魔王と分担と割り振り
ファミィとアルトゥーの提案を聞いたギャレマスは、しばしの間、眉間に皺を寄せたまま瞑目し、じっと考え込む様子だった。
それから数分ほどしてからゆっくりと目を開いた彼は、ファミィとアルトゥーの顔を順番に見回し、迷いながらも頷く。
「……分かった。お主らの案を採る事にしよう」
ギャレマスはそう言うと、ファミィに向けて深々と頭を下げた。
「……すまぬな、ファミィ。再びお主の力を借りたい。よろしく頼む」
「あ、ああ。分かった。任せておけ」
魔王に頭を下げられたファミィは、当惑を隠せぬ様子で目をパチクリとさせる。
そんな彼女に、ギャレマスは穏やかな口調で言った。
「“伝説の四勇士”のひとりであるお主の助力は、実に心強い。――真誓魔王国の魔王として、深く感謝する」
「あ……いや」
魔王から贈られた、心からの感謝の言葉に、ファミィは更に戸惑う。
そして、激しく目を泳がせながら、つっけんどんな口調で言った。
「か、勘違いするなよ、魔王! わ、私は別に、優柔不断弱腰大魔王のお前なんかの為に力を貸すんじゃないからな! あくまでも私は、サリアの為――あいつの“友人”として力を貸してやるんだ! わ……分かったな!」
「ああ……分かっている。それで良い」
ギャレマスは、多分に照れ隠しが混ざった声で言い放ったファミィに穏やかな微笑みを向ける。
「ならば、サリアの父親として感謝しよう。ファミィ、本当にありがとう」
「あ……え、ええと……まあ、う、うん」
ギャレマスからの率直な謝意を受けたファミィは、先ほどまでの威勢が嘘のように、顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いた。
それを見たギャレマスは、次いでアルトゥーに目を向ける。
「アルトゥーよ。人間族の国都に潜入する困難な任務だが、お主になら安心して任せられる。くれぐれも頼んだぞ」
「了解した」
ギャレマスの依頼に、アルトゥーはいつもと変わらぬ無表情で小さく首肯し、主の顔を真っ直ぐ見返した。
「王よ、任せておけ。己は、真誓魔王国四天王がひとり“陰密将”だ。潜入任務など手慣れたもの。必ずや、人間族の聖女を王と姫の前まで連れて来よう」
アルトゥーはそう答えると、チラリと傍らのファミィの顔を見て言葉を続ける。
「――ファミィと一緒にな」
「うむ、信じておるぞ」
ギャレマスは、アルトゥーにニヤリと笑みかけ、それからスウィッシュの方に顔を向けた。
「――スウィッシュは、余と一緒だ。ファミィたちと別れて魔王城に向かい、余と共に“大喪の礼”と“即位の儀”の挙行を止めるのだ。良いな?」
「はいっ! もちろんです!」
スウィッシュは、ギャレマスに声をかけられた瞬間、満面の笑みを浮かべながら声を弾ませる。
そして、敬愛する主の顔を、キラキラと輝く紫瞳で真っ直ぐに見つめながら頷いた。
「どこへなりともお供いたします、陛下!」
「……言っておくが、そうたやすい事ではないぞ」
ギャレマスは、無邪気に喜ぶスウィッシュに一抹の不安を覚えながら、やんわりと釘を刺す。
「サリア……いや、こちらの攻撃を倍にして返してくる“倍々返し”というチート能力を使いこなすツカサは、国都や神殿を護る人間族兵よりもずっと手強いであろう」
ギャレマスはそう言うと、微かに顔を顰めた。
「……無論、できれば穏便に話し合いだけで済ませたいが、余が姿を現したからといって、ツカサがおとなしく従うとは限らぬ」
「確かに……」
ギャレマスの言葉に同意したのは、アルトゥーだった。
「姫は……いや、“姫の前世”は、自分が即位する事にいたく乗り気の様子だからな。王が健在だと分かっても、即位を強行しようとする可能性は高い。……その為には、王を物理的に排除する事も厭わぬかもしれん」
「そ、それって……魔王を――自分の父親を殺そうとするって事か?」
「……あの気性の激しさから考えて、そう考える事は充分に有り得ると思う」
「……そうね」
信じられないという顔をして訊き返したファミィに答えたのは、かつての事を思い出して顔を曇らせたスウィッシュだった。
彼女は、少し俯きながら、苦いものを噛みしめるように呟く。
「っていうか、あの時――アヴァーシの廃寺院で、実際に陛下の事を害そうとしてきたしね、あの娘……」
「うむ……その通りだ」
と、沈鬱な顔をして頷いたギャレマスは、スウィッシュの事を気遣うように言った。
「それに……イータツはともかく、マッツコーの方は、余よりもツカサの方に付く可能性の方が高い……」
「だろうな……」
ギャレマスの言葉に、アルトゥーが同意を示す。
「何せ、身から出た錆とはいえ、長い間、王の命によって重謹慎させられてきたのだからな。さぞかし王を恨んでいる事だろう」
「う……だ、だが、あやつの仕出かした事は、とても不問に付すことなどできぬ類の事で……」
「分かっている。別に、王の判断を批判している訳ではない」
落ち込むギャレマスをやんわりと慰めたアルトゥーは、スウィッシュの顔を見た。
「……そういう訳だ、氷牙将。王についていくのは危険を伴うぞ。下手をすると、人間族の国都へ向かう己たちよりもな。……それでも王についていくか?」
「もちろん!」
アルトゥーの問いかけに、スウィッシュは迷う事無く首を縦に振り、ギャレマスの顔をまっすぐに見つめると、断固とした口調で言い放つ。
「あたしは、陛下についてまいります、どこまでも、いつまでも!」
「う、うむ……」
スウィッシュの熱烈な視線を受けて、ギャレマスはたじたじとしながらコクコクと頷いた。
と、
「……じゃあ、ワシもお主の方についていく事にしようかのう、ギャレの字」
「へっ?」
ヴァートスの呑気な声に虚を衝かれたギャレマスは、間の抜けた声を上げる。
そして、怪訝な顔をしながら、おずおずと訊き返した。
「ヴァ、ヴァートス殿? つ、『ついていく』って……どういう意味だ?」
「ん? そんなん決まっとるじゃろうが」
ヴァートスは、狐につままれたような顔をしているギャレマスに向かって、涼しい顔で答える。
「ワシも、力を貸してやろうと言うとるんじゃ。あのお嬢ちゃんを助ける為にな」
「い、いやいや!」
ギャレマスは、ヴァートスの答えを聞くや、慌てて首を横に振った。
「そ、そうはいかん! まだエルフ族解放作戦の時の恩もキチンと返せておらぬのに、重ねて貴殿の好意に甘える訳には……」
「ヒョッヒョッヒョッ! まったく水臭いのう、ギャレの字。別に、そんな遠慮などせんで良いわ!」
ヴァートスは、ギャレマスの言葉を聞くや、愉快そうに呵々大笑する。
――と、
「……それにのう」
彼はふと真顔になると、しみじみとした声で続けた。
「ワシも、ファミィさんやお姐ちゃんと同じ気持ちなんじゃ。あのお嬢ちゃんを助ける手助けをしたいんじゃ……」
「ヴァートス殿……」
ヴァートスの言葉を聞いたギャレマスが、思わず胸を熱くさせる。
涙ぐむ彼を前に、ヴァートスは「……それにな」と言葉を継いだ。
「実は――死ぬ前に一度行ってみたかったんじゃ。魔族の国にのう」
「……へ?」
「魔族の国には、冷え症に良く効く温泉があるらしいのう。その湯にゆっくり浸かった後、山海珍味を並べた宴席で美味い地酒を浴びるほど飲んでみたいんじゃよ……ヒョッヒョッヒョッ!」
「いや……あの……」
ギャレマスは、涎を垂らしながら高笑いしているヴァートスに冷ややかな目を向ける。
「それって……ただ観光に行きたいだけではないのか、御老体……」




