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魔王と山道と偶然

 それから数日後――。


 魔王とスウィッシュ、そしてファミィとアルトゥーは、真誓魔王国と人間族(ヒューマー)領との国境を隔てるウンダロース山脈の険しい山道を登っていた。


「やれやれ……」


 ギャレマスは、目の前に聳えるウンダロース山脈の緑もまばらな山肌を見上げながら、思わずうんざりとした声を上げる。


「夏季だからまだ良かったとはいえ、この険しい山道を登るのは、なかなかしんどいな……」

「そうですね……」


 ギャレマスのぼやき声に、スウィッシュも頷いた。

 彼女は、額に浮いた汗を手の甲で拭きながら、頭上に広がる晴れ渡った青空に目を遣り、しみじみと言う。


「半年前は、古龍種(ポルン)の背中に乗って一気に山を越えましたから。歩いて山を登るよりは、随分と楽でしたよね」

「上空はめちゃくちゃ寒くて、凍死するかと思ったけどな……」


 先頭を歩くファミィが、スウィッシュの声を耳にするや、辟易した顔をして振り返った。

 そんな彼女の言葉に、スウィッシュは首を傾げる。


「そうかなぁ? 言うほど寒くなかったけど……」

「だから、それはお前が氷術遣いで、元々寒さに強いからそう思うんだって!」


 キョトンとした顔をするスウィッシュに、声を荒げてツッコむファミィ。

 そんな彼女の言葉に、ギャレマスも顔を引き攣らせながら頷いた。


「そうだな……。それに加えて、余はポルンの口に咥えられておったからな……。あやつの唾液と呼吸に晒されていたせいで、余は体が半分凍っておったわ……」

「あ……」

「そ、そういえば、そうだったな……」


 ギャレマスの苦い響きを含んだ声に当時の事を思い出したスウィッシュとファミィは、つと眼を逸らす。

 と、


「……王はまだマシだ」


 最後尾で三人の会話を聞いていたアルトゥーがぼそりと呟いた。


「なにせ……(おれ)は、あの古龍種に置き去りにされたんだからな」

「「「あ……」」」


 アルトゥーの一言で、彼らの周囲の空気が気まずさに満たされる。


「そ……そんな事より!」


 そんな鉛のような重たい空気を払拭しようとするように、ファミィが声を張り上げた。

 彼女は引き攣った笑顔を浮かべながら、ギャレマスに言う。


「よ……良かったな! 異世界から戻ってきたお前たちが落ちてきた場所に()()()()私たちが居た上に、そこが()()()()ヴァートス様が居る大森林からもほど近い地点で!」

「あ……ああ」


 ファミィの言葉に、ギャレマスはぎこちなく首を縦に振った。

 すると、彼の背後のアルトゥーも、彼女の言葉に同意する。


「確かにな……。この広い世界で、空から落ちてきた先に偶然知り合いがいる確率とは、一体どれくらいのものなのだろうか。奇跡と言っても足りないくらいの稀事だと思うぞ」

「うむ……」


 アルトゥーの言葉にも、ギャレマスは言葉少なに頷くだけだった。

 ――その時、


「……多分、それは確かに偶然だけど、偶然じゃないんだと思う」


 そう唐突に呟いたのは、スウィッシュだった。


「――『偶然だけど、偶然じゃない』? どういう意味、それは?」


 スウィッシュの声に、ファミィが怪訝な顔で訊き返す。

 すると、スウィッシュは、その顔に確信に満ちた表情を浮かべながら答えた。


「異世界から帰ってきたあたしたちが落ちた先が、水浴びしてるあなたの真上だったのも、そこが魔王国領の北国境線のすぐそばだったのも……ううん、それだけじゃない」


 フルフルと首を左右に振りながら、スウィッシュは言葉を継ぐ。


「それどころか、半年前に、あたしと陛下がアヴァーシでツカサの攻撃を受ける寸前にインフォ様(異世界の神)の召喚に当たって異世界転移したのも、全部あの方の影響のせいだと思うの」

「あの方……って?」

「それはもちろん――」


 スウィッシュは一旦言葉を切ると、希望の光を宿した紫瞳を見開き、その名を口にした。


「“非運姫”サリア様――よ」

「サリア――?」


 ファミィは、スウィッシュの口から出た名前に、思わず当惑の表情を浮かべる。

 そして、躊躇いつつ、浮かんだ疑問をぶつけた。


「で、でも……サリアは今、前世のツカサとかいう女になってしまっているはずだろう? なのに、何で――」

「それが――()()()()()、サリア様がまだ消えていない証拠……あたしは、そう考えてる」


 スウィッシュは、ふうと息を吐くと、静かな声で言葉を継ぐ。


「多分……ツカサの人格に体は乗っ取られているけど、サリア様の人格も意識のどこかに残ったままなのよ。表に出られないくらい微かなのかもしれないけれど……」

「……」

「その僅かなサリア様――“非運姫”の持つ“狂運”があたしたちとサリア様自身に有益に働いた結果が、現在の状況なんじゃないか――あたしには、そうとしか考えられないの」

「……確かに、その可能性はあるかもしれない」


 スウィッシュの推論に、アルトゥーが首肯した……が、すぐに「……だが」と続けた。


「……姫と前世の人格は、結局は同じ魂なのだろう? だったら、前世の人格も“非運姫”の特性を持っている事になるではないか。王たちにも、前世の姫の狂運(それ)が影響しただけなのかも――」

「いや、それは違うと思う」


 アルトゥーの推測に否定の声を上げたのは、ギャレマスだった。


「仮に、それがツカサの方の狂運であるのなら、余とサリアにとっては僥倖であり、ツカサにとっては都合の悪い今の状況に至る事などあるまい。なぜなら――サリアの狂運がサリア自身の不利になるように働いた事は、今まで無いのだからな」

「……確かに」


 ギャレマスの言葉に、アルトゥーは目を見開き、小さく頷く。


「姫の狂運は、常に彼女にとっての良い結果を(もたら)していた。もっとも、周りはそのとばっちりを受けて大損害だがな。……一番の被害者は、他ならぬ王だった」

「う、うむ……その通り……」


 ギャレマスは、アルトゥーの言葉に顔を引き攣らせながら、しぶしぶと頷いた。

 そして、ゴホンと咳ばらいをすると、スウィッシュの方に顔を向けながら確認する。


「……お主も、そういう事を言いたかったのだな、スウィッシュ」

「は……はい、そうです!」


 ギャレマスの問いかけに、スウィッシュはブンブンと大きく首を縦に振った。


「ですから……一刻も早く、あのツカサという女からサリア様の人格を引き出して、元のサリア様に戻してあげないと……!」

「分かっておる」


 決意と懇願がない交ぜになったスウィッシュの言葉に重々しく頷いたギャレマスは、一同の顔を見回し、白い根雪が残る山頂を指さすと、敢然とした口調で言った。


「その為にも、我々は少しでも早くこの山を越えて、辿り着かねばならぬのだ。――ヴァートス殿の居る、半人族(ハーフヒューマー)の村にな」

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