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異世界転移と天啓とチート能力

 「ほう……“異世界転移”と“異世界転移”について、か……」


 ギャレマスの言葉を聞いたインフォレミアルスは、その柳眉を僅かに上げ、それから軽く頷く。


「うむ、構わぬ。で……そなたはわっちから何を訊きたいというのかの?」

「かたじけない」


 そう言ってインフォレミアルスに頭を下げたギャレマスは、彼女の勧めに応じて向かいのソファに腰を下ろすと、やや前のめりの姿勢になって幼女神の顔を見つめながら切り出す。


「……では、まず“転移”と“転生”の違いについて、だが――」


 考え込む時の癖で顎髭を指で撫でながら、ギャレマスは静かに言った。


「今の貴女の話や、これまでに余が出会ってきた異世界転移者(勇者シュータ)異世界転生者(ヴァートス)が教えてくれた話から考えると、“異世界転移”とは、別の世界に居る者を、それまでの記憶や身体ごと違う世界に移す事。それに対して“異世界転生”は、別の世界に居た者の魂のみを、記憶を消した上で違う世界に送り込む事――という事で相違ないか?」

「左様」


 ギャレマスの問いかけに対して、インフォレミアルスは即座に頷いた。

 それを見たギャレマスは、僅かに眉根を寄せながら、冷静な口調で問いを重ねる。


「……先ほどインフォ殿は、『下界の者たちには対応しきれない程に力を強めたものを、神の代わりに倒してもらう為に、他の世界に住む者を“転移”させる』と申しておったな。――それは何故だ?」

「何故……とは?」

「わざわざ別の世界に住む者を自分の世界に投入して、下界の問題を解決させるのではなく、貴女たち“神”と呼ばれる存在が直接下界に手を下して、下界で発生している問題を解決してしまえば良いのではないのか?」

「ふ……それは出来ぬ」


 インフォレミアルスは、ギャレマスの言葉を聞いて、僅かに口元を綻ばせ、それから小さく首を横に振った。

 そんな幼女神に、険しい表情を浮かべたギャレマスが訊ねる。


「……それは、なぜだ? 貴女たち“神”には、下界の者には及びもつかないような強大な力があるのではないのか? 人の身体や魂を自由に弄んだ上に、その者に“ちーと能力”とかいう奇妙な能力を付与したりする事が出来るではないか?」

「勘違いするな、魔王よ」


 インフォレミアルスは、静かに……そしてハッキリとした口調で言った。


「わっちが言うた『出来ぬ』とは、『不可能』という意味ではない。『やらない』という意味じゃ」

「……つまり、『出来るけどやらない』って事ですか?」

「左様」


 ギャレマスの隣に遠慮がちに座ったスウィッシュの声に、インフォレミアルスはちょこんと頷くと、ギャレマスの顔を見据えながら言葉を続ける。


「魔王よ。確かにそなたの言う通りじゃ。わっちら“神的存在”は、お主ら下界の者には想像も出来ぬほどの強大な力を有しておる。……じゃが、わっちらの力は、下界の片隅で起こった些細な問題を解消するには些か強大すぎるものなのじゃ」

「強大……すぎる?」

「要するに、力が強すぎて、手を出したら滅んでしまうんじゃ、世界が」

「な……?」

「ほ……滅ぶ?」


 あっさりととんでもない事を口にしたインフォレミアルスに、思わず絶句するギャレマスとスウィッシュ。

 そんなふたりの反応を面白がりながら、幼女神は更に言葉を継ぐ。


「じゃから、神的存在(わっちら)は、下界のいざこざに対しては基本的に静観を貫くしかないのじゃ。わっちらが手を出す時は、もうどうしようもないくらいに下界が乱れてしまって、イチからやり直そ(リセットしよ)うとした時だけじゃな」


 そう言ったインフォレミアルスは、呆然としているギャレマスとスウィッシュの顔を見回して苦笑すると、軽く首を振った。


「まあ、そう怯えるでない。世界をリセットするのは、よっぽどのよっぽどじゃ。そうそうお手軽に世界を滅ぼそうとする神的存在など居らぬ」

「そ……そうなのか?」

「当たり前じゃ。何せ、クッソ面倒なんじゃぞ、新しい世界を作って育てるのはな」


 おずおずと訊ねたギャレマスに、うんざり顔で答えるインフォレミアルス。


「まず、無数の星の中から手頃な惑星を見つけて、そこの大気やら何やらを調整して、生命が誕生しやすくしてやるんじゃ。最初は細胞一個の単細胞生物から始まり、そこから繋がる数多の進化の枝分かれの末に、知能が宿った生物が誕生するのをひたすら待つのじゃ。そう……そなたらの世界の単位で言えば、数十億年分くらいかの」

「す……数十億……年……?」

「そ、そんなに……」

「な、面倒じゃろ?」


 あまりにもスケールの大きな話に愕然としているふたりを前に、インフォレミアルスはしたり顔で笑う。


「じゃから……神的存在(わっちら)も、出来るだけ世界を正常なままで保ちたいのじゃ。……だが、なまじ知能を持った下界の者たちは好き勝手に振る舞い始め、その挙句に、自分で自分の世界を壊そうとしかねぬ、身の丈以上の力を手にしたりしてしまうんじゃ」


 そう言うと、幼女神は、その整った眉を顰めた。


「……だからといって、さっきも言うた通り、神的存在が下界に直接手を下す事は出来ぬ。それで使われる手段が――」

「異世界転移という訳か……」

「左様」


 ハッと目を見開いたギャレマスの呟きに、インフォレミアルスは得たりとばかりに大きく頷き、それから苦笑交じりの表情で付け加える。


「……まあ、厳密に言うと、それだけでは無いがの。新たに下界に生まれ落ちる命の中から、出来の良さそうなのをいくつか見繕って“天啓(ギフト)”を仕込んだりもしておるのだが、ひとつの魂にひとつしか付与できぬ事もあって、効果が薄いのでな」

「“天啓(ギフト)か……」


 ギャレマスの頭に、翠髪が特徴的な人間族(ヒューマー)の女神官の顔が浮かんだ。

 と、彼はハッとした表情を浮かべて、幼女神に尋ねかける。


「では……異世界転移者に付与されている“ちーと能力”というのは……」

「ああ、チートか」


 インフォレミアルスは、ギャレマスの問いかけに小さく頷いた。


チート(あれ)は、確実に目的を達成できるよう、力の足りない異世界転移者にわっちらが一時的に履かせてやる下駄のようなものじゃ。何せ、転移には色々と手間がかかるからのう。万が一にもしくじられては困るのじゃ」

「……では、余にも何か付与されていたのか、ちーと能力が?」


 ギャレマスは、そう言いながら首を傾げる。


「……はて? そのような感覚は特に無かったような……?」

「ああ、そりゃそうじゃろう」


 訝しむギャレマスに苦笑を向けながら、インフォレミアルスは言った。


「だって、わっちは、そなたにチート能力を付与してはおらぬからな」

「あ……そうなのか?」

「当然じゃ」


 と、意外そうな顔をするギャレマスの頭の上を眇め見ながら、インフォレミアルスは言葉を続ける。


「そなたのステータスなら、わざわざわっちの能力を貸し与えるまでもないわ。現に、そなたはそなたの能力(ちから)だけで、見事に目的を達成したではないか」

「ま、まあ……確かに」


 インフォレミアルスの言葉に、当惑しつつも頷いたギャレマスは、ふと頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつけてみた。


「そういえば……ちーと能力は、“天啓(ギフト)”と違って、いくつも与える事が可能なのか? 神から余の事を殺すように言われてやって来たという、こちらの世界の転移者は、ちーと能力を複数個……少なくとも三つ……いや、四つは持っておったようだが……」

「ほう! 四つもか!」


 ギャレマスの言葉に、インフォレミアルスは驚きの声を上げた。


「……確かに、チート能力は、魂自体と紐付ける“天啓(ギフト)”とは違って、神的存在の持つ能力の一部を一時的に貸し渡すだけじゃからのう。神的存在の胸先三寸で、いくつでも貸してやる事は可能じゃ。――だが、ひとりの転移者に四つとはのう……」

「……やっぱり、それは多い方なのか?」

「まあ、どちらかというと多いのう」


 そう答えると、幼女神は呆れ交じりの溜息を吐く。


「大抵は、ひとつ……あるいはふたつくらいが相場なんじゃが、四つも貸し与えるとは、少しビックリじゃ」

「それは……なぜなのだろうか?」

「そりゃあ……」


 ギャレマスの問いに、インフォレミアルスは事もなげに答えた。


「異世界転移した者がよっぽど貧弱で、そのくらいチート能力を貸してやらねば、とても目的を達成できぬと思われたんじゃろうなぁ……」

「そ、そうか……確かにそうかも……」


 インフォレミアルスの答えを聞いたギャレマスは、勇者シュータの姿を思い返し、妙に得心してコクコクと頷く。

 と、


「……ああ、あるいは……」


 少し気の抜けた様子のギャレマスを見ながら、幼女神がいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そなたの世界の神がそこまでするほど、排除したくてしたくてしょうがないのやもしれぬなぁ。こりゃまた随分と嫌われたものじゃな、そなた。……くくく」

「……」


 からかい交じりにインフォレミアルスから嗤われたギャレマス(ラスボス)は、思わず渋面を浮かべ、返す言葉に詰まるのだった。

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