主人公と作者とクライマックス
――そして、
全てが終わった荒野は、それまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「……あれ?」
轟風を纏った雷龍が暴れ回った事で、荒野のまばらな草木はことごとく薙ぎ払われ、焼け焦げた木肌がぶすぶすと音を立てて燻っている。
「え……ちょっ……」
そして、その中心で暴威の限りを尽くしていた“屍霊女王”ウェスクアも、“極龍雷撃呪術”の猛攻の前にひとたまりもなかった。
濃密な妖気の塊だった彼女の巨体は、雷撃と猛風によって細かく分解され、そのことごとくが黒い靄と化し、今では跡形も無い……。
「い……いや……ちょっと待て……」
遂に、激しい戦いは終わったのだ!
“屍霊女王”ウェスクアは、異世界から訪れし“雷王”ギャレマスによって見事討滅され――
「だから! ちょっと待てぇい! カットだ! カ――――ット!」
……あの。
登場人物が、勝手に話を止めないでくれるかな。せっかくの締めのシーンなんだか――
「おい、作者殿……いや、作者ッ!」
……ちょっと! 登場人物が地の文に呼びかけちゃダメだって!
「ええい、うるさい! これが黙っていられるかぁっ!」
何ですか? 何か不満でも?
「不満に決まっておろうが! 何で、余が“極龍雷撃呪術”を放って、ウェスクア殿を倒す場面をまるまるカットしておるのだ!」
あぁ……それか……。
「『それか』ではないわ! 余の……主人公がカッコ良く最強奥義を放つシーンは、作品最大の見せ場であろうが! 何で、そんな盛り上がる場面をすっ飛ばして、とっとと締めに入ろうとしておるのだ、お主は!」
いやぁ、いいじゃん、別に。
「良くないわっ! むしろ、何で良いと思ったのだ、お主はッ?」
だって、ウチの作品は、別に本格バトルファンタジーとかじゃないし……。カテゴリ的にはコメディ……それも、王道展開をパロったズッコケコメディだしさ。
「ぐ……ま、まあ、確かに……」
ぶっちゃけ、読者の皆さんも、別に激しいバトルとかは期待してないと思うんだよねぇ。
だから、削っちゃっても別にいいかなーって。
「い、いやいや! 全然良くないぞっ! せっかくの余の見せ場を、そんなふざけた理由でカットするでない! ちゃんと、“極龍雷撃呪術”発動のシーンからしっかりと書き直せ!」
えー、……めんどくさ――
「……おい。貴様、今『面倒くさい』とか言おうとしただろう?」
あ、やべ。
えーと……そ、そんな事ナイデスヨー。
「……ひょっとして、“極龍雷撃呪術”の派手な描写を書くのが面倒だから、シーンを省こうとしたのではないだろうな?」
……。
「いや、まさか……」
……(ギクリ)。
「もしかして……“極龍雷撃呪術”がどういう見栄えの技なのかすらも、まだキチンと考えていないから、描写自体出来ない……とか?」
……。
……察しのいい登場人物は嫌いだよ。
「き、貴様ぁーっ! そ、それでも作者か――ッ?」
だ、だって、しょうがないじゃん!
風系呪法と雷系呪法の複合呪術ってところまでは考えたんだけど、どうやって龍の形にするのかとか、どんな攻撃方法なのかとか、全然考えがまとまらなかったんだもん!
「だ、だからって、まるまる省いていい訳が無いだろうが! 作者なら、キチンと責任を持って考えんかいッ!」
ヤダ! ぶっちゃけめんどくせえ!
「や、やっぱり、それが本音かあっ!」
大丈夫だって! 万が一コミカライズしたり、万々が一アニメ化したりした時に、作画担当の人がちゃんとド派手に描写してくれるはずから……多分!
「な、何だとっ? まさか、そんな予定があるのか?」
……そんなもの……無いよ……。
「無いんじゃないかああああぁっ!」
「いつまでグダグダとやっておるんじゃ、このタワケものがああああああっ!」
「ッ! ぶべらぁっ!」
――ごほん。失礼しました。今のは閑話休題って事で……。
「お? おおおおおおおおお――っ?」
天を仰ぎ、鬼のような形相で地の文と言い争っていたギャレマスは、しわがれた声と共に飛来してきた漆黒の球弾を鳩尾に食らい、そのままバランスを崩して、地上に向けて真っ逆さまに落下した。
「い……痛たたた……」
激しい土埃が舞う中、地上にできたクレーターの中心からムクリと身を起こしたギャレマスは、強かにぶつけた背中を擦りながら顔を顰める。
そして、先ほど自分を襲った黒い球弾の事を思い返し、訝しげに首を傾げた。
「い……今のは、幽氣弾……? な、何故だ? “屍霊女王”殿は、余の“極龍雷撃呪術”で消滅したはず――」
「……おい、雷を操る鬼。人の事を勝手に消滅させるでないわ」
「っ!」
ギャレマスのひとり言に応えた、どこか不満げな響きの籠もったしわがれ声は、間違いなく先ほどの幽氣弾と同時に聞こえた声だった。
それに気付いたギャレマスは驚いて目を見開き、慌てて振り向く。
――そこには、ゆったりとした丈の長い服を着た、白髪頭の年老いた媼が忽然と立っていた。
一瞬、警戒して身構えるギャレマスだったが、皺だらけの老媼の顔に敵意が浮かんでいない事に気付くと、構えた両手を下ろす。
と、
「陛下――っ! ……って、何でこんな所にお婆さんがっ?」
ギャレマスが地上に落下したのを見て慌てて駆けつけてきたスウィッシュが、老媼の存在に驚きつつ、咄嗟に主を背中で庇うように立ち塞がった。
両手を翳すように前に掲げて身構えた彼女は、鋭い目で老媼の事を睨みつけながら、低い声でギャレマスに尋ねる。
「……陛下、このお婆さんは誰ですか? さっきまで、こんな人いませんでしたよね?」
「ほっほっほっ。氷を操る娘よ、妾は最初っからここに居ったぞよ」
「え……?」
ギャレマスが答えるよりも早く口を開いた老媼の声に、スウィッシュは当惑の表情を浮かべた。
「最初から居た? でも……戦ってる最中、あなたの姿なんて見てませんよ、あたし。一体、どこに――」
「ほっほっほっ! まー、分からんのも仕方がなかろうて」
媼は、困惑するスウィッシュの顔を見ながら愉快そうに笑い、言葉を続ける。
「何せ、ついさっきまで随分と分厚い化粧をしておったからのう、妾は」
「え……?」
スウィッシュは、媼の言葉にハッと目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「まさか……あなた……?」
「……そういう事か」
唖然とするスウィッシュの横で、ギャレマスは合点が言った様子で小さく頷く。
そして、ニコニコと笑っている老媼の皺まみれの顔を真っ直ぐに見据えながら、静かに言った。
「お主……貴女が、“屍霊女王”――いや、ニーソガセ公王国の女王……ウェスクア・エニック・スクンカバール殿ご本人なのだな?」




