魔王と恋愛と年齢差
「……というか」
ヴァートスは、ギャレマスの背の上で顎髭をしごきながら、訝しげに首を傾げた。
「じゃあ、一体何を躊躇っておるんじゃ?」
「な……『何を』とは、何の事だ?」
「決まっとるじゃろ」
そう言って眉根を顰めたヴァートスは、ギャレマスの後頭部を平手で叩く。
「痛いッ!」
「お姐ちゃんはお前さんの事が好きだと言っていて、お前さんもお姐ちゃんの事を愛しておるんじゃろ? だったら、何の障害も無いじゃろうが。とっととお姐ちゃんの想いを受け入れて、しっぽりイくところまでイッてしまえば良かろうが」
「い……いくところまでって……」
ギャレマスは、叩かれた頭を擦りながら、困惑顔で呟いた。
「そ、そんな簡単そうに言われても困る。余とスウィッシュでは、色々な隔たりがあって……」
「隔たり、のう。たとえば、どんな事じゃ? 身分とかか?」
「……いや」
ヴァートスの言葉に、ギャレマスは頭を振る。
「スウィッシュは、我が魔王家に古くから仕え、過去には何度か王家と婚姻も結んでおる元老の家の傍系だ。まあ、傍系だから家格としては十全とは言えぬが、王家との婚姻が不可能と言うほど低い身分でもない」
「なら、問題など無いじゃろうが」
「……余が口にした“隔たり”は、それとは別の話だ」
そう言うと、ギャレマスはその表情を曇らせた。
「たとえば……年齢とかな」
「トシぃ?」
ギャレマスの口から答えを聞いたヴァートスは、顔を顰めながら呆れ交じりの声を上げた。
「何を気にしておるのかと思えば、そんな事かい。くだらん」
「く、くだらんって……」
ヴァートスにバッサリと切り捨てられたギャレマスは、思わず気色ばむ。
「ね、年齢は重要だろうが! 余は百五十だが、スウィッシュはまだ六十にもなっておらぬ! 百近くも年の差があっては……」
「別に、そのくらい離れておっても、互いに成人しておるのなら問題は無いわい」
ギャレマスに険しい声をかけられても、ヴァートスは涼しい顔をして肩を竦めてみせた。
「人間族の助平国王などは、いい年こいとるくせに、各地から選りすぐった、まだ大人になるかならぬかの未通娘たちを後宮に集めて日夜励んどるっちゅう話じゃぞ。それに比べれば、お前さんは全然マシじゃ」
「だ、だが……」
「それに、ワシが前世で生きておった日本では、年の差婚など珍しくも無かったわい。八十近いジジイの芸能人が、まだ二十歳そこそこのグラビアアイドルと結婚したりとかな。魔族の年齢に換算すると、二百四十歳と六十歳の差じゃ。お前さんたちよりもずっと年の差があるぞ」
そこまで言ったところで、ヴァートスは苦笑を漏らす。
「まあ……そういう年の差婚は、往々にして、老い先短い旦那の遺産目当てだったりするんじゃがの。……ひょっとして、実はお姐ちゃんも、お前さんの持つ財産や地位が狙いだったり――」
「す、スウィッシュは、そのような邪な事を考えるような娘では無いわ!」
「……すまん、失言じゃった」
声を荒げたギャレマスに、ヴァートスは素直に謝った。
そして、空気を変えようとするようにゴホンと空咳をし、言葉を継ぐ。
「まあ、そんな感じじゃ。お前さんとお姐ちゃんくらいの年齢差なら、そう気にする事も無いと思うがのう」
「そ、そうか……。いや、しかし……」
ヴァートスの言葉に納得しかけたギャレマスだったが、それでもなお逡巡した。
彼は滑空の体勢のまま、眼下に広がる森林を暗い瞳で見下ろしながら、ため息混じりに言葉を吐く。
「だが……百近くも数が違っては、共に過ごせる時間も少ない。もし、余とスウィッシュが一緒になったとしても、余はスウィッシュを残してすぐ死んでしまうだろうからな……」
「お前さんはまだ百五十じゃろう。まだ寿命の半分しかいっとらんじゃないか。残りの百五十年は、言うほどすぐではないぞ」
ギャレマスの弱音を聞いたヴァートスは、鼻で笑い飛ばした。
だが、ギャレマスの顔は晴れない。
「だが……余が死んだ後の百年ほどは、あやつひとりで生きていかねばならんのだぞ。それを考えると……」
「何でお前さんが死んだ後、お姐ちゃんがひとりで生きていくものだと決めつけるんじゃ、お前さんは」
ヴァートスは、呆れながら肩を竦める。
「その頃には、お前さんとお姐ちゃんの間に子どものひとりやふたりは出来とるじゃろう。子どもさえおれば、相方が死んでも案外と持ち堪えられるもんじゃ。……それとも何か? お前さんのコレは、もうとっくに赤玉吐いて現役引退済みか?」
「おふぅんっ!」
唐突にヴァートスに股間を握り込まれたギャレマスは、悲鳴とも何ともつかない尻上がりの叫び声を上げた。
驚きと痛みで危うく急降下しかけるが、必死で黒翼を羽搏かせてバランスを取り直し、すんでのところで墜落を免れたギャレマスは、首を巡らせてヴァートスに抗議する。
「い、いきなり何をするのだっ? 危ないだろうが!」
「ふむ……まだちゃんと機能しとるようじゃの」
「も、揉むなっ! ……あぁんっ!」
身悶えながら、慌てて股間に伸びたヴァートスの手を振り払うギャレマス。
ヴァートスは、振り払われた手をふるふると振りながら、ニヤリと笑った。
「じゃったら、ヤる事はひとつじゃろう。せいぜい励んで、そのついでに子どもをたくさん作れ。お姐ちゃんが子育てや孫育てに忙殺されて、お前さんが逝っても悲しむ暇が無いくらいにな」
「……」
ギャレマスは、ヴァートスの言葉を聞くと、憮然として黙り込む。
その沈黙から色々と察したヴァートスは、ニヤリと薄笑むと、「……というか」と、わざとらしく声のトーンを上げながら言った。
「お姐ちゃんがお前さんの死後に新しく若い男を捕まえて、面白おかしく暮らしていっても、別に構わんじゃろう。それとも何か? そんな面をしておるクセに、今際の際に『俺が死んでも、ずっと貞操を守ってくれ』とか遺言しちゃう、束縛きつい系ヤンデレなのか、お前さんは?」
「い……いや、そんな事はない……はず……」
「じゃったら、何の問題も無いじゃろうが」
「だ、だが……うぅ……」
ヴァートスの言葉に、いずれも歯切れ悪く言い淀むギャレマス。
「やれやれ……」
そんな彼の煮え切らない態度に、ヴァートスは呆れ切った様子で深々と溜息を吐くのだった。




