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勇者と転職と条件

 「……は?」


 マッツコーが口にした、敵同士として相対している現在の状況にはあまりにもそぐわない言葉に、シュータは、思わず呆けた声を上げた。


「転職に興味あるかだと……? それは、一体どういう意味だ?」

「どういうもこういうも、そのままの意味よぉん」


 当惑の表情を浮かべるシュータとジェレミィアを見てニヤニヤと笑いながら、マッツコーは言葉を継ぐ。


「――もし、勇者ちゃんにその気があるのなら、ワタシたち真誓魔王国は喜んでアナタ――あと、ついでにそっちの獣人ちゃんを、四天王……いえ、もっと高条件の待遇で採用するわよぉん……て、コ・ト」

「な……何言ってんだよアンタ!」


 マッツコーの言葉に、驚きながらも激しく首を横に振ったのはジェレミィアだった。

 彼女は、剣の柄を握って一歩前に踏み出すと、険しい声で叫んだ。


「アタシたちは“伝説の四勇士”だよ! それなのに、魔族の側に付くわけにはいかないよ! 何をバカなこと言ってるのさ!」

「あら、そうかしら?」


 発達した犬歯を剥き出しにして、激しい声を上げるジェレミィアに、マッツコーはチョコンと小首をかしげてみせる。

 そして、愉しげに口の端を吊り上げながら、皮肉めいた口ぶりで言った。


「でも……勇者ちゃんは、前に雷王ちゃんの娘の陛下ちゃん……その時は姫ちゃんだったけど……を仲間にしようと誘ったんでしょ? 陛下ちゃんから聞いたわよん」

「あ……そういえば……」

「だったら、バカな事を言ってるのはお互い様よねん?」

「う……」


 マッツコーの言葉で、確かに半年前のアヴァーシで、シュータがサリアに『お前も“伝説の四勇士”にならないかッ?』と勧誘していた事を思い出し、返す言葉を失うジェレミィア。

 沈黙したジェレミィアを、嘲弄めいた薄笑みを浮かべながら一瞥したマッツコーは、再びシュータの方に向き直ると言葉を継いだ。


「ぶっちゃけ、ワタシたちは、もう勇者ちゃんたちとコトを構えたくないのよん。“四天王”って言っても、今この場に居るのは癒撥将(ワタシ)轟炎将(おハゲちゃん)だけで、陰密将(ネクラちゃん)は姿を見せないし、氷牙将(おてんばちゃん)は雷王ちゃんと一緒に死んじゃったらしいし……」


 そう言うと、マッツコーはシュータとジェレミィアの事を順番に指差し、それからわざとらしく首を傾げる。


「……って、そういえば、勇者ちゃんたちも頭数足りて無くない? あとのふたりは、どうしたの?」

「……サボりだよ」


 マッツコーの問いかけに、あからさまに機嫌を悪くした様子のシュータが忌々しげに答えた。


「ファミィは、『この前のエルフ族の件で借りがあるから、あまり魔族と戦いたくない』って言って、どっかに行っちまった。エラルティスは……お前らの新しい主君に報復されるのが怖いのか、王都の神殿の奥殿に引き籠って、俺らが何を言ってもそこから出てこねえんだよ。……つう事で、今日のところは俺たちだけだ」

「あらあらぁ、それは大変ねぇ!」


 苦々しく言い捨てたシュータに、さほど同情していないくせに大げさに同情したフリをしてみせるマッツコー。

 そして、彼はニヤリと笑いながら、シュータに持ちかける。


「だったらちょうどいいじゃないのぉん? ふたり分抜けた“四天王”の座に、ふたり分抜けた“伝説の四勇士”のアナタたちが収まっちゃえば!」

「いや……そういう問題じゃないような気がするんだけど……」

「アナタたちが四天王になってくれば、ウチは欠員の補充ができるし、何より、雷王ちゃんと互角かそれ以上の力を持つ勇者ちゃんと戦う必要が無くなるし! アナタたちも、“冒険者”なんて『不潔』『不安定』『不規則』な3F職業とオサラバして安定した職場と収入が手に入るんだから、悪い話じゃないでしょお? ウィンウィンってやつよウィンウィ~ンッ♪」

「いや……何かアタシ、コイツ苦手かも……」


 グイグイ来るマッツコーに、辟易するジェレミィア。

 一方のシュータは、眉間に皺を寄せたまま黙りこくっていた。

 そんな彼に、マッツコーは再度問いかける。


「……で、どうかしらん? 悪い話じゃないと思うんだけど?」

「……そうかもな」


 シュータは――そう、ボソリと呟いた。

 傍らに立つジェレミィアが、驚いて目を見開く。


「ちょっ……しゅ、シュータ?」

「もちろん――!」


 慌てて口を挟もうとするジェレミィアを制して、シュータはマッツコーの銀色の目をまっすぐに見返しながら声のトーンを上げた。


「この俺を雇おうって言うからには、それ相応の待遇を約束してくれるんだよなぁ? ええ、四天王さんよぉ!」

「うふふ……もちろんよん」


 弱みを見せた獲物を見つけたハイエナのような顔で叫ぶシュータに、マッツコーは鷹揚に頷く。


「一等地の領地に贅を尽くした住まいに海山から集めた最高級の食材を存分に使ったお料理……お望みならば、魔王国から選りすぐった美女を側に付けてあげてもいいわよん」

「へえ、そりゃいいねえ!」


 マッツコーの提案を聞いたシュータは、いかにも乗り気な様子で目を輝かせた。

 そして、ぺろりと舌なめずりをしながら、言葉を継ぐ。


「じゃあよ……こっちからも、ひとつ要求を出してもいいか?」

「要求……?」


 シュータの言葉に、マッツコーはピクリと眉を動かした。

 一瞬だけ当惑するかのような素振りを見せた彼だったが、すぐに元の余裕ぶった態度に戻り、大きく頷く。


「もちろん、いいわよん。……まあ、内容によるけれど、出来る限りアナタの希望に沿わせて頂くわ」

「……良し」


 マッツコーの答えを聞いたシュータは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 そして、挑むように真っ直ぐマッツコーの目を見据えると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「俺の要求は――毎日一度は“てりやきバーガー”を食べさせろって事だ」

「……てりやき……ばーがー……?」


 聞いた事の無い料理名を耳にして、今度こそ戸惑うマッツコーに、シュータは「それも――」と続けた。


()()()()()()()てりやきバーガーだ。……おっと。言っておくが、“サリア”っつっても、あの()()の事じゃねえぞ」


 そう言うと、彼はふっと笑みを消す。

 そして、真剣な表情で言い切った。


「元の……あのクソ魔王の娘としてこの世界でずっと生きてきた、“天然狂運ボケマシーン娘”の方の――()()()サリア・ギャレマスだ」

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