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転生姫と暴走族とトップク

 「な……ッ!」


 突然上空に姿を現した巨大な古龍種の姿を一斉に仰ぎ見た魔王国兵たちの口から、驚愕の叫びが上がる。

 それと同時に、魔王城の巨大な正門の鉄扉が勢い良く開かれ、魔族の女たちが操る、派手な色の竜鎧(バーディング)を纏った走駆竜が数十騎走り出てきた。

 走駆竜に騎乗した女たちは器用に手綱を操り、右往左往する魔王国兵たちを蹴散らしながら、シュータとジェレミィアの周りを取り囲む。

 そして、“伝説の四勇士”ふたりの包囲が完了すると、それまで上空で緩やかに旋回していた古龍種が、ゆっくりと高度を落とし、その背から何者かが地上に飛び降りた。

 落下の途中で背中の黒翼を大きく展張し、音も無く地上に着地したサリア・ギャレマス――否、()()()()()()は、シュータとジェレミィアに向かって、気安い調子で軽く手を上げる。


「……よっ。久しぶり!」

「ひ、久しぶり……サッちゃん……」


 突然空から現れたツカサに驚きながらも、律儀に手を振り返したジェレミィア。

 彼女は、当惑混じりの表情を浮かべながら、ツカサの体を指さして訊ねた。


「……ていうか、どうしたの、その恰好? 魔族の民族衣装……なの?」

「え? ああ、これか」


 ツカサは、自分が羽織っている裾の長い奇妙な上着を見下ろすと、苦笑しつつ首を横に振る。


(ちげ)えよ。これは――」

「……特攻服かよ」


 ツカサの言葉を遮って、呆れ声で答えを言ったのは、シュータだった。

 彼の言葉に、ツカサはニヤリと薄笑みを浮かべながら満足げに頷く。


「当たり! さすが、異世界転移者! つか、よく知ってたな、お前。パッと見、タダのカタギのオタクみたいなのにさ」

「バカにすんじゃねえ! 特攻服くらい知ってる! 伊達に『特攻(ブッコミ)〇拓』全巻読破してねえんだよ!」

「あっ。お前はマ〇ジン派かぁ」


 そう言うと、ツカサはウンウンと頷いた。


「“ブッタク”も名作だけどよ……ウチは断然『BADB〇YS』派だね!」

「……ばっどぼーいず? 何だそりゃ?」

「んだよ! 『BA〇BOYS』知らないのかよ? めっちゃ面白いんよ? アレだけの為に、毎月ヤンキン買ってたんだから、ウチは!」


 そう言って、不満げに口を尖らせるツカサの姿をジト目で見ながら、シュータは呆れ声を上げる。


「……つうかよぉ。このコテコテのハイファンタジー世界で、なに特攻服なんて着てんだよ、お前。世界観が壊れるだろうが……」

「あぁ? 知らないよ、世界観なんてさ!」


 ツカサは、シュータの文句めいた声に反発しながら、着ている特攻服の裾を指で摘まんで広げると、その場でくるりと一回転してみせた。

 鮮やかな真紅の特攻服の裾が、まるでドレスのロングスカートのようにふんわりと広がる。


「ほら、カッケーだろ? 魔王家御用達の仕立て屋に作らせた特注の特攻服(トップク)さ!」


 そう自慢げに言ったツカサは、背中にあしらわれた“真・刃瑠騎梨偉初代総長・門矢司”“天上天下唯我独尊”“喧嘩上等”などの金糸の刺繍を指さした。


「ほら、見ろよ! めっちゃイケてるだろ。……でも、めっちゃ大変だったんだ、コレ!」

「……何で?」

「だって、この世界には漢字が無いじゃん。だから、刺繍に使う漢字の形を刺繍職人に正確に伝えるところから始めなきゃいけなかったんだよ。そのせいで、出来上がったのはついこの前さ。出来上がるまで半年もかかっちった……」

「……そんな無理難題を押し付けられて、刺繍職人もえらい迷惑だったろうな」


 ツカサの自慢話を聞いたシュータは、思わず魔王国御用達の刺繍職人に同情してしまう。

 そんな彼の呆れ声も聞こえぬ様子で、ツカサは上機嫌に言葉を継いだ。


「まあ……“即位の礼”に間に合って良かったよ。せっかくの晴れ舞台、とっておきの特攻服(トップク)で臨まないと締まらないもんな!」

「ちょ! さ、サリア姫ぇッ?」


 ツカサの言葉を聞いて、思わず声を裏返したのは、戦斧を肩に担いで魔王城から徒歩(かち)で駆けて来て、ようやく皆と合流できたばかりのイータツだった。

 彼は肩で息を吐きながら、その厳つい表情を更に強張らせ、ツカサに向かって訊ねる。


「ま……まさか……サリア姫、その服で“即位の礼”にお出になるつもりですかっ?」

「そうだよ。なんか悪いことでもあんのかよ?」

「悪いも悪くないも御座らんッ!」


 イータツは目を吊り上げると、ヒステリックに叫んだ。


「そ……即位の礼は正装で臨む事と、魔王国建国の時より決まっております! なのに……そのように腹を出したはしたない恰好で出ようなどと……ぎゃああああっ!」

「うるせえな! んな事知らねえよ!」


 イータツに強烈な雷を食らわせながら、ツカサは声を荒げる。


「正装って、アレだろ? あのやたらとヒラヒラしてるロングドレス! あれヤなんだよ。コルセットだか何だか知らないけど、腹回りがきつくて苦しくってさ!」

「で、ですが……」

「ですがもクソも無いよ! それにねぇ、特攻服(トップク)だって、れっきとした女暴走族(レディース)の正装さね! だったら、即位の礼の決まりだか何だかにも合うじゃんかよ!」

「そ……そうは申されましても、儀式には伝統と格式というものが……」

「うるせえっつってんだろうが! 儀式なんかクソくらえだ!」


 そうイータツの事を一喝したツカサは、顔を顰めながら言葉を継いだ。


「それにさぁ……元々ウチはスカートってヤツが嫌いなんだよ。ケツがスース―して落ち着かないからさ!」

「陛下ちゃあん。“クソ”とか“ケツ”なんて可愛くない言葉遣いは、ダ・メ・よぉん」


 マッツコーが、ツカサの事をやんわりと窘めた。

 そして、雷撃を食らって体をピクピク痙攣させているイータツに声をかける。


「ねえ、おハゲちゃん? そんなに堅苦しく考える事も無いんじゃないかしらん?」

「な……何だと……?」

「まあ、おハゲちゃんの言う事にも一理はあるかもねん。ドレス姿の陛下ちゃんも可愛いし……」


 そう言って、顎に指をかけて考え込んだマッツコーだったが、すぐに「……そうだ!」と声を上げて、ポンと手を打った。


「だったら、両方着ちゃえばいいじゃない! 魔王国の正装ドレスと、陛下ちゃんお気に入りの“トップク”をね! そうすれば、二度美味しいってもんじゃない?」

「お、ソレいいじゃん!」


 マッツコーの提案を聞いたツカサが、顔を輝かせる。


「要するに、『お色直し』みたいな感じか! それなら、ちょっとくらいドレスを着てやってもいいぜ! それで満足だろ、お前も?」

「う……ま、まあ……それなら……」

「決まりね!」


 イータツがしぶしぶ頷くのを見たマッツコーが、再び手を叩いた。


「じゃあ、早速“即位の礼”の式次第に着替えの時間を加えて、タイムスケジュールを調整するわねん。司祭長にもお知らせしないと――」

「オイコラ! 俺たちの存在を忘れてるんじゃねえぞゴラァ!」


 そそくさと踵を返しかけたマッツコーを苛立ちながら制止したのは、すっかり蚊帳の外に置かれた格好のシュータだった。

 彼は、こめかみにビキビキと青筋を浮かせながら、ツカサたちに向かって中指を立てる。

 そして、「そもそもよぉ……」と、低い声で言葉を継いだ。


「もう、テメエが“即位の礼”だかなんだかの計画を練っても無駄だぜ」


 そう言いながら、彼は不敵で凄惨な薄笑みを浮かべてみせる。


「なぜなら、今日で偽物のお前の人格をきれいさっぱり消して、その身体を元のサリアに返してやるんだからよ――」


 そう言って、彼は立てた親指で自分の事を指さしながら叫んだ。


「この俺の手でな!」

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