姫と夢と確信
薄暗い魔王城の謁見の間。
その階の上に置かれた、ふんだんに宝石や金象嵌をあしらった悪趣味……豪奢な玉座の上で胡坐をかいて微睡んでいた少女は、自分の事を呼ぶ微かな声を耳にして、うっすらと目を開いた。
『……ちゃん。……ーちゃん。つーちゃん!』
『……お前か』
目を擦りながら周囲を見回した少女――門矢司は、赤毛の長髪を揺らしながら階を昇ってきた魔族の少女を目にするや、不機嫌そうに顔を顰める。
そして、訝しげに眉を顰めながら、満面の笑顔を浮かべる少女を睨みつけた。
『……まだ残ってたのか。もうとっくに混ざったモンだと思ってたのにさ』
『うふふ、サリアはそんな簡単につーちゃんに混ざったりはしないよ~』
『まったく……ゆるふわのくせに、案外としぶといじゃんか。ゴキブリ並みだな、お前』
『えへへ~、照れるなぁ』
『いや、褒めてねえって。何照れてるんだよ……』
照れくさそうに頭を掻く赤毛の少女に、ツカサは呆れ果てた顔で大きな溜息を吐き、闇に覆われた天井を見上げながら呟く。
『お前が見えるって事は……ここは夢の中か』
『大当たり~!』
ツカサの声に、赤毛の少女――サリア・ギャレマスは明るい声を上げながら、パチパチと手を叩いた。
そして、あくびをしながら大きく伸びをするツカサの顔を見ながら、興味深げに言う。
『それにしても……夢の中でも寝てるなんて、つーちゃんは寝るのが好きなんだねぇ』
『なんだよ、イヤミかよ』
ツカサは、サリアの言葉にますます不機嫌そうな表情を浮かべ、彼女の顔をじろりと睨みながら言葉を継いだ。
『……つか、しょうがないじゃん。ウチは、誰かさんのせいで、サリアの中で眠らされ続けられてたんだからさ』
『ご……ごめんなさい……』
『あ……』
嫌味返しのつもりで自分が口にした言葉を聞いた瞬間、思った以上にシュンとしてしまったサリアに当惑し、ツカサは慌てて首を横に振った。
『べ……別にお前を責めてるわけじゃないよ。悪いのは、死んだウチの記憶を初期化して、お前として転生させた、あのクソガキだよ』
そう言うと、彼女は憎々しげに舌打ちすると、どこか優しい表情になって、サリアの顔を見た。
『つか……むしろお前は、ウチと同じ“被害者”側だよ。お前も、ウチと同じくらい怒っていいと思うぜ。神とかいうクソ野郎にさ』
『うーん……サリアは、別にそういうのはいいかなぁ』
サリアは、ツカサの言葉に対し、フルフルと首を横に振り、それからニコリと微笑む。
『サリアは、むしろ逆。その神様に「ありがとう」って言いたいよ』
『……はぁ?』
『だって……神様が居なかったら、サリアはみんなと会えなかったってことだもん。スーちゃんとかファミちゃんとかシューくんとかミィちゃんとかアルくんとか……もちろん、お母様とお父様にも!』
そう言ってから、彼女はおもむろにツカサを指さした。
『それに……つーちゃんにもね!』
『……ウチ?』
サリアの言葉に、ツカサは驚いた顔をして目を丸くする。
そして、怪訝そうに首を傾げながら言った。
『……何言ってんだよ? お前は、お前の前世だったウチが目覚めたせいで、遠からずウチの意識の中に溶け混ざる事になるんだよ? むしろ、死ぬまでウチと会えなかった方が良かったんじゃないか?』
『うーん。まあ、確かにそうなんだけどねぇ』
ツカサの言葉に、サリアは困ったように頬を掻きながら答える。
『でも……こうやって、つーちゃんと夢の中でお話するのは好きだよ。だから、つーちゃんと会えてよかったなぁって思うよー』
『……』
サリアの答えを聞いたツカサは、複雑な表情を浮かべて、つと目を逸らした。
そして、気を取り直すように声の調子を変える。
『……ウチとしては、お前にはさっさと混ざって消えてほしいんだけどねぇ。今日みたいに、夢を見る度に出てきてわちゃわちゃ騒がれたら、ウチはゆっくりと眠れやしないよ』
『えー。つーちゃんは楽しくないのぉ?』
『全然』
ツカサのつれない答えに、サリアはぷぅと頬を膨らませた。
そんな彼女の顔を冷ややかに見つめながら、ツカサはふと頭に浮かんだ疑問を口にする。
『そういえばさ……。お前、ここ数ヶ月くらい音沙汰無しだったのに、何で今日になって急に出てきたんだよ? てっきり、完全にウチの中に取り込まれて消えたものだと……』
『うふふ……』
ツカサの問いに、サリアは意味深な含み笑いを漏らした。
その嬉しそうな様子が気になり、ツカサは更に問いかける。
『……何だよ、その怪しげな笑いは? やっぱり、なんかあったのか?』
『ふふふ……まあね』
サリアは、嬉しそうに微笑みながら、こくんと頷くと、何かを思い出すように天井を見上げながら、『実はねぇ……』と切り出した。
『この前……サリアも夢を見たんだ』
『夢?』
『その夢の中で、サリアは子供に戻ってて……そこで会えたの』
そこでいったん口を噤んだサリアは、その紅玉のような瞳を涙で潤ませると、噛みしめるように言葉を継ぐ。
『小さい頃にお亡くなりになったお母様と……戻ってきたお父様に!』
『……!』
サリアの言葉を聞いたツカサは、思わず目を見開いた。
『……戻ってきた? あのオヤジ……魔王が?』
『うん!』
驚愕を隠せぬ様子で訊ねるツカサに、サリアは大きく頷き、今度はその紅い瞳を希望で輝かせながら声を弾ませる。
『戻ってきてくれたから、お父様は絶対にサリアの事を迎えに来てくれるよ!』
『……』
『だから――』
そう言うと、サリアはツカサの顔を力強い目で見つめた。
そして、強い決意に満ちた声で言い放つ。
『それまでは、サリアは絶対に溶け消えたりなんてしないからね、つーちゃんっ!』




