?」
唐突なジェレミアの問いかけに戸惑いながら、ギャレマスは首を横に振った。
そんな魔王の反応を楽しみながら、ジェレミィアは答えを告げる。
「アタシたちは、魔王さんたちの事を探しに来たんだよ。ツッキー……ツカサから直々に頼まれてね」




