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陰密将とハーフエルフと理由

 自分の斜め向かいに真誓魔王国四天王のひとり、陰密将アルトゥーが座っている事にようやく気付いたギャレマスは、驚愕のあまりに目を大きく見開きながら、上ずった声で訊ねた。


「あ……アルトゥー、驚かせるな! い、居るなら居ると、最初に言え!」

「……居ると言ったし、再会の挨拶もしたぞ」


 そう答えたアルトゥーは、川で捕ってきたらしい数匹の魚を串で刺しながら、声を荒げる主の事をジロリと一瞥し、皮肉気な声でぼそりと付け加える。


「……ふたりとも、全く気付かなかったようだがな」

「う……」

「というか……驚いたのはこちらの方だ」


 と、アルトゥーは、焚き火の脇に串刺しにした魚を並べながら、全く驚いているようには思えない抑揚のない口調で言った。


「半年も音沙汰無しで、(おれ)たちがどこをどう探しても痕跡一つ見つけられぬと途方に暮れていたら、今日になって突然空から降ってくるとは……」

「あ、ああ……なんか、すまぬな」


 アルトゥーにジト目で睨まれたギャレマスは、いたたまれなくなって謝る。

 と、彼の隣で険しい表情を浮かべていたスウィッシュが、訝しげに口を開いた。


「……っていうか、何であなたが、ファミィといっしょに旅をしているのよ?」

「……」

「あ……ひょっとして、四天王としての任務とか? “伝説の四勇士”のファミィが、魔王国領の中で変な事をしないように監視する――」

「……まあ、そんなところだ」


 スウィッシュの言葉に一度はそう答えたアルトゥーだったが、つと目を逸らすと、ぼそりと小さな声で付け加える。


「――と言っても、別に『四天王としての任務』という訳ではないのだが……」

「ん? それはどういう意味だ?」


 彼の呟きを耳聡く聞き取ったギャレマスが、怪訝な表情でそう訊ねると、アルトゥーは「あ、いや……」と躊躇しつつ、おずおずと答えた。


「実は……エルフ族の元を訪れた癒撥将が魔王城に帰る時に、己もいっしょについていったのだが……轟炎将や癒撥将はもちろん、姫にすら己が帰還した事を気付いてもらえなかったので……」

「へ?」

「な……なんだか哀しくなって……勝手に魔王城を出たんだ。それから()()()()()があって、()()()()の旅に同行する事にした……まあ、そういう感じだ」

「いや……“何やかんや”って、どういう経緯でそうなったのよ?」


 アルトゥーにしては珍しく歯切れの悪い言葉に引っかかりを感じたスウィッシュが、首を傾げながら訊ねる。

 その問いかけに更なる躊躇を見せつつ、「実は……」と切り出しかけたアルトゥーだったが、


「――そ、そんな事はどうでもいいからっ!」

「っ!」


 なぜか焦った様子のファミィに遮られ、その直後ハッとした顔をすると、慌てて口を噤んだ。

 そんなふたりの奇妙な様子に、スウィッシュは首を傾げながら問い質そうとする。


「……どうしたの、ふたりとも? 何だか、様子がおかし――」

「――スウィッシュよ。そのくらいにするのだ」


 ふたりに尋ねかけたスウィッシュを制止したのは、ギャレマスだった。

 彼は、仄かに頬を染めているファミィとアルトゥーに穏やかな目を向け、僅かに口元を綻ばせながら言葉を継ぐ。


「もう良いではないか。これはふたりの事だ。そっとしておけ」

「え……? 陛下、それは……」


 ギャレマスの言葉に当惑の表情を浮かべかけたスウィッシュだったが、途中で何かに思い当たると言葉を呑んだ。

 そして、ファミィとアルトゥーの表情で、その推測が当たっている事に勘付いた彼女は、その紫瞳をまん丸にし、口をあんぐりと開ける。


「ウソ……? え、ホントに? そ……そういう事……?」

「ほ……ほら! 魚が焼けたぞ、氷牙将! さあ、冷めない内に食え!」

「も、もがぐぐっ?」


 唖然とするスウィッシュの口に、出来たての焼き魚を突っ込んで無理やり黙らせたアルトゥーは、焚き火に枯れ木を足して火力を調整しながら、「そ、それにしても……」と口を開いた。


「魔王城に帰った時から、なんだか姫の雰囲気が変わったように感じていたが……。まさか、前世の人格が覚醒して、中身が入れ替わっていたとはな……」

「……やはり、あの時のままなのか、サリアは……」

「恐らく、な」


 表情を曇らせるギャレマスにも焼き魚を手渡しながら、アルトゥーは小さく頷く。


「そもそも……あのやたらと勘の鋭いところのある姫が、全く己の存在に気付かないのがおかしいとは思っていたのだ。その他にも、言動や言葉遣いがまるで別人だったし……」

「ああ……」


 ギャレマスは、アヴァーシの廃寺院で豹変したサリアの様子を思い出して、その表情を曇らせた。


「確かに、何も知らぬまま、あのサリアを目の当りにしたら、違和感しかないだろうな。『まるで別人』というか、『正に別人』だし……」

「性格の方向性が、サリア様とは真逆でしたもんね……。あのツカサとかいう女の人格は……」


 スウィッシュも、当時の事を思い出し、不機嫌そうに眉を顰める。

 そして、咎めるような目でアルトゥーの顔を睨んだ。


「で……イータツ様たちは、そんなサリア様の様子をおかしいとは思わなかったの?」


 そう、鋭い声で問いかけたスウィッシュに対し、アルトゥーは「……ああ」と、気まずげな顔をしながら首を縦に振る。


「確かに、最初の内は、轟炎将たちも訝しんでいたようだが……。最終的には、父親を亡くしたショックや、次期国王としての自覚に目覚めての事だろうと納得していたようだ」

「納得しちゃったんだ……」

「……」


 アルトゥーの答えを聞いたスウィッシュは思わず呆れ声を上げ、ギャレマスは無言のまま渋い顔をするのだった……。

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