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勇者とドロップキックと向う脛

 「しゅ、シュータ殿ッ!」


 はるか上空から颯爽と地上に降りてきた勇者シュータに向けて、非難の籠もった声を上げたのは、今まさに“服魔浄滅”の聖句を紡ごうとしていたエラルティスだった。

 彼女は、その美貌を歪めながら、シュータを睨みつける。


「じゃ、邪魔をしないで下さいまし! もう少しで、この忌々しく悍ましい存在を、この世界から跡形もなく消し去る事が出来たのに――」

「――それをされたら、誰が一番迷惑を受けるか……()()()()()()()()()()?」

「……あ」


 激昂のあまり我を忘れていたエラルティスは、シュータの低い声を耳にして、ようやく我に返った。

 同時に、彼の言葉の意味を理解し、サーっと顔を青ざめさせる。


「そ……それはもちろん……し、知ってますわ。ええと……ですから、今のは……」


 彼女は、オロオロと目を泳がせながら、必死で言い訳を探す。

 そんな彼女の反応を見たシュータは、大きな溜息を吐くと、わざとらしく肩を竦めた。


「まったくよぉ。頭に血が上ると見境が無くなるのは、お前の悪い癖だぜ」

「……も、申し訳ありませんわ……」


 シュータの声で、彼の機嫌がそこまで崩れていない事を悟ったエラルティスは、安堵の表情を浮かべながら、ぎこちなく頭を下げる。

 シュータは、そんな彼女に苦笑を向けると、悠然と歩を進め、地面にへたり込んでいたファミィの前に立った。

 そして、彼女に向けてスッと手を指し伸ばすと、ニチャアという擬音が聞こえてきそうな薄笑みを浮かべる。


「……おいおい、いっつもお高くとまってるエルフ様が、今日は随分と不様なカッコじゃねえか。大丈夫かよ?」

「……面目無い」


 シュータの軽口めいた言葉に、ファミィは憮然とした表情を浮かべながら、ひとりで立ち上がった。


「……ま、いいけどよ」


 差し出した手をあっさりと無視されたシュータは、顔に浮かんだ笑みをひくつかせながら、誤魔化すように頭を掻く。

 そして、エラルティスとファミィに向けて、まるで犬を払うかのように手を振りながら言った。


「ほんじゃま……あとは俺がチャチャッと片付けるからよ。お前らはそこで大人しく見てな」

「シュータ殿……かしこまりましたわ……」

「そ、それはいけません!」


 シュータの言葉に、エラルティスは素直に頷いたが、一方のファミィは激しく首を横に振る。

 彼女は、ダメージで震える膝に力を入れて真っ直ぐに立ち上がると、決然とした表情を見せながらシュータに詰め寄った。


「いかにシュータ様といえど、あの魔王にひとりで立ち向かうのは無謀です! 及ばずながらも、私も助勢を――」

「ははは……要らないって。つーか、君が心配してくれるのは嬉しいけどさ、そんなボロボロな格好とHP(ヒットポイント)じゃ、俺の邪魔にしかならねえよ」

「で――でも……」

「……あんまりワガママ言う様だったら――」


 食い下がるファミィに、微かに苛立ちの感情が溶け込んだ視線を向けたシュータは、彼女を見下ろす黒い目に昏い光を浮かべ、静かに言葉を継ぐ。


「――この前みたいに反重力(アン・グラヴィ)で吹っ飛ばすぞ」

「――ッ!」


 シュータの低い声を聞いた瞬間、ファミィは表情を引き攣らせ、ビクリと身体を震わせた。

 ――と、


「……はは、冗談だよ。ウィットに富んだアメリカンジョークって奴さ」


 そう言うと、シュータはふっと表情を和らげ、彼女たちに背を向ける。

 そして、首を揺らしてコキコキと鳴らしながら言った。


「――ま、俺はひとりでも平気だからよ。ちょっと待ってなって」

「しゅ……シュータさ――」

「ファミィさん!」


 たじろぎつつも、なおもシュータの背中に声をかけようとするファミィを、エラルティスが止めた。


「もう大丈夫ですわ。あとはシュータ殿に任せましょう」

「で……でも、魔王の強さはすさまじい。シュータ様がいくら強くても……」

「だから……大丈夫ですって」


 魔王と勇者の事情を何も知らないファミィの心配顔に、思わず吹き出しそうになるのを懸命に堪えながら、エラルティスは彼女を引き留める。

 そして、ファミィに聞こえないように、こっそりと呟いた。


「……むしろ、心配なのは魔王の方ですわ。シュータ殿がうっかり加減を間違えでもしたら、わらわは末永く稼ぎ続けられる“金の()る木”を、二本同時に失う事になってしまいますわ……」


 そして、遠ざかるシュータ(金の生る木一号)の背中をジト目で見ると、更に言葉を付け加える。


「……まあ、言動がいちいち痛々しい自意識過剰系勘違い勇者が視界から消えてくれるのなら、それはそれで魅力的……ですけどね」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 一方――。

 シュータの垂直降下式ドロップキックをまともに顔面に受けた魔王ギャレマスは、盛大な土埃を上げながら地面をゴロゴロと転がり、かなり離れた所でようやく止まった。


「い、痛たたたた……」


 鼻から滂沱の如く流れ出る鼻血を、土埃で汚れたローブの裾で拭き取りながら、ギャレマスはヨロヨロと立ち上がる。

 ……と、何気なく自分の身体を見下ろした魔王は、ある事に気が付く。


「そういえば……シュータめに蹴り飛ばされたおかげで、先ほどの鎖の拘束が解けたよう――」

「そうだよ。ありがたく思えよ、このウスノロ!」

(いだ)ァッ!」


 突然目の前で声が聞こえたと思った瞬間、向こう脛に強烈な衝撃と激痛を感じ、ギャレマスは不様な格好で再び地面に転がった。

 あまりの痛みで目尻に涙を浮かべながら、しきりに脛を擦るギャレマス。


「痛つつつつつ……っ!」

「――お! やっぱ、魔族でも(そこ)は痛いんだ。万国……いや、万()()()共通の急所なんだな、脛って」

「――うッ!」


 蹲る魔王の頭上から聞こえてきた、嫌な記憶しか無い軽薄な響きの声に、痛みとは違う原因で、ギャレマスの顔から血の気が引いた。

 彼は、恐る恐る顔を上げる。

 そこには――、


「正に“弁慶の泣き所”……いや、この世界だったら“魔王の泣き所”って言った方がいいか? ええ、おい、魔王さんよぉ!」


 皮肉げに口の端を吊り上げて嗤う、勇者シュータの憎たらしい顔があった。

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