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氷牙将と勇者と告白

 「す、すげえ……!」


 リジオは、たった今目の前で起こった事が信じられないという顔で、目を丸くする。


「あ、あの化け物の幽氣弾を、あんなにあっさりと弾き飛ばすなんて……! あ……ありえねえ……!」

「ふっふっふ! だから言うたであろうが。『心配するには及ばぬ』と」


 ギャレマスは、リジオの感嘆の声に気を良くして呵々大笑すると、後方を指さして言った。


「さあ。分かったら、後ろに退がるが良い。後の事は余に任せておけ」

「だ……だけど……」


 ギャレマスの勧めにも、なお逡巡する様子を見せるリジオ。

 と、その時、


「――陛下!」


 先ほど、彼の仲間三人を幽氣弾から救った氷の壁が現れる直前に聞こえた若い女の声が、リジオの耳に届いた。


 ハッとして振り返った彼の目に、後ろでまとめた蒼い髪を馬の尻尾のように揺らしながら、走って近付いてくる若い娘の姿が映る。

 ふたりの元まで駆けてきた娘は、リジオの事を紫瞳で一瞥すると、ギャレマスに向かって言った。


「ご無事ですか、陛下?」

「うむ、問題ない。お主の方も子細無いか、スウィッシュよ」

「はいっ! もちろんです!」


 ギャレマスに声をかけられた蒼髪の娘――スウィッシュは、顔を綻ばせながら大きく頷いた。

 そして、一目散に遠ざかっていく三人の男女の姿を顎で示しながら、言葉を継ぐ。


「彼らも、そこまでの深手は負ってはおらず、ただ単に腰を抜かしてしまっていただけのようなので、自力で逃げるように伝えました。――あの様子なら、大丈夫そうですね」

「うむ、それは何よりであった」


 ギャレマスも、へっぴり腰で逃げていく三人の背中を見送りながら、安堵の表情を浮かべた。

 と、ふたりの話す様子を見たリジオが、おずおずと魔王に尋ねる。


「ええと……そちらの可憐なお嬢さんは……?」

「む?」


 リジオの声で、彼の存在を思い出したといった表情を浮かべたギャレマスは、苦笑を浮かべながら答えた。


「おお、悪い。この者はスウィッシュ。真誓魔王国四天王のひとりで、余の側近だ。偶然、今回の異世界転移に巻き込まれてしまったようでな。余といっしょにこの世界に飛ばされてきたという訳だ」

「そ、そうなんだ……」


 ギャレマスの言葉を聞いたリジオは小さく頷くと、その頬を仄かに赤らめながら、スウィッシュに向けて右手を差し出した。


「ええと……初めまして、スウィッシュさん。ええと、俺――私は“女王殺しの四勇者”のリーダー・リジオです」

「……どうも」


 スウィッシュは、リジオの自己紹介に訝しげな表情を浮かべながら、躊躇いがちに差し出された手を握り返す。

 すると、リジオは更に顔を赤く染めながら、上ずった声で叫んだ。


「あ! あの、スウィッシュさん!」

「……はい?」

「あう、スウィッシュさんは……カレシさんとかいらっしゃるんですかッ?」

「は……はいぃっ?」


 唐突なリジオの質問に、思わず呆気にとられるスウィッシュ。

 まさに『火鶏が水龍弾を食ったような顔』をしたスウィッシュを前に、リジオは興奮した様子で尚も捲し立てる。


「い、いや! 多分、もういらっしゃるとは思うんですが!」

「そ……そんな……か、彼氏なんて……」


 リジオの剣幕に気圧されながら、スウィッシュは困ったようにギャレマスの方をチラリと見て、それから小さく口を尖らせながら首を横に振った。


「……そんなの、いませんけど」

「あ! そ、そうなんですねっ!」


 スウィッシュの答えを聞いたリジオの顔がパアッと輝く。

 そして、彼はおもむろに片膝をつくと、情熱的な光を帯びた目でスウィッシュを見上げて、真剣な声色で告げた。


「――スウィッシュさん! あなたに一目惚れしました! 宜しければ私と突き合……もとい! 付き合って頂けないでしょうかッ?」

「ふぁ、ファッ?」


 突然のリジオの口説きに、傍で聞いていたギャレマスは口をあんぐりと開け、素っ頓狂な声を上げる。


「は、はあああああっ? な、何言ってんのよアンタッ?」


 一方、リジオの唐突な告白を不意打ちで食らったスウィッシュは、眦を吊り上げながら激しく首を横に振った。


「い、いくら彼氏がいないからって、会ったばっかのアンタなんかと付き合う気なんてサラサラ無いわよ! ……ていうか、今はそんな事してる場合じゃないでしょうが!」

「いいや! これは俺の人生に関わる一大事! 何よりも優先されるべきなんだっ!」

「世界の危機よりも優先される事なんて、ある訳無いでしょうがぁっ!」


 スウィッシュは、無茶苦茶な理由を並べて食い下がるリジオに辟易しながら声を荒げる。

 そして、助けを乞うように、自分の横で突っ立っているギャレマスの顔を見た。


「へ、陛下! 何とかして下さい、この色ボケ勇者を!」

「……お、おお」


 彼女の懇願でようやく我に返ったギャレマスは、オタオタしながら、とりあえずリジオの事を窘める。


「そ、そうだぞ! い、今はそんな色恋沙汰にかまけている暇など――」

「何だよ、邪魔すんなよ!」


 自分とスウィッシュとの間に割って入ってきたギャレマスを睨みながら、文句を垂れたリジオだったが、何かを察した様子で目を見開いた。

 そして、険しい表情を浮かべながらギャレマスに問い質す。


「……って! ひょっとして、いい歳こいて、秘かにアンタも狙ってるんじゃねえのか? 自分の部下のスウィッシュさんとイイ仲になろうってよぉ!」

「ファッ?」

「……っ!」


 リジオの言葉にあんぐりと口を開けて呆然とするギャレマスと、その背後でハッと息を呑むスウィッシュ。


「……」


 彼女は、秘かに胸を高鳴らせながら、リジオの問いに対するギャレマスの答えに耳を(そばだ)てる。

 妙な緊張感に湛えた空気が、三人の間に満ちた。

 ――そんな中、


「そ……」


 と、躊躇いがちに口を開いたギャレマスは――大きく首を横に振った。


「そ、そんな事は無い! 確かに、余にとってスウィッシュは得難い優秀な部下であるが、そのような……男女の仲的な懸想を抱いた事などな……無い!」

「……ッ!」


 ギャレマスの声を聞いた瞬間、スウィッシュの顔から表情が消えた。

 彼女は、その昏く翳った紫の瞳で、主の広い背中を睨みつける。

 ……が、背後からの鋭い視線にも気付かず、魔王は声を上ずらせながら叫んだ。


「だ……だから、今後スウィッシュがどんな男を好きになろうが……結ばれようが、余は一向に構わ……いや、少し……い、いや、その……」

「じゃあ、アンタに俺とスウィッシュさんの事を邪魔する権利も理由も無いだろうが!」


 なぜか途中で口ごもってしまうギャレマスに対し、強い口調で食ってかかるリジオ。


「確かに、たった今アンタには助けてもらったけど、それとこれとは別問題だ! いい歳こいて、若人の自由恋愛に野暮な口出ししてんじゃねえよ、オッサン!」

「い、いや、そうじゃなくて……余は、今この場では、そういう事をするべきではないと――」

「じゃあ、ここじゃなければ、俺がスウィッシュさんに交際を申し込んでも構わない、雇用主として容認するって事だな、ええ?」

「えぇ? い、いや、そういう訳でも……」

「んだよ! どっちなんだよ? やっぱり、アンタもスウィッシュさんの事が好きだったりするのか、えぇ?」

「いや、だから……」


 リジオに詰め寄られてタジタジとなったギャレマスだったが、


「……陛下?」

「――ッ!」


 背後から上がったドスの利いた低い声を耳にした瞬間、顔を引き攣らせ、反射的に指を鳴らした。


「よ……良いから、お主はあっちに行っておれ! 颱呪風術(ウ・ルルト・サ・ララ)――ッ!」

「へ? ちょ、ちょっと! まだ話は――」


 魔王が絶叫するのと同時に巻き起こった旋風が、抗議の声を上げるリジオを空中に浮き上がらせる。


「う、うわああああああああああ~っ!」


 哀れ、リジオはギャレマスの起こした竜巻によって、遥か彼方へと弾き飛ばされた。

 彼の上げた悲鳴は、どんどんと小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。


「……ふう」


 邪魔者を力づくで排除したギャレマスは、大きく息を吐きながら、額に浮いた冷や汗を拭き取った。

 そして、平静を装った顔で、スウィッシュの方に振り返り、


「さ、さあスウィッシュよ! これで思う存分戦う事が出来るぞ! さっさと“屍霊女王”殿を倒して、元の世界に戻るとし痛だだだだだだだだだッ!」


 彼女に向けてかけようとした意気軒高な声は、この上なく不機嫌な顔をしたスウィッシュに思い切り足を踏みにじられた事によって、途中で情けない悲鳴に代わったのだった……。

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