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魔王と聖女と連れ出し方

 「さ――攫うって……」


 ヴァートスの言葉に、ギャレマスは当惑を隠せない様子で眉を顰める。


「い……いくら何でも、それは些か乱暴では――痛いッ!」

「このたわけが!」


 干し豆を指で弾いてギャレマスの眉間にぶつけたヴァートスは、目を吊り上げて一喝した。


「お主、それでも魔王か! ク〇パ大王しかり、竜〇しかり、魔王っちゅうもんは、女を攫うのが本分じゃろうが!」

「い……いや、そんな訳があるか!」


 干し豆が直撃して赤く腫れた眉間を涙目で擦りながら、ギャレマスは抗議の声を上げる。


「き、基本、魔王は誇り高いものだ。それなのに、女を攫うなんて、まるで山賊のような卑しき真似など……」

「ええい、やめい! それ以上クッ〇大王の事を悪し様に言うたら、任〇堂の最()法務部がアップを始めてしまうぞい!」


 ヴァートスは、声を荒げるギャレマスを慌てて制した。

 と、ギャレマスの隣でふたりのやり取りを聞いていたスウィッシュが、おずおずと口を開く。


「あ……あの、陛下。誇り高い“魔王”の称号を汚したくないというお気持ちは良く分かるのですが、正直……あたしもヴァートス様の意見に賛成です」

「す、スウィッシュ? ……何故だ?」


 躊躇いがちにスウィッシュが上げた声を聞いたギャレマスは、驚きで目を丸くして訊き返した。

 そんな彼の金色の目を、大きな紫瞳で真っ直ぐに見返しながら、スウィッシュは答える。


「……今のあたしたちには、時間がありません」

「……!」

「定められた“大喪の儀”と“即位の礼”の日まで、あと二週間足らずしかありません。万が一、あのクソ聖女(エラルティス)をサリ……ツカサの前まで引きずり出すのに手間取ってしまったら、彼女が正式に真誓魔王国の王位に就いてしまう事になります。そうなったら……」

「――『二王不立』の“掟”に従って……王と姫――いや、()()が、互いに殺し合わなければならなくなる」


 スウィッシュの言いたい事を悟ったアルトゥーが、小さく頷きながら唸った。


「確かに……あまり時間が無いな……」


 それを聞いたファミィが、指を折って数えながら難しい顔をする。


「ここからアサハカン(国都)までは、どんなに急いでも五日はかかる。更に、アサハカンから国境を越えて魔王城まで行くとなると……順調に行っても一週間は見ておかないと……」

「敵である魔族(お前さんら)人間族(ヒューマー)領を突っ切る以上、人間族(ヒューマー)軍の妨害と追跡が無いとは考えられんから、実際はもっと時間がかかる事は確実じゃろうのう」


 ファミィの言葉を補強するように、ヴァートスが付け加えた。

 それを聞いたギャレマスは、激しく(かぶり)を振る。


「な、何の! どんなに人間族(ヒューマー)軍が多かろうと、余の力の前には蟻の群れに等しいであろう! それに……移動の際には空を飛べば、地上を歩くよりもずっと早く――」

「いや、それはダメだ」


 アルトゥーは、ギャレマスの言葉を聞くや、キッパリと首を横に振った。


「聖女を神殿から連れ出す役目を王にさせる訳にはいかない。……もちろんそれは、『魔王という称号の誇り』がどうのとかいうのとは関係無しにな」


 アルトゥーは、自分に険しい目を向けるギャレマスの事を真っ直ぐに見返し、言葉を継ぐ。


「もしも、何らかのアクシデントが起こって、魔王城に辿り着くのが遅れてしまったら、姫が王位に就くのを止められない。王は、ここから真っ直ぐ魔王城に向かい、己が健在である事を魔王国全土に知らしめるべきだ」

「そっか……! 陛下がご存命だって事がハッキリすれば、“大喪の儀”を執り行う必要も、“即位の礼”でサリア様が王位に就く意味も無くなるって事か……!」


 アルトゥーの言葉に、スウィッシュは思わず手を打った。

 それでもなお、ギャレマスは躊躇いを見せる。


「だが……余以外に、人間族(ヒューマー)国都の神殿に押し入って、中に引き籠っているエラルティスを引きずり出せる者がおるのか――」

「それは、私が引き受けよう」


 そう言って名乗り出たのは、ファミィだった。


「もっとも……腕づくで連れ出すんじゃなくて、あくまで言葉を尽くして説得する方向でだけどな。魔族の事を毛嫌いしているあいつも、ハーフエルフで、自分と同じ“伝説の四勇士”の私の言葉だったら、少しは聞く耳を持ってくれると思う」

「う、うむ。確かに、そうかもしれぬ……」

「じゃが……」


 ファミィの言葉に、ヴァートスが心配そうな声を上げる。


「半年前の件で、人間族(ヒューマー)たちのエルフ族に対する心情も相当に悪化しているはずじゃ。いくら“伝説の四勇士”のひとりとはいえ、そうやすやすと彼らの神域への侵入を赦してくれるとは……」

「ならば、(おれ)が同道しよう」


 と、憂慮するヴァートスに向かって、アルトゥーが手を上げた。


(おれ)が一緒ならば、感の鈍い人間族(ヒューマー)どもの警備を潜り抜ける事など簡単だ」

「確かに……」


 アルトゥーの言葉を聞いたヴァートスが、含み笑いを浮かべながら頷く。


「いつぞやの日帰り温泉の時も、全く気付かれなんだからのう。お前さんが一緒だったら、女湯もフリーパスで入り放題じゃったわい」

「お、女湯に入り放題ッ? あ、アルトゥー! キサマ、私のいない時に、そんな破廉恥な事を――」

「ち、違うッ! し、してないしてない! い、今のは、あくまでも仮定の話で……」


 ヴァートスの言葉を聞いて目を吊り上げたファミィを前に、アルトゥーは必死に首を左右に振りながら否定の声を上げた。

 そして、老エルフに抗議の声を上げる。


「ご、ご老人! ご、誤解を招くような事を言うな!」

「ヒョッヒョッヒョッ」

「ヒョッヒョッヒョッじゃないっ!」


 アルトゥーは、鬼のような形相のファミィに胸倉を掴まれながら、そんな自分を見て呑気に笑っているヴァートスに声を荒げるのだった。

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