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魔王と老エルフと飛行

 「ヒョッヒョッヒョッヒョッ!」


 ヴァートスは、吹き荒れる風に顎髭を靡かせ、流れるようにどんどんと過ぎていく地上の光景を見下ろしながら、呵々大笑した。


「いや~、絶景かな絶景かな! 三百年以上も生きてきたが、さすがに空を飛んだのは初めてじゃわい! まったく、長生きはするもんじゃのう! ほれ、見てみぃギャレの字! 森の木々がゴミのようじゃ! ヒョッヒョッヒョ!」

「ちょ! ヴァ、ヴァートス殿、あまり揺らすでない!」


 額に脂汗を滲ませたギャレマスは、自分の背中の上に跨って子どものようにはしゃいでいるヴァートスを、切羽詰まった声で窘める。


「せ、背中の上で暴れられると、バランスが……うおぉっと!」


 ヴァートスに注意している最中に、突如吹き荒れた突風によって体勢を崩されたギャレマスは、慌てて黒翼を大きく羽搏かせた。


「おひょぉっ?」

「ほ、ほら、言わんこっちゃない! 落ちたくなければ、おとなしくしておれ!」


 背中の上で大きくバランスを崩しかけて、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げたヴァートスの身体を後ろ手で支えながら、ギャレマスは声を荒げる。

 彼の叱責に対し、ヴァートスは不機嫌そうに顔を顰めたが、さすがにこの高度から落下したらどうなるのかは想像するまでもなかったようで、無言でギャレマスの背中にしがみつく。

 ヴァートスがおとなしくなった事で、ギャレマスはせわしなく黒翼を羽搏かせる事で何とか突風をやり過ごす事が出来た。

 先ほどまでとは一変して穏やかに凪いだ風の中、ようやく体勢を安定させる事が出来たギャレマスは、安堵の息を吐く。


「ふぅ……」


 そして、だいぶ近付いてきた山脈の尾根に目を遣ると、背中のヴァートスに声をかけた。


「さて……ウンダロース山脈にだいぶ近付いてきた。そろそろ降りるぞ」

「なんじゃ、もうおしまいかい」


 ギャレマスの言葉に、ヴァートスはあからさまにガッカリした声を上げる。

 と、彼は目を輝かせると、ギャレマスに向けて言った。


「そうじゃ、ギャレの字! いっそ、このまま山脈を越えてしまえば良いのではないか?」

「このまま……って、飛んだままでって事か?」

「そうじゃ!」

「いや、それは無理だ」


 ヴァートスの提案に対し、ギャレマスは小さく(かぶり)を振った。


「上昇すればするほど、空気は薄くなるのだ。そうなると、いかに余の翼でも、揚力を得る事が難しくなくなる。余計な荷物をいくつも背負った今の状態では尚更だ」

「オイ、誰が荷物じゃと?」


 荷物呼ばわりされたヴァートスが抗議の声を上げるが、ギャレマスは無視して言葉を継ぐ。


「まあ……古龍種ほどの大きな翼と膂力を持つ者ならば、飛行しての山脈越えも可能だが、余には無理だな」


 そう言ったギャレマスは、おもむろに顔を顰めながら、「それにな……」と続けた。


「標高の高い山脈の上の更に高い空を高速で飛ぶと、半端じゃなく寒いのだぞ。垂れた鼻水が即座に凍り、身に当たる風が『寒い』じゃなく『痛い』になるほどにな……」

「なんか、妙に実感が籠っとるのう」

「……実体験だからな」


 ヴァートスの問いにそう答えたギャレマスは、半年ほど前に、飛行する古龍種(ポルン)の口に咥えられたままで山脈を越えた時の事を思い返し、ぶるりと身を震わせる。

 彼はぶるぶると(かぶり)を振って、あの時の苦い記憶を脳裏から振り払うと、ヴァートスに向かって言った。


「……だから、飛んで移動するのは、森林地帯の端、山脈の麓までだ。そこから先は徒歩で山を越える。良いな」

「つまらんのう……」

「……」


 ヴァートスの不満たらたらの声を聞こえなかったフリをしてやり過ごしたギャレマスは、着陸に備えて徐々に高度を落とし始める。

 と、その時、


「……おい、ギャレの字」


 再び、背中のヴァートスが再び声をかけてきた。

 ギャレマスはうんざり顔をしながら、しぶしぶ返事をする。


「……今度はなんだ、ヴァートス殿。もう、何を言っても、余の決定は覆らぬぞ」

「ああ、違う違う。それとは別件じゃ」

「え……?」


 ヴァートスの否定の声に、ギャレマスは訝しげに首を傾げた。


「別件? それは一体――」

「……お前さん、あの蒼髪のお姐ちゃんの事が嫌いなのか?」

「――ッ!」


 ギャレマスは、ヴァートスの問いかけに表情を強張らせた。

 その拍子に乱れかけた羽搏きのリズムを慌てて戻した彼は、内心の動揺を必死で隠しながら、背中の老エルフに訊き返す。


「い、いきなり何を言い出すのだ……?」

「いいから、ワシの質問に答えい」


 ヴァートスは、ギャレマスにしがみついたままの体勢で、風に煽られる顎髭を撫でつけながら、どことなく険しさを感じさせる声で問いを重ねた。

 そんな彼の声色に、ギャレマスも表情を改め、少し逡巡した後――ゆっくりと頭を左右に振る。


「余がスウィッシュの事を嫌っておるなど……そんな事は断じて無い」

「じゃあ、好きなのか?」

「……ああ」


 ヴァートスの言葉に、ギャレマスは照れで顔を真っ赤に染めながら、それでもキッパリと頷いた。


「昨夜の事で、ハッキリと分かった。余はスウィッシュの事を――異性として愛しておる。多分……自分でも気付いていなかったが、かなり以前からずっと……」

「何じゃ、ちゃあんと解っとるんじゃないか」


 ギャレマスの答えを聞いたヴァートスは、呆れ声を上げる。


「さっき、『良く分からぬのだ』とか『一向に結論が出ぬ』とか眠たい事をほざいとったから、てっきり自分の恋愛感情自体に気付いておらんクチかと思うとったが、さすがにそこまで鈍感では無いか」

「……ま、まあな」

「まあ、お姐ちゃんに直接告白された上にチューまでされなきゃ気付かなかった訳じゃから、もう十二分に鈍感じゃがな」

「う……」


 ヴァートスの辛辣な物言いにも、ギャレマスは返す言葉も無く唸るしかなかった。

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