“こちらの世界”と“向こうの世界”と時間
「は――」
ファミィの言葉を聞いたギャレマスとスウィッシュは、あまりの驚愕に目を大きく見開いた。
「半年前……だと?」
「そ、そんな事無いわよ!」
言葉を失うギャレマスの横で、スウィッシュが大きく首を左右に振りながら声を荒げる。
「だ、だって……あたしたちがアヴァーシの廃墟から、あのへんてこな世界に飛ばされたのは、ほんの数日前の事よ? それなのに……どうして半年も――?」
「……どうしても何も、訊きたいのはこちらの方だ」
血相を変えて詰め寄るスウィッシュの顔を訝しげに見返したファミィは、周囲に生い茂る森を指さした。
「……ほら、見てみろ、あの木々を」
「え……?」
「エルフ族解放作戦を決行したのは、もう初冬に近い頃だったじゃないか。――だったら、木々の枝にあんなに青々とした葉が付いているわけがないだろう?」
「確かに……」
ファミィの言葉に、周囲を見回していたギャレマスが呻くように呟く。
「見たところ、ここの森に生えている木々は落葉樹なのに、紅葉したり落葉したりしている様子は無いな。それに、この暑さすら感じる日差しの強さ……これは、初夏の陽気だ」
「じゃ、じゃあ……」
「……ああ」
信じられないといった顔のスウィッシュに、ギャレマスは固い表情で頷いた。
「どうやら、ファミィの言うとおり、余とお主の感じた時間の流れと実際の時間の流れに、かなりのズレが生じているらしい……いや」
そこまで言った魔王は、眉根に皺を寄せて、フルフルと首を横に振り、「違うな……」と言葉を変える。
「むしろ……我らが数日滞在したあの世界の時間の流れる速さと、こちら側の時間の流れの速さが違っていると考えた方が自然か……」
「……向こうの世界での三日間が、こちらの世界での半年――という事はつまり、大体六十倍くらい速さが違っていたって事ですか?」
「おそらく、な」
「……じゃあ」
ギャレマスの答えに、スウィッシュは顔を青ざめさせながら呟いた。
「もし……あたしたちが向こうの世界で課された使命を果たすのがもっと遅かったら……」
「……下手をすると、こちらの世界の数年……いや、下手をすれば数十年後に帰ってくることになってしまっていたのかもしれぬな」
そう答えると、ギャレマスはぶるりと体を震わせる。
「そう考えれば……あちらの世界の使命を最速で果たして戻ってきたのは正解だったな」
「そうですね……」
魔王の言葉に、スウィッシュも安堵の表情を浮かべながら頷いた。
と、それまで黙ってふたりのやり取りを聞いていたファミィが、おずおずと声を上げる。
「おい、魔王、スウィッシュ……」
「ん? 何だ?」
「その……」
ギャレマスに訊き返されたファミィは、訝しげに首を傾げながら言った。
「……さっきから、『あちらの世界』とか『こちらの世界』とか『帰ってきた』とか、一体何の話をしているんだ、お前たちは?」
「ああ……そういえば、まだお主には話していなかったな、この三日間……お主にとっては半年か……に、余たちが何をしていたのか、を」
そう言うと、ギャレマスは丸太の上に座り直し、姿勢を整える。
そして、固唾を吞むファミィの顔をじっと見つめ、言葉を継いだ。
「……では、話すとしよう。余とスウィッシュが体験した、奇妙な“異世界転移”の顛末をな」
◆ ◆ ◆ ◆
それからギャレマスは、アヴァーシの廃墟で青い光に包まれてから今までの出来事を掻い摘んで、ファミィに話した。
「……と、いう訳だ」
「……なるほど」
ギャレマスの話を黙って聞いていたファミィは、彼の話が終わると、小さく息を吐きながら頷いた。
「要するに……お前たちは青い光に包まれて、ここではない別の世界に転移させられて、そこでの使命を果たしてまた戻ってきた――そういう事なんだな?」
「ああ……」
確認するようなファミィの問いかけに、ギャレマスは大きく首肯する。
「突拍子もない話過ぎて、にわかには信じられぬかもしれぬが……」
「いや、信じるさ」
「……え?」
意外にも、自分の言う事をあっさりと信じたファミィに、ギャレマスは驚きの声を漏らす。
彼は目を丸くして、ハーフエルフの美貌を見た。
「し、信じてくれるのか? こんな、おとぎ話のような話を……」
「ふ……」
ファミィは、魔王の驚いた顔を見て相好を崩すと、おどけるように肩を竦めてみせる。
「信じるに決まっているだろう? 私たちが、誰といっしょに魔王と戦っていたと思っているんだ?」
「あ……」
ファミィの言葉を聞いて、スウィッシュがハッとした表情を浮かべた。
「勇者シュータ……! そういえば、彼も――」
「異世界転移者……!」
「そういう事だ」
合点がいったという顔をするふたりを前に、ファミィは愉快そうにくすくすと笑う。
と、そんな彼女に、やにわに警戒する様子で周囲を見回しながら、ギャレマスが問いかけた。
「そ……そういえば、お主の仲間――他の“伝説の四勇士”は居ないのか? 狼獣人のジェレミィアと……ゆ、勇者シュータ……」
「……それに、サリア様にあんな事をしたクソ聖女は――?」
ギャレマスの言葉に、スウィッシュが低い声で付け加える。
ファミィは、静かに憎悪を滾らせたスウィッシュの紫瞳をちらりと見ると、眉を顰めて目を逸らした。
彼女は目を閉じて小さく息を吐くと、少ししてから再び顔を上げる。
そして、二人の魔族の顔を見回しながら、静かに口を開いた。
「では……今度は、私の方から話そう。――お前たちが異世界へ行っていた半年の間、こちらの世界で何があったのかを、な」




