転移魔王と転移勇者と転生エルフ
空に展開した反重力の魔法陣の上から、不敵な薄笑みを浮かべて地上のギャレマスの事を見下ろし……否、見下した勇者シュータ。
彼は、反重力の出力を調整し、ゆっくりと下降してくる。
ギャレマスは、いつでも呪術を発動できるよう両手を構えながら、シュータに向けておずおずと問いかけた。
「しゅ、シュータ……お主、なぜここに……?」
「それはコッチのセリフだよ、クソ魔王!」
地面に着地し、反重力を解除したシュータは、荒げた声で答えながら、ギャレマスの顔を睨みつける。
「テメェ……何でこんな所にのうのうと居やがるんだ? つか、そもそも、この半年くらいどこに雲隠れしてやがったんだよ、アァッ?」
「そ……それはまあ、話すと長いのだが……」
ギャレマスは、シュータの剣幕に圧されながら、困り顔で言い淀んだ。
「手短に言うと……お主と同じように、ちょっと異世界転移を……」
「……はぁ?」
シュータは、ギャレマスの答えを聞いて、訝しげに眉を顰める。
「おい、クソ魔王、俺の事をからかってんのか? 何でこの世界の魔王のテメエが、勝手に他の世界に転移してんだよ? そんな事、普通に考えてありえねえだろうが。ふざけた事をほざいてんじゃねえぞ、ゴラ!」
「い、いや、別に余が望んで転移した訳では無いから……責められても困る!」
ギャレマスは、不機嫌そうな顔で凄むシュータに辟易しながら言った。
「な……何でも、余たちを転移させた女神殿が言うには、転移者は完全な抽選で選ばれるらしくてな……。その抽選に、たまたま余が選ばれた……らしい。その瞬間、余の側にいて巻き添えを食ったスウィッシュもな……」
「抽選だと……?」
シュータは、ギャレマスの説明にピクリと片眉を上げ、「そういえば……」と考え込む。
「確かに、俺を異世界転移させやがったあのジジイも、同じ事を言ってやがったような覚えが……。じゃあ、テメエは本当に――」
「そ、そうだ! 信じてくれたか、シュータよ――」
「――っつーかよぉ!」
「う、うおぉっ?」
突然、シュータがノーアクションでエネルギー弾を放ち、不意を衝かれたギャレマスは慌てて体を翻した。
杭型をした赤いエネルギー弾は、避けたギャレマスの頬を掠める。
間一髪のところで串刺しを免れたギャレマスは、顔を青ざめさせながら声を荒げた。
「い、いきなり何をするのだ、シュータ!」
「やかましいっ!」
ギャレマスの抗議の声に怒鳴り返したシュータは、憤懣の光を宿した黒い瞳を魔王に向ける。
「何だよ、『余たちを転移させた女神殿』ってよぉ! 俺を転移させた神はしわくちゃのクソジジイだったのに、何でテメエの時は女神様なんだよ? 不公平じゃねえかよ、納得いかねえッ!」
「え、えぇっ? キレるとこ、そこぉッ?」
シュータの理不尽な怒りに、ギャレマスは驚き呆れた。
そして、頬を引き攣らせながら頭を振る。
「い、いや! め、女神といっても、インフォ殿はまだ年端もいかぬ娘っ子の姿で……」
「年端もいかない娘っ子? ――じゃあ、ひょっとして、語尾を“のじゃ”を付ける系の……?」
「“のじゃ”?」
シュータの奇妙な質問に訝しげな顔をしたギャレマスは、おずおずと頷いた。
「あ、ああ……確かに、少し古風というか、大仰な物言いをしておったな。まあ、外見はともかく、実際の年齢は――」
「ロリババアとか、羨ましいじゃねえかよクソッタレェ!」
「ぐああああっ!」
ギャレマスは、シュータが怒りに任せて発動した超重力に圧し潰され、苦悶の声を上げる。
彼は、体にかかる凄まじい重力に必死で抗いながら、ようやく顔を上げると、眉間に深い皺を刻んで自分の事を睨んでいるシュータに尋ねた。
「う、羨ましいって……だから、インフォ殿は見た目ただの幼女で……」
「やかましい! リアルロリババアなんて、滅多に拝めるもんじゃねえんだぞ! ……確かに、ロリは俺のストライクゾーンからは少し外れてるけど、枯れ木みたいなクソジジイに当たるよりは何十倍もいいわ! クッソ羨ましいぞコノヤロー!」
憤懣を露わにしながら吠えるシュータ。
と、その時、愉快そうな笑い声が、ギャレマスの後ろから上がった。
「ヒョヒョッヒョッ! じゃあ、ボンキュッボンなグラマラス美女の妖精王に転生させられたワシは、ウルトラレアを引いたってトコじゃな!」
「……テメエは!」
シュータは、カラカラと打ち笑うヴァートスを見るや、更に表情を険しくさせ、びしりと指を突きつけた。
「あの温泉施設で会った転生者のクソエルフジジイじゃねえか! クソ魔王が誰を連れているのかと思えば……テメエだったのか!」
「ヒョヒョッヒョッ! 久しぶりじゃのう、転移者の兄ちゃんや」
眦を吊り上げるシュータに、気安く軽く片手を挙げてみせるヴァートス。
そんな人を食ったヴァートスの態度に、シュータのこめかみには青筋が浮かぶ。
「何が『久しぶり』だクソジジイ! あれ以来、俺はずっと探してたんだぞ、テメエの事をよ!」
「ひょ?」
ヴァートスは、シュータの言葉に首を傾げた。
「なんで、お前さんがワシの事を探しておったんじゃ? ワシはギャレの字とは違って、“伝説の四勇士”のお前さんに探されるような事を仕出かした覚えは無いぞ?」
そこまで言ったところで、ヴァートスの表情が一変する。
彼は、両腕を抱えてじりじりと後ずさりし、シュータへの警戒を露わにしながら言った。
「まさか……このワシの全身から溢れ出るふぇろもんが、男のお前さんをも魅了してしまったというのか? じゃ、じゃが、ワシにはBL属性が無いもんでな。スマンが、お前さんの想いには答えられん――」
「気色悪い勘違いしてるんじゃねえぞクソボケカスジジイ! 今すぐもう一回異世界転生させてやろうかッ?」
真面目な顔をして深々と頭を下げたヴァートスに、シュータは激昂する。
そして、激しく頭を振り、老エルフの顔をに指を突きつけながら怒鳴った。
「俺がテメエを探してたのは――『ハ〇ター×ハン〇ー』のラストを聞き出す為にだよ!」




