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魔王と焚き火とタオル

 「へ……陛下……本当に、大変申し訳ございませんでした……」

「そ、その……魔王、すまなか……本当にごめんなさい」


 と、神妙な顔をしたスウィッシュとファミィが、河川敷に積み重ねられた薪の上で燃え盛る焚き火に向かって、上半身裸で腰にタオルを巻いただけの格好で手を翳しながらガタガタと震えているギャレマスに向かって、深々と頭を下げる。


「い……いいいあ、いや、だ、だだだだだだいじょうびゅ……だ、大丈夫……だ」


 川に落ちて全身濡れそぼった上に、スウィッシュの氷系魔術とファミィの風の精霊術の合技を食らった事ですっかり凍え切っているギャレマスは、寒さのせいでうまく回らない舌を懸命に動かして二人に向かって鷹揚に頷いた。

 と、次の瞬間、


「ふぇ……ふぇ……ぶえっくしょおおんっ!」


 盛大にオヤジくさいクシャミをする。


「だ、大丈夫か魔王? ほ、ほら、これをかけるんだ。風邪をひいてしまうぞ」

「あ、い、いや、大丈夫だ」


 ギャレマスは、慌てた様子で自分が羽織っていたマントを渡そうとするファミィを制し、今は見慣れた軽装鎧を纏っている彼女の事を安心させようと、穏やかな微笑みを浮かべてみせた。


「こ、ここここれでも、余は魔王だからな。これしきの寒さなどへっちゃ……へっ……へっくしょいっ!」

「そんなに歯をガチガチさせながら強がられても、全く説得力が無いぞ……」


 ファミィは、鼻を啜っている魔王の肩へ半ば強引にマントをかけると、焚き火を挟んだ向かい側に横たえられた丸太の上に腰を下ろす。

 そして、程よく筋肉のついたギャレマスの上裸から目を逸らしながら、仄かに頬を染めた。


「そ……それにだな……き、貴様の裸を見るのは、ちょ、ちょっと恥ずかしい……あ、いや!」


 そう言いかけたファミィは、慌てて首を激しく左右に振る。


「か、勘違いするなよ! べ、別に、私は貴様の裸だからとかではなくてだな! と……殿方の裸を見る事自体が恥ずかしいという事だぞ、分かったか! う、自惚れるんじゃないぞっ!」

「……別に自惚れてなどはおらぬが……まあ、確かにそうかもな」


 ギャレマスは、ファミィの言葉に頷くと、ずれかけたマントを肩にかけ直す。と、隣から「……ちぇっ」という舌打ちが上がったが、彼は気付かぬ様子で言葉を継いだ。


「若い女子(おなご)には、中年男の醜い裸など、目の毒であろう? すまぬな」

「あ、いや……別にそこまでは……」

「そ、そんな事ないですッ!」


 気まずげに答えるファミィの声を遮るように、上ずった叫び声が上がった。

 ギャレマスの隣に座っていたスウィッシュは、目を爛々と輝かせながら、彼に向かって身を乗り出す。


「へ、陛下の御姿は、全然醜くなんかありませんっ! むしろ、その厚い胸板やほんのり割れた腹筋などは、と、とってもせくしーで、そ、その……」

「ちょ、ちょっ! ス、スウィッシュ! 少し落ち着け! そ、その……あまり前屈みになると、た、タオルの隙間から、その……」


 接近したスウィッシュから慌てて目を背けながら、ギャレマスは裏返った声で、必死に彼女を制した。


「……へ?」


 興奮した様子のスウィッシュだったが、ギャレマスの言葉にハッと我に返ると、恐る恐る己の体へと目を移し――自分自身も、裸の上に大きなタオルを体に一枚巻き付けただけの無防備な格好だという事を思い出した。

 そして……今まさに、ずり落ちないように中に折り込んでいたタオルの一端が解けてしまいそうに――!


「きゃ……きゃあああああああああっ!」

「ぎゃあああああああっ!」


 昼下がりの河川敷に、ふたつのけたたましい悲鳴が上がる。

 ひとつは、外れかけたタオルを慌てて手で押さえ、すんでのところで“御開帳”を防いだスウィッシュの悲鳴。

 そして、もうひとつは……彼女が咄嗟に突き出した二本の指で目潰しされたギャレマスの――。


「へ……陛下ぁっ! も、申し訳ございませんっ! つ、つい動転してしまって……」

「い……いや、だ……大丈夫……」


 タオルで胸元を押さえながら自分を気遣うスウィッシュに、ギャレマスは目を押さえて苦しそうに喘ぎながらも、気丈に答える。


「ちょ、ちょっと目が痛いだけだ。め、目潰し程度……大した事は無い……多分」

「……いや、かなり真っ赤だぞ、目」


 二人のやり取りを焚き火越しに見ていたファミィが、真っ赤になった目からボロボロと涙を流している魔王に向かって、冷めた声で言った。

 そして、その横でタオル一丁の格好でオロオロしているスウィッシュに呆れ交じりの目を向ける。


「……まったく、何をやっているんだ、お前は。主に目潰しをかますなど」

「う、うう……ごめんなさい……」

「そもそも、もっとしっかりタオルを結んでいれば、こんな事にはならなかったのに」


 そう言うと、彼女はスウィッシュの胸元を指さした。


「ただでさえ、お前の胸は私と違って引っかかりがないのだから、もっとこうギュッと――」

「……おい、エッルフ」

「……ん? なんだ?」

「なんだもかんだも無いわぁっ!」


 キョトンとした顔で訊き返したファミィを、スウィッシュが憤怒の形相で怒鳴りつけた。


「誰の胸がのっぺり垂直断崖絶壁おっぱいだってぇっ? 表出ろゴラァっ!」

「いや……そこまでは言ってないし、『表出ろ』も何も、ここが既に表だし……」

「うるさあああい! 何よ、少しぐらいおっぱいが(おお)パイだからってさあっ!」


 ドン引きしているファミィを前に、スウィッシュは更にヒートアップする


「第一、真っ昼間に全裸でこれ見よがしにおっぱいプルンプルーンさせちゃってさ! 痴女ですかコノヤロー!」

「だ、誰が痴女だあああああっ!」


 スウィッシュの暴言に、ファミィも思わず血相を変える。

 そして、先ほどの事を思い出して顔を真っ赤にしつつ、声を荒げた。


「そ、そもそもあれは、私が川で水浴びをしているところに、お前たちが勝手に空から降ってきたのが悪い! ……て」


 そこまで言って、ハッと冷静さを取り戻したファミィは、ふたりの事をまじまじと見つめると、訝しげな顔をしながら口を開く。


「そうだ……。そもそも、なんでお前たちは、いきなり空から降ってきたんだ? こんなに長い間、姿をくらましていたのに……?」

「……『こんなに長い間』だと?」


 ファミィの言葉に違和感を感じたギャレマスが、眉を顰めながら訊き返した。


「はて……確かに余たちは、一時的にこの世界ではない所に飛ばされたが、そこまで言われるほど長居はしておらぬぞ。お主と会うのも、せいぜい一か月ぶりくらいのはずだが」

「……は?」


 ギャレマスの言葉を聞いたファミィは、なぜか怪訝な表情を浮かべながら、魔王に向かって言う。


「何を言っているのだ、貴様? たった一ヶ月ぶりな訳が無いだろう?」

「……は?」


 今度は、ギャレマスの方が訝しげな声を上げる。


「なんだ、その“()()()”というのは? いや、だって……」


 彼は、順々に指を折りながら、これまでの日数を数え始める。


「我らがアヴァーシの街に入ってから、大体三週間あまり。それから、あのオーディション大会に乗じてエルフ族の救出作戦を決行して……それから、余とスウィッシュがインフォ殿の世界に転移してから、三日でウェスクア殿を倒して、再び元の世界(ここ)へ戻ってきたのだ。……ほれ、ほぼ一ヶ月であろう?」

「……三日だって?」


 ギャレマスの言葉に、ファミィの表情が一層険しさを増し、それからフルフルと首を横に振って言った。


「そんな訳があるか。私たちがエルフ族解放作戦を決行したのは、()()()()()()()()()()

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