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魔王と聖女とエルフ

 ギャレマスを取り囲んだ兵たちの間から進み出てきたのは、緑のロングヘア―と青白色のローブの裾を風に靡かせた聖女エラルティスと、三つ編みに編んだ白金色の髪をシニヨンの形で纏め、白銀の軽装鎧(ライトアーマー)に身を包んだ長身のエルフ――ファミィだった。

 ギャレマスは、乱れたローブの裾を翻して調えると、近付いてくるふたりの方に向き直った。


「さすがに、エルフのキサマならば颱呪風術(ウ・ルルト・サ・ララ)程度の風呪術は無効化されるか……ファミィよ」

「エルフの精霊術を、あまり舐めないでほしいわね。……特に、私のは」


 ギャレマスの言葉に、ファミィは素っ気ない声で答えると、その整った顔を露骨に顰めてみせた。


「ていうかさ、あなたみたいな冴えないオジサン如きに、私の名前を軽々しく口にしてほしくないんだけど」

「いや……余は一応魔王……」

「魔王だろうが神だろうが、オジサンはオジサンでしょ」

「……」


 顔を合わせた途端、辛辣な言葉を投げつけられたギャレマスだったが、オジサンな事は厳然とした事実なだけに言い返せず、渋い顔をして口を噤む。

 と、


「さて……さしずめ、『飛んで火にいる夏の虫』……いえ、『落ちて包囲される悪の魔王』というところですわね」


 そう言って、手に持っていた黄金の聖杖を構えたのはエラルティスだった。

 ギャレマスは、彼女が持つ聖杖を一瞥し、ジト目で言った。


「……随分高そうだな。また、どこぞの信者(おとこ)から貢いでもらったのか?」

聖女(わらわ)の事を、場末酒場の飯炊き女(ホステス)みたいに言うのは止めて下さいまし」


 ギャレマスの言葉に眉を顰めながら、エラルティスは言った。そして、愛おしげに聖杖の柄を撫でながら言葉を継ぐ。


「これは、ちゃあんと自分のお金で買ったんですの。この前、()()()()()()()()()を半殺しにした時に、領主さまから頂いた褒賞のお金を使って、ね」

「……」


 エラルティスの答えに、“どこかのヘタレ魔王”は、ますます渋い表情を浮かべた。

 と、ある事に気付き、彼は怪訝そうに尋ねる。


「そういえば……もうひとりはどうしたのだ? ほれ、あの銀髪の半獣人――」

「ああ、ジェレミィアの事かしら? ……何、あなたひょっとして、あの娘の事が気になっちゃってる系? オッサンのクセに?」

「いや! お、オッサン関係無くないッ? ――って、そういうのではなくて!」


 ファミィに、まるで汚物を見るかのような目で睨まれたギャレマスは、慌てて首を横に振り回した。


「その……“伝説の四勇士”のうちの三人が現れたのに、ひとりだけ姿が見えないのが気になっただけであって……」

「あー、狼おん……ジェレミィアさんは、体調不良でお休みですわ」


 ギャレマスの問いに答えたのは、エラルティスだった。


「た、体調不良?」

「そう。何でも、この砦に来てから、ずっと頭が悪い……もとい、調子が悪いらしくって。今日も、夕ご飯を17杯しかおかわりしないで、さっさと寝ちゃいましたわ」

「そ……そうなのか。うむ」


 エラルティスの答えにぎこちなく頷いたギャレマスは、ごほんと咳払いを一つすると、魔王としての威儀を正す。


「まあ良い。では……無駄話はそれくらいにして、そろそろ本番……本題に入るとするか」


 そう告げて、目の前に立つふたりの女を睥睨したギャレマスは、おもむろに低く重々しいバリトンボイスを張り上げた。


「ふ、ふははははは! よ、余こそ、この世界の主たる魔族を統べる絶対王にして、正真正銘の生物の頂点! 『天下無双のあるてぃめっとおーばーろーど』こと、『雷王』イラ・ギャレマスなるぞ! ええい、頭が高い! 控えェい! 控えおろう!」

「……」

「……」


 威勢よく啖呵を切ったにもかかわらず、ファミィとエラルティスの反応は薄かった。

 それどころか、嫌悪を通り越して、まるで可哀相なものを見るような目を、ギャレマスに向けてくる。

 口元をひくつかせながら、ファミィが口を開く。


「……何それ? 自分でカッコいいと思ってやってんの? 本気?」

「……」

「ていうか……何? あるてぃ……なんちゃらかんちゃらって? どこの言葉か良く分からないけど、何となくクサくてイタい感じは嫌という程伝わったけど」

「う……そ、それは……」


 ファミィからの、スウィッシュの究極氷結魔術(ハーゲル・ダッシュン)に匹敵するほどの冷たい視線を受けたギャレマスは、背骨が凍りつく様な錯覚を覚えた。

 思わず、『違う! ……今のは、この前シュータから渡された台本に書いてあったセリフで、余も良く分からぬのだ……!』と、自己弁護の言葉が口から飛び出しかけたが、エラルティスはともかく、ファミィは“台本”の事など知らぬ事を思い出し、すんでのところで思い止まった。


「――相変わらず、“演技”が下手ですわねぇ……」


 心底呆れたといった顔で、エラルティスがぼそりと呟いたのが耳に入ったが、もう聞こえなかった振りをする。


「げ、ゲフンガハンゴホン!」


 ギャレマスは、わざとらしく咳払いをすると、もう一度背筋をピンと伸ばした。


「「……!」」


 彼の纏う雰囲気が一変した事を悟り、ファミィとエラルティスも表情を引き締め、戦闘の構えを取る。

 睨み合う魔王と“伝説の四勇士”のふたり。――一気に緊迫の度合いが高まる。

 ――と、


「……あ、少し待て」


 唐突に、ギャレマスが掌を二人に向けた。


「は?」

「な……何ですの、このタイミングで……?」


 今にも戦闘開始しようと気力を高めていたふたりは、拍子抜けした顔で、ギャレマスを睨みつけた。

 そんなふたりの抗議の声にも構わず、ギャレマスはチラリと上空に目を遣った。

 はるか上空に、小さな赤い光がふたつ輝いているのが見える。あれは、シュータが足元で展開している反重力(アン・グラヴィ)の魔法陣だろう。


(――どうやら、シュータは高みの見物と洒落こむようだな。であれば、しばらくは余の即興(アドリブ)で戦っても構わぬよな……)


 当面、シュータの介入が無いと踏んだ魔王は、更に上空に視線を彷徨わせる。

 ――ややあって、魔王の優れた目は、大分離れた空の片隅に小さな炎のような紅い点がポツンと浮かんでいるのを捉えた。

 間違いない。あれは、サリア(むすめ)の髪の色だ。


(……よし)


 ギャレマスは安堵の息を吐いた。あそこまで離れていれば、これからの戦いの余波に娘が巻き込まれる危険は無いだろうし、()()()()()()()()()()()()()()だろう。


「……さて、と」


 上空の状況を確認し終えたギャレマスは、満足げに頷くと、再び眼前の二人の女の方へと目を向ける。

 そして、誇示するように大きく両手を広げ、魔王の矜持を示すかのような態度で、


「待たせたな。この“雷王”ギャレマス自らが、矮小で卑小で無知蒙昧なるキサマらの相手をして進ぜよう。せ、せいぜい、絶望の海で溺れ、不様に藻掻くが良いぞ、身の程知らずの“伝説の四勇士”よ!」


 ――と、ふたりに向けて“台本”通りのセリフを吐いたのだった。

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