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魔王と圧倒と危機

 「――聖光千矢(ホーリーアローズ)!」


 エラルティスが聖杖を横に一薙ぎすると、無数の光の矢が彼女の前に現れ、正面の魔王ギャレマスの方に向かって放たれる。


「今ですわ! ――ファミィさんッ!」

「……分かってるわよ!」


 エラルティスの声に不機嫌そうに答えたファミィが、左手を高々と上げる。


(こた)うべし 風司(かぜつかさど)る精霊王 その手を振りて 風波(かざなみ)立てよ!』


 ファミィのぷっくりとした唇から紡がれた詠唱に応える様に、彼女の周囲が青く輝いた。そして、やにわに夥しい猛風が巻き起こり、エラルティスの放った光の矢を更に加速させた。

 文字通り風に乗って、ギャレマスに迫り来る無数の光の矢。

 ――だが、


「……ほう、法術と風の精霊術の合技(ごうぎ)か。なかなか興味深い」


 剥き出しの殺意を露わにしつつ、自分の身に襲いかからんとする光矢の群れを目前にしながらも、魔王の顔には不敵な薄笑みすら浮かんでいた。

 彼は、おもむろに両手を前に突き出し、


「――上昇風壁呪術(ダー・イセ・イカイ)!」


 素早く詠唱すると同時に、パチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、


 ――ゴォッ!


 と、まるで万の獅子が一斉に咆哮したかのような音を上げながら、彼の眼前から凄まじい勢いで風が吹き上がった。

 猛烈な上昇気流は、分厚い空気の壁と成り、エラルティスが放ち、ファミィが加速させた無数の光の矢の進路を妨げる。

 そして――ギャレマスの豪風の防壁の前に、光の矢は全て弾き飛ばされた。


「な――ッ?」

「う……ウソでしょ? 私の風精霊術が、通用しない……?」


 それを見たエラルティスとファミィは、思わず驚愕の表情を浮かべる。

 一方、ふたりの合体技をあっさりと退けたギャレマスは、口の端を緩め、愉快そうに嘲笑(わら)った。


「ハーッハッハッハッ! キサマらの全力は、その程度か? 以前に余の居城で戦った時から、何ら成長しておらぬではないか! こんなものでは、余が雷撃呪術を繰り出すまでも無いのう!」


 ふたりを嘲笑しつつ、シュータから禁じられている『雷撃呪術の不使用』を『手加減』という事にして、きわめて自然に理由づけする事が出来て、心の底で秘かにホッとしている魔王。

 彼は両腕を大きく横に振ると、背中の黒翼をいっぱいに展張した。


「「――ッ!」」


 闇空に大きく開いた魔王の黒翼を目の当たりにしたふたりは、今度は彼の方から攻撃が放たれる事を察知し、慌てて身構える。

 ギャレマスは、焦りの表情を浮かべたエラルティスが、チラリと上空に目を移したのを見逃さなかった。


『……何やってるんですのッ? 早く降りて来なさいよ!』


 怯えと憤懣を湛えた彼女の目が、夜空の一点を睨みつけながらそう訴えているのを、ギャレマスは察し、


「――ッ!」


 彼もまた、慌てて虚空に目を向けた。


(や、やっぱり来るか……シュータ!)


 だが――、シュータの位置を示すふたつの赤い魔法陣は、依然として、はるか上空の同じ場所に留まったままだった。


(こ……来ないのか……?)


 光点がピクリとも動かないのを視認したギャレマスは、安堵と拍子抜けがまぜこぜになった、良く分からない心境に到る。


(ま……まぁ、奴が動かないのなら好都合だ。観戦しているサリアの為にも、父として、もう少しだけいい格好をしておきたいからな……)


 ギャレマスは気を取り直すと、再び対峙しているふたりの“伝説の四勇士”の方へと向き直った。

 そして、出来る限り魔王らしい不遜な表情を作りながら、二人に向かって叫んだ。


「では――! 今度はこちらから仕掛けさせてもらうぞ! “伝説の四勇士”としての意地……余に見せてみるが良い!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「く……!」

「い……痛……ふざけ……んな……!」


 荒れ果てた草原の上に倒れ伏していたふたりの女が、荒い息を吐きながら、よろよろと起き上がった。

 その神官服と軽装鎧(ライトアーマー)は、あちこちがほつれ、裂け、凹んでおり、ふたりの整った顔も塵埃で汚れ、美しい髪は、見る影もなく乱れていた。


「で……でも……! コイツ、こんなに強かったっけ? 私たちふたりが力を合わせても、まるで歯が立たないなんて……」


 ふたりの前に悠然と立つ、汚れひとつない漆黒のローブに身を包んだ魔王の姿を呆然と見つめながら、ファミィは絶望感に塗れた声で呟く。


「だ……台ほ……と、違うじゃない……!」


 彼女の横で、聖杖を支えに立ち上がったエラルティスが、恨みの籠もった光を翠瞳に宿しながら、ギャレマスの顔を憎々しげに睨みつけた。

 一方、ふたりの視線を一身に受けたギャレマスは、


「あ……いや、その……」


 何故か、目をしきりにパチクリと瞬かせながら、小刻みに首を横に振る。

 彼の頭の中は、


(べ……別に、ここまで痛めつけるつもりは無かったのだが……。こやつら、思った以上に――()()


 という困惑で占められていた。

 ……確かに、シュータは彼女たちを『実力は大した事ねえ』と言っていた。『後ろでこっそり俺が力を使って、さもあいつらの力だと、周りとあいつら自身に見せかけてただけ』とも。

 だから、今のふたりの力が、シュータの隠れた助力がある時よりも幾分か劣っているのは織り込み済みで、かなり手加減して戦ったつもりだったのだが、いわば“素”の彼女たちの弱さは、彼の想定すら下回っていた……。


「お……おい、キサマら……大丈夫か……?」


 思いの外、ふたりの事を痛めつけすぎてしまった形になったギャレマスは、思わず労りの声をかける。

 そんな彼に、刺すような視線を向けながら、ファミィは弱々しい声を張り上げる。


「な……何で、敵のアンタに心配されなきゃいけないのよ……! っていうか……加害者はアンタ……!」

「そ……それは、まあ……確かに、そうなのだが……」


 もっともすぎるファミィの言葉に、思わず頷くギャレマス。

 と、その時、


「――聖鎖法術(ホーリーチェーン)!」


 彼の不意を衝いて、エラルティスが聖杖を縦に振り下ろした。

 すると、彼女の前に黄金の光が凝集し、たちまち輝く鎖の束に姿を変えた。

 次の瞬間、


「“縛”ッ!」


 そう叫んで、エラルティスがギャレマスを指さす。

 同時に、分銅の付いた鎖の先が、まるで大蛇が鎌首を持ち上げるように動き、素早くギャレマスの身体を這いあがった。

 そして、そのまま彼の身体をきつく締め上げる。


「……!」

「ほーほっほっほっ! 油断しましたわね、魔王!」

「これは……」

「魔に属する者を打ち据え束縛し、髪の毛一本残さずに浄化する聖なる鎖、聖鎖法術(ホーリーチェーン)ですわっ!」


 その美貌に狂的な笑みを浮かべながら、エラルティスは勝ち誇った声を上げる。


「こうなったら、もはや貴方に生き延びる術はありませんわ! 観念なさい、魔王ギャレマス! 正直、ここまでするつもりは無かったけれど、そもそも、貴方が台本通りに動かないのが悪いのよッ!」

「……台本? 何それ?」

「あ……貴方には関係の無い話ですことよ、ファミィさん! おほほほほほっ!」


 思わず口から漏れた言葉をファミィに聞き咎められたエラルティスは、慌てて笑い飛ばして誤魔化すと、聖杖をギャレマスに突き付けながら叫んだ。


「と……とにかく、魔王ギャレマス! これでお終いですわ! 今の内に、天上の神の前で許しを乞う言葉を考えておくのですわね!」

「……神、か」


 聖鎖に全身を締め上げられた格好でエラルティスの声を聞きながら、ギャレマスはぼんやりと考えた。


 ――神。


 この世界を作り、遥か天上で自分たちの事を見守っている……と、人間族(ヒューマー)たちの間では伝えられ、信仰を集めている存在。

 だが――、その一方で、シュータ・ナカムラという、ギャレマスにとっては悪夢以外の何物でもない存在を、別の世界からこの世界に呼び寄せ解き放った、まさに“吐き気をもよおすほどの邪悪”でもある。

 そんな“神”を前にした時、自分はどんな言葉を吐くのだろうか……?


「やっぱり――『この疫病神が!』かのぅ……」

「何をブツブツ言ってますの!」


 自分の奥の手である聖縛鎖法術(ホーリーチェーン)に囚われても、一向に焦ったり狼狽えたりする様子の無いギャレマスに、エラルティスは苛立ちの声を上げた。


「そんなに神に会いたいのなら、お望み通り御前に送って差し上げますわ! 帰りのチケットは有りませんけどねッ!」


 もはや、シュータとギャレマスとの密約の事などすっかり忘れるほどに激昂したエラルティスは、聖杖を握る手に一層の力を込め、邪悪なる存在を跡形もなく浄化する聖句を言祝ぎ始めようとする。


「くたばりやがりなさい! 『天におわす全能の神よ かの愚かなる邪――」

「――ちょおおっと待ったああああッ!」


 その時、彼女の聖句を遮るように、間の抜けた絶叫が頭上から聞こえてきた。


「――!」

「……ッ!」


 ハッとした顔で頭上を見上げたエラルティスにつられて、何とも言えない嫌な予感を抱きつつ、顔を向けたギャレマス。

 そんな彼の目に映ったのは――視界一杯に広がる靴底だった。


「――ぶべぇっ!」


 避ける間もなく、空中からのドロップキックを顔面に受けたギャレマスは、情けない悲鳴と夥しい鼻血を上げながら、遥か彼方へと吹き飛んだ。

 辺り一帯は、空から落下してきた何かが濛々と巻き上げた土煙で覆い尽くされる。

 そんな中、


「よっしゃ、着地ドンピシャ! 大当たり~ッ!」


 と、呑気な声を上げながら、ズボンについた土埃を払い落としたのは、言うまでもなく――、


「――知ってるか? ヒーローは、遅れて……一番いいタイミングでやってくるモンなんだよ!」


 不敵な笑みを浮かべた、勇者シュータその人だった。

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