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魔王と“大喪の儀”と“即位の礼”

 それから少しの間、一同は無言のまま、憂いに沈んだ瞳をパチパチと爆ぜる焚き火へ向けて、自分から口を開くのを躊躇っていた。

 だが、


「……まあ、その事はひとまず措こう」


 という、ギャレマスが上げた気を取り直すような声が、澱のように蔓延りつつあった沈黙を破る。

 彼は、顎髭に指を当てると、その金色の瞳でファミィの顔をじっと見据えながら、彼女に問いかけた。


「――それで? サリアが余の死を皆に伝えた後、事態はどうなったのだ?」

「その後――か」


 ギャレマスに促されたファミィは、小さく息を吐いてから言葉を継ぐ。


「……魔王(おまえ)の崩御は、直ちに魔王国全土に広められ、今は国全体が喪に服している最中だ。その服喪の期間が明け次第、お前の葬儀が大々的に行われるとの事で、魔王城はその準備でてんやわんやといったところらしい」

「“大喪の儀”ね……」


 ファミィの言葉を聞いたスウィッシュが、ぽつりと呟いた。


「確か……先王が崩御されてから二百と十日が過ぎたら行われるはず……でしたよね?」

「うむ……」


 スウィッシュに問われて、ギャレマスは小さく頷き、それから僅かに顔を顰める。


「……余は、別にそこまで大仰に執り行う必要は無いと言っておったのだがな。結構な金もかかるし……」

「そういう訳にはいきません」


 ぼやくギャレマスを窘めるような口調で、スウィッシュは言った。


「陛下は、一般庶民とは立場が全然違う“国の象徴”ですから。“大喪の儀”は、その規模の大きさで国の持つ力を内外に示す……いわば、示威行為の一つです。だから、弔われる本人の意思にかかわらず、できるだけ盛大に催す必要があるんです。……お葬式で“盛大に”って言うのもなんですけど」

「まあ……それは分かっておるのだがな……」


 スウィッシュの言葉に、苦笑いを浮かべるギャレマス。

 と、彼はふと眉を顰めると、僅かに首を傾げながら呟く。


「待て。……という事は、サリアはまだ――」

「あ……!」


 ギャレマスの言葉に、スウィッシュもハッとした表情を浮かべ、声を上げた。


「まだ服喪の期間って事は、サリア様はまだ“即位の礼”を受けていないんじゃ――?」

「ああ」


 スウィッシュの声を受けて、ファミィが頷く。


「確かに、大喪の儀に続いて、サリアの即位の礼が執り行われると言っていたな。私たちのところに現れたオカマの四天王は」


 そう明かすと、当時の事を思い出したのか、ファミィは呆れ顔を浮かべた。


「我々の元にやってきた――確か、マッツコーとか言ったか……。そいつが、『おっきなイベントがふたつも重なっちゃって人手が足りないからぁ、エルフ族のイケメン精霊術使いちゃんを何人かお借りしたいんですぅ~』……って感じで気色悪い科を作りながら、ネイラモード(族長)様に頼み込んでたよ」

「うわぁ……その光景が、やすやすと想像できる。まったく……マッツコー様ったら……」

「……というか、“大喪の儀”と“即位の礼”を『おっきなイベント』って……」


 スウィッシュとギャレマスも、ファミィと同じような、悟りを開いたチュペットスナギツネじみた真顔になる。

 そんなふたりを前に、ファミィは気を取り直して言葉を継いだ。


「それで……エルフ族(わたしたち)は、苦境を救われた借りもある事だしと、先方の要請に応じて、精霊術が巧みな()()()()()()()()()()を数人選んで、四天王(オカマ)に引き渡したんだ」

「お……おお、そうか……。その、なんか……すまぬ」


 ギャレマスは、なんだかいたたまれなくなって、一先ずファミィに頭を下げる。


「本来は、各地で起こりつつある不穏な地震と火山活動を、お主らが得意な地の精霊術を以て抑えてもらう為という名目で“招来”したはずのエルフ族(おぬしら)を、余の“大喪の儀”の為に駆り出してしまう形になって……」

「え? あ、いや、気にするな」


 ファミィは、ギャレマスが自分に向けて頭を下げるのを見て、当惑しつつ首を横に振った。


「土の精霊に働きかけて大地を鎮めるのも、大きな陵墓を拵えたり土地を均したりするのも、大した違いは無い。……エルフ族も、さすがに自分たちを救ってくれた()()の葬儀の準備にも手を貸さないほどの恥知らずではないのさ」

「……そうか。だが……すまんな」


 ギャレマスは、ファミィの言葉に表情を和らげながらも、困ったように頭を掻く。


「そこまで骨を折ってくれたのに、ちゃんと死んでなくって……」

「別に、お前が自分で言いふらした訳でもないんだから、お前が謝るような事でもないと思うけど……」


 律儀に謝る魔王に、思わず失笑するファミィ。

 と、そんな彼女に、スウィッシュが訊ねた。


「それで……その後、他のエルフ族は、魔王国側にちゃんと受け入れてもらえたの?」

「あぁ……」


 スウィッシュの問いかけに、ファミィは小さく頷き、答える。


「そこは安心していい。お前たちの留守を守っていた者たちは、お前の命令をきちんと履行してくれて、エルフ族の移住の土地を用意してくれたよ」

「おお、そうか」

「その上で、大地が不安定なところへは土の精霊術に長けたエルフが派遣され、魔族側の司祭たちと協力して地鎮の儀を執り行った。その結果、各地で頻発していた地震や火山活動は、ほぼほぼ沈静化できたようだ」

「そっか……良かった」


 ファミィの言葉に安堵の表情を浮かべるスウィッシュ。

 彼女と同じように満足げに頷いたギャレマスは、ふと何かを思いついた様子でファミィに向かって口を開く。


「なれば……エルフ族の者たちに、余からの感謝を直接伝えたい。――ファミィよ。ご苦労だが、エルフ族の皆が移住した場所まで案内してくれぬか。ここからは近いのかな?」

「え?」


 ファミィは、ギャレマスの問いかけに目を丸くし――首を横に振った。


「すまないけど、それはちょっと難しいな。エルフ族の新しい村は、ここから随分と離れたところにあるから」

「え、そうなの? あなたも、その村に住んでるんじゃないの?」


 意外そうな顔で訊ねたスウィッシュに、ファミィは苦笑いを浮かべ、もう一度首を左右に振る。


「……いや。私は、エルフの村には住まない」

「どうして……?」

「……よもや、エルフ族の間に残るという“純血思想”とやらのせいか?」

「確かに、それもある。だけど……それだけでもない」


 ギャレマスの言葉にそう答えると、ファミィはどこか寂しげな表情を浮かべた。


「……私は、さんざん魔族(おまえたち)と敵対してきた“伝説の四勇士”のひとりだからな。そんな女がエルフ族の村に留まっていたら、魔族側の不安と警戒をいやが上にも煽る事になるだろうと思って、自分から離れたんだ」

「……!」

「ふ……だからと言って、そんな顔をする必要は無いぞ」


 表情を曇らせたふたりの顔を見回しながら、ファミィは穏やかに微笑んだ。


「元々、私は一所(ひとところ)に留まるのが好きじゃないんだ。こうやって、気ままに旅をする方が性に合っているんだよ」

「でも……」


 彼女の表情から、決して噓を吐いているわけじゃない事を悟りつつも、スウィッシュは心配そうに言う。


「だからと言って、女の子の一人旅は危ないわよ。いざという時に助けてくれる人がいないと――」

「……誰が一人旅をしてるなんて言った?」


 スウィッシュの言葉に、キョトンとした顔で首を傾げるファミィ。

 その反応に怪訝な表情を浮かべるスウィッシュとギャレマス。


「……へ?」

「一人旅が危ないなんて、わざわざお前に言われるまでもなく知っている。だから、ちゃんと連れがいる。――()()()

「ここに……ですって?」


 スウィッシュとギャレマスは、狐につままれたような顔をしながら、ファミィが指さした斜め前の方に目を向ける。


「ここに……って、ど――」

「……ここだ」

「「わぁっ!」」


 ふたりは、不意に上がった若い男の暗い声に驚いて、思わず悲鳴を上げた。

 そして、慌てて目を凝らすと、ようやく焚き火の前に座っている黒装束の黒髪の男の姿が知覚出来た。


「ア――!」

「あ、アルトゥーッ?」

「……ようやく気付いたか、氷牙将……そして、王よ」


 実はずっとこの場に居た、真誓魔王国四天王のひとり・陰密将アルトゥーは、ようやく自分の存在に気付いて驚愕するふたりに、諦めと悲哀が入り混じった目を向けるのだった……。

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