雷王と屍霊女王と全力
「“極龍雷撃呪術”……!」
ギャレマスの口から、雷系呪術歴代最強と名高い、“雷王”のオリジナル呪術の名を聞いたスウィッシュが、目を大きく見開く。
「陛下が編み出されたという……あの『幻の究極雷呪術』を……!」
「うむ」
スウィッシュの上ずった声に、ギャレマスは大きく頷いた。
そして、完全に頭部を再生し切った“屍霊女王”ウェスクアの、先ほどよりも幾分か小さくなった姿を見上げながら、低い声で言葉を続ける。
「何せ、相手は、この世界を破滅に導きかねない、最強の存在たる“屍霊女王”殿だからな。ならば、我らの世界で“世界最強の生物”と呼び讃えられている余も、その全力を以てお相手せねば失礼にあたろう」
「失礼って……とうに正気を失った亡者の集合体相手に、失礼も何も……」
「ま、まあ、そう言われればそうなのだが……」
スウィッシュの冷静な指摘に、困ったような表情を浮かべるギャレマス。
そして、口の中でぼそりと呟いた。
「というか……せっかくだから、今の内に一発派手にぶっ放しておきたいというのもあったり無かったりして……。何せ――向こうじゃシュータの奴に禁止されておるから、そうそう気安く撃てないしな……」
「……え? 何かおっしゃいましたか、陛下?」
「あ……い、いや、何でもない……」
独り言をスウィッシュに聞き咎められたギャレマスは、慌てて首を横に振り、ゴホンと咳払いをして誤魔化す。
「ま、まあ、そういう訳だから、お主はここで見ておれ」
「そ、そうはいきません! あたしもお供いたします!」
ギャレマスの言葉を聞くや激しく頭を振り、急いで立ち上がろうとしたスウィッシュだったが、その足は縺れ、彼女は大きくバランスを崩した。
「あっ――」
「ほら、無理をするなと言うに」
前のめりに倒れかけたスウィッシュの身体を腕で支え、再び岩にもたれかかせたギャレマスは、彼女の肩にそっと手を置きながら、諭すように言う。
「お主は、先ほどの戦いで理力を使い過ぎておる。先ほど言うた通り、お主はここでゆっくり休んで、理力の回復に努めよ」
「で……ですが! あたしには、陛下の御身を護るという大切な役目が――」
「それに――ここに居れとお主に言うのは、何もそれだけが理由ではないぞ」
ギャレマスは、必死に訴えかけるスウィッシュの紫瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、言葉を継いだ。
「極龍雷撃呪術は、あまりにも威力が強力すぎて、近くにいる者にも危険が及んでしまうのだ。だから、お主が近くにいては撃つ事が出来ぬゆえ、離れておれと申しておる」
「そうなんですか……」
ギャレマスの言葉に、スウィッシュは失望の表情を浮かべつつも、コクンと頷く。
「……畏まりました。おっしゃる通りにいたします」
「善し……」
スウィッシュの返事を聞いたギャレマスは、少しホッとしたような表情を浮かべて頷くと、そっと手を彼女の頬に伸ばした。
「……っ」
だが、すぐにハッとした顔になると、慌てて伸ばしかけた手を引っ込め、そそくさと立ち上がる。
そして、ウェスクアの方に身体を向け、背中越しにスウィッシュへと声をかけた。
「――では、行って参る」
「はいっ! ……ご武運を!」
「うむ!」
背を向けたままスウィッシュの激励に応えたギャレマスは、一杯に伸ばした黒翼を大きく羽搏かせ、力強く地を蹴った。
あっという間に空高く舞い上がったギャレマスは、地上の屍霊女王に向けて叫ぶ。
「待たせたな、“屍霊女王”ウェスクア殿よ! これで終いにしようぞ!」
「ゴゲエエエエエエッ!」
その声に応じるように甲高い奇声を上げたウェスクアが、再生した全ての触手を上空のギャレマスに向けて伸ばすと同時に、“顔面”の口を大きく開け、巨大な幽氣弾を次々と吐き飛ばした。
「ふむ……ウェスクア殿も、この一合で決めるつもりなのだな」
高速で迫るウェスクアの触手と幽氣弾を見て、ギャレマスは冷静に彼女の意図を読む。
そして、彼は伸びてくる触手から逃れるように加速しながら、パチンと両手の指を鳴らした。
「上昇風壁呪術!」
詠唱と同時に、彼の周りに凄まじい風量の上昇気流が発生して分厚い空気の防壁と化し、迫りくる触手を次々と弾き飛ばす。
だが、妖気を凝縮した幽氣弾は空気の防壁を突き破り、ギャレマスの身体へと迫った。
高速で飛びながら、それを背中越しに一瞥した魔王は、即座に右手の指を鳴らすと同時に強く握り込む。
「真空刃剣呪術!」
彼の声と共に瞬時に現れる真空の剣。
ギャレマスは、迫りくる幽氣弾に向けて真空の刃を振るった。
「は――ッ!」
裂帛の気合いと共に放たれた彼の一閃により、接近した幽氣弾は真っ二つに断ち割られ、黒い霧と化して、文字通り“雲散霧消”する。
だが、ウェスクアは瞬時に触手を再生し、再びギャレマスに向けて伸ばした。
そして、口を大きく広げ、新たな幽氣弾を錬成し始める。
それを見たギャレマスは、獰猛な薄笑みを浮かべた。
「そうはさせぬ。大人しくして頂こう!」
そう叫ぶや、両手の指をパチンと鳴らす。
「颱呪風術――ッ!」
彼の詠唱と共に生み出された巨大な竜巻が、ウェスクアの周囲をスッポリと覆い、その強烈な風圧を以て彼女の身動きを封じた。
「ガ、ガアアアアアっ?」
「……頃や善し、だな」
ギャレマスは、自身の風系呪術によって、目算通りにウェスクアの動きを封じられたのを確認すると満足げに頷き、それまで全力で羽搏かせていた黒翼の動きを緩める。
そして、その場で滞空すると、ゆっくりと両腕を大きく左右に広げ、狼狽するような声を上げながら藻掻いているウェスクアの事を鋭い目で見下ろした。
「参るぞ!」
眼下のウェスクアに向けて叫んだギャレマスは、広げた両手の指を鳴らし、そのまま体の前で両掌を激しく打ち合わせ、
「風雷混合術式・“極龍雷撃呪術”、今ここに発呪せりッ!」
と、高らかに宣したのだった――!




