勇者と本物と偽物
「……へぇ」
それまで浮かべていた軽薄な表情から一変し、鋭い目で自分の事を睨みつけてくるシュータを見て、マッツコーは愉快げに口の端を吊り上げた。
「そんな顔も出来るのね、アナタ。今のはなかなか良いわよん。ちょっとだけゾクッと来ちゃったわぁ」
「止めろ、クソオカマ。気色悪ぃ」
頬を仄かに染めながらクネクネと科を作るマッツコーに、シュータは辟易とした様子で顔を顰めた。
そんな彼に、マッツコーはわざとらしく首を傾げてみせる。
「――でも、妙な事を言うのねぇ、“偽物”とか“本物”とか……。まるで、陛下ちゃんがふたり居るみたいな言い草ね。……あの子は、はじめから陛下ちゃん一人だけよん」
「……とぼけてんじゃねえぞ、テメエ」
シュータはそう言うと、薄ら笑いを浮かべているマッツコーに指を突き付けた。
「テメエは頭のネジが何本か何十本かぶっ飛んじゃいるが、バカじゃねえ。バカどころか、めちゃくちゃに頭が切れるヤローだ。それは、少し話しただけで解るぜ」
「あら、“伝説の四勇士”様のお褒めに与って光栄よん。でも、“ヤロー”って所は訂正してほしいわねぇん。たとえ体が男でも、ワタシの心はれっきとしたオ・ン・ナだから」
マッツコーは、まるでシュータを小馬鹿にするような口調で言った。
だが、シュータは彼のあからさまな挑発には乗らず、相変わらず鋭い視線をマッツコーに据えながら、淡々と言葉を続ける。
「――そんなテメエが、サリアが今までのアイツとは違う事に気が付かねえはずがねえだろうが」
「……」
「……なんで、テメエは何もしていないんだ? 何もせずに、偽物のアイツに従ってるんだ? サリアを……お前の主を、元のアイツに戻したくはないのかよ?」
「うふふ……」
シュータの言葉を聞いたマッツコーは、おもむろに口元に手を当てると、忍び笑いを漏らした。
それを見たシュータの目が更に吊り上がる。
「テメ……何を嗤ってやがる――!」
「ふふふふ……ごめんなさぁい。いえ……青臭いなぁって思っちゃって、ついねぇ」
「な……ッ! テメ、バカにす――」
「ほら、そうやってすぐムキになるところとか……ホントにドーテー臭くてカワイイわぁん♪」
「――ッ!」
マッツコーに粘ついたような熱視線を向けられたシュータは、背筋に冷たいものが走るのを感じながら絶句した。
そんな彼に、マッツコーは肩を竦めながら「……っていうかぁ」と言葉を継ぐ。
「ぶっちゃけ、今の陛下ちゃんのまんまでもいいんじゃないかしら? 陛下ちゃんには変わりないんだから。何か支障でもあるん?」
「――ッ!」
「は――?」
マッツコーの発言に、シュータとジェレミィアは顔色を変えた。
「い……いい訳なんてあるはずないじゃん!」
眉を吊り上げたジェレミィアが、思わず声を荒げる。
「い……今のサッちゃんは、前のサッちゃんとは別人なんだよ? だから、ちゃんと元に戻してあげないと――」
「だぁかぁらぁ。そもそも、元に戻す必要なんかあるのぉん?」
「……ッ!」
「ちょっと中身が様変わりしただけで、ガワが陛下ちゃんなら、魔王国経営自体に支障は無いわ。もちろん――今の陛下ちゃんが、王たる器に相応しくないような愚物だったら話は別だけどね」
そう言うと、マッツコーは背後に聳える魔王城の正門を一瞥し、それから更に言葉を続けた。
「――でも、今のところ、そんな感じじゃないわ。……ううん。むしろ、ゆるふわするばっかりで、いつまで経ってもお子ちゃま気質から抜け出せてなかった前のあの子よりも、組織の頭として携えているべきカリスマ性を持っている今の陛下ちゃんの方が、真誓魔王国という組織としては利があるわ」
「なっ……そんな――」
冷徹なマッツコーの言葉に唖然としたジェレミィアは、声を上ずらせながら言い返そうとした――その時、
「そういう事じゃねえだろうが!」
彼女に倍する憤怒を露わにしながら、シュータが叫んだ。
彼は、その黒い瞳を爛々と輝かせながら、マッツコーに向かって一歩踏み出し、更に怒声を上げる。
「組織としての利がどうなろうと知ったこっちゃねえんだよ! サリアは……前のアイツじゃなきゃダメなんだよ! ゆるふわでめちゃくちゃで、てりやきバーガーを作ってくれて……俺の事を“しゅーくん”なんて呼んでくれるアイツじゃねえとよ!」
そう叫ぶと、シュータは行く手に立ち塞がるマッツコーと魔王国兵たちに向かって、激しく手を横に振った。
「そこをどけ! 死にたくねえのならな!」
「うふふ、怖い怖い~」
マッツコーはわざとらしい悲鳴を上げながら、シュータの事をからかうように大げさに身を震わせる。
そして、チョコンと首を傾げて、シュータに尋ねかけた。
「……で、ワタシたちがどいたら、アナタはどうするつもりなのん?」
「決まってんだろ! 偽物のアイツをぶちのめして、本物のサリアに戻してやるんだよ!」
「ぶちのめすって……乱暴ねえ」
鼻息荒く捲し立てるシュータに呆れ交じりの目を向けたマッツコーは、妖艶な笑みを浮かべながら、人差し指を自分の唇に当てる。
「どうせだったら、昔からのおとぎ話みたいに、『陛下ちゃんの唇に幸せなキスをしてあげる』方がいいんじゃないのぉん? そっちのほうがずっとスマートでロマンチックよぉん」
「き、キキキキキスぅッ?」
マッツコーの言葉に、シュータは目を剥いて声を裏返した。
「ば、バカかテメエ! い……いきなりキスとか……も、物事には順番つーもんがあってだな……!」
「あーやだやだ。たかがキスの一つくらいでそんなに狼狽えちゃってさぁ。これだからドーテーは」
「だーかーらーっ! ドーテーちゃうわ!」
マッツコーの辛辣な一言に激昂したシュータは、空中に向けて素早く指を走らせ、紅く光る魔法陣を描き出した。
「もう容赦しねえ! こうなったら、この場にいるテメエら全員をぶちのめしてやる! オカマ野郎! テメエは特に念入りにな!」
シュータの怒声を聞いた魔王国兵たちは、びくりと身を震わせながら、慌てて手にした武器を構え直す……相変わらず、顔に嘲笑を浮かべたマッツコー以外は。
自分の脅しにも全くたじろぐ様子を見せないマッツコーに苛立ちながら、シュータは更に声を荒げる。
「テメエらの後は、あのサリアの偽物だ! 半年前は倒し損ねたけど、今度こそアイツをぶっ倒して、本物のサリアに戻してやる――」
「――誰が偽物だってのさ!」
――その時、シュータの怒声を遮るように、若い女の声が辺りに響いた。
その声を耳にした瞬間、シュータがハッと目を見開く。
「そ、その声は――」
彼が声の主の名を口にしようとする寸前――凄まじい突風が正門前に吹き荒れ、やにわに周囲が暗くなった。
その場に居た全員が、降り注ぐ陽の光を遮ったものの正体を見極めんと、轟風に煽られながらも上空を振り仰ぐ。
彼らの目に映ったのは――、
「ぶふううううううううんっ!」
真っ白な鱗に覆われた、巨大な古龍種の腹だった――!




