魔王とハーフエルフと全裸
「え……ウソ……? なんで? なんで、空から……魔王が?」
と、“伝説の四勇士”のひとりであるハーフエルフ、ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールは、一糸纏わぬあられもない姿で、その美しい顔に驚愕の表情を浮かべながら、うわごとのように呟いた。
彼女は、太陽の光に照らされてキラキラと輝く金糸のような髪から水滴を滴らせながら、全身びしょ濡れになりながら、ぐったりとしたスウィッシュの身体を両腕で抱きかかえて立っているギャレマスに向かって、おずおずと尋ねる。
「き……貴様……貴様は、本物の魔王ギャレマスか?」
「え? あ……ああ」
ファミィの問いかけに、それまで呆然としていたギャレマスはハッと我に返り、大きく頷いた。
「た、確かに余は、真誓魔王国国王イラ・ギャレマスだ。……久しぶりだな、ファミィよ」
「あ、ああ……久しぶり……」
ギャレマスの挨拶に、ぎこちなく頷き返すファミィ。
だが、彼女はすぐに険しい表情を浮かべると、鋭い声でギャレマスに詰問する。
「……って、そうじゃなくって! おい魔王ッ!」
「ファッ! な、なんだ? ……って、ちょっ!」
急に怒鳴りつけられ、思わず目を見開いた拍子にファミィの裸身をまともに見てしまったギャレマスは、たちまち顔を茹でダコのように真っ赤にすると、慌てて目を逸らした。
「なんだもかんだもあるかッ!」
そんな彼に、憤怒がありありと浮かんだ顔を向けたファミィが、更に声を荒げる。
そして、顔を背けた上に目を手で覆い隠して、何とかファミィの裸身を直視しないようにしているギャレマスに向かって、全裸のままズカズカと詰め寄った。
どうやら、完全に頭に血が上って、今の自分が全裸なのをすっかり忘れているようだ。
「あ……あの、ファミィっ? ちょ、ちょっと落ち着くのだ! ま、まず服を――」
「うるさいッ!」
狼狽える魔王を一喝したファミィは、その蒼星石のような目を爛々と輝かせながら一気に捲し立てる。
「一体今までどこにいたんだ、貴様はッ? あの日、青い光と共に姿を消してしまったと聞いて……私たちが、どれだけ貴様たちの事を心配していたと思っているッ!」
「あ……そ、それはすまなかった。というか、お主が余たちの事を心配してくれておったのか……」
「……あ」
ギャレマスの言葉を聞き、自分の失言に気付いたファミィの顔面が、みるみるうちに朱に染まった。
「わ……わわわ私が、魔族の貴様の心配などするはずがあるかバーカッ! か、勘違いするんじゃない! この自意識過剰系自惚れ勘違い魔王めが!」
「い、いや……今、お主自身が言うたであろう……って!」
顔を真っ赤にしたファミィに胸倉を掴まれながら、ギャレマスは必死で訴える。
「ふぁ、ファミィ! その事はひとまず措こう! とにかく今は、何か着て――」
「ええい、話を逸らすな魔王!」
すっかり逆上した様子のファミィは、ギャレマスの言葉も全く耳に入らない様子で、胸倉を掴んだ彼の身体を激しく揺さぶった。
その拍子に、バルンバルンと音を立てそうな勢いで大きく上下に揺れる、彼女の豊満な乳房。
「……ッ!」
ギャレマスは、魔王としての誇りとなけなしの理性を総動員して、心の底から沸き上がる本能と煩悩に抗いつつ、必死で目を背け続ける。
……と、その時、
「う……う~ん……」
ギャレマスに抱きかかえられたまま気を失っていたスウィッシュが、意識を取り戻した。
「こ……ここは……?」
そう呟きながら、ゆっくりと目を開いた彼女の視界いっぱいに飛び込んできたのは――奔放に揺れまくる、今まで見た事の無いほどの巨大な双丘だった。
「…………は?」
いきなり目に映った信じ難い光景に、スウィッシュは思わず目を点にする。
そして、その目線を恐る恐る上の方にずらし、そこに見慣れたハーフエルフの顔を認めた彼女は、次の瞬間、飛び出さんばかりに目を剥いて叫んだ。
「ちょ……ちょっと、素っ裸で何やってんのよ、この変態エッルフッ!」
「……は?」
金切り声に気付いたファミィは、驚いた顔をしている魔族の娘の顔を訝しげに見下ろす。
「あぁ、お前もいたのか、スウィッシュ。……っていうか、久しぶりに会ったのに、いきなり他人の事を変態とか言うな!」
「変態以外の何だって言うのよ! こ……こんな所で、おっぱいプルンプル~ンさせておいてさ!」
「おっぱ……い……プ……ル……?」
ファミィは、スウィッシュの言葉を鸚鵡返しに繰り返しかけたところで少し冷静さを取り戻し、ようやく思い出した。
――水浴びの真っ最中だった自分が、一糸纏わぬ姿でギャレマスの前に立っているという事を……!
「きゃ……」
たちまち、さっきとは違う意味合いで、尖った耳の先まで真っ赤になったファミィ。
「きゃああああああああああああああああああっ!」
「ぶべらぁっ!」
次の瞬間、数百枚の絹を裂くような悲鳴を上げたファミィから渾身の平手打ちを食らったギャレマスは、キレイな放物線を描いて吹き飛び、盛大な水飛沫を上げて川の中に沈んだ。
……だが、彼の不幸は、それだけに止まらなかった。
「い、痛たたた……」
しこたま打った腰と左頬を擦りながら起き上がったギャレマス。
――その時、彼の耳に地獄の底から沸き上がるようなドスの利いた声が聞こえた。
「……陛下?」
「す……スウィッシュ……さん?」
ゆらりと幽鬼のように佇んでいるスウィッシュの背後から、闇よりも濃いオーラがゆらゆらと立ち上るのを幻視したギャレマスは、本能的に生命の危機を感じ、上ずった声を上げる。
「ち……違うぞスウィッシュ! こ、これは余のせいでは――」
「こんな白日の下で、バカ乳エッルフに何しようとしてるんですかああああああっ!」
ギャレマスの必死の訴えにも聞く耳を持たず、スウィッシュは掌を大きく広げ、魔力を集中させ、
「この……ド変態窃視倒錯性癖エロ大魔王がああああああああっ!」
「い、いや! だから、お主のその格好は、余には関係が――」
千切れんばかりに首を左右に振りながら己の潔白を主張するギャレマスを、殺気の籠もった蒼瞳で睨み据えたファミィは、金糸の如き髪を逆立てながら片手で胸元を隠し、残る片手を大きく振り上げる。
そして、
『猛るべし! 風司る精霊王! 山崩す風嵐と成さんッ!』
「氷華大乱舞魔術――ッ!」
「ぎゃあああああああああああ――ッ!」
スウィッシュの氷系呪術とファミィの風の精霊術が同時に放たれた事で混ざり合い、それによって発生した凄まじい轟氷嵐が、ギャレマスの身体を遥か上空へと吹き飛ばしたのだった――。




