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魔王と懇願と却下

 と、ギャレマスは、幼女神に向かっておずおずと口を開いた。


「の、のう……インフォ……インフォレシ……インフォレフィ……?」

「……なんじゃ、まだわっちの名を覚えておらぬのか、そなた?」

「も……申し訳ない……」


 ムッとした表情を浮かべる幼女神に向かって、バツ悪げに頭を下げる魔王。

 そんなギャレマスにジト目を向けてから、彼女は答える。


「わっちの名は、インフォレミアルスじゃ」

「インフォレミ……ミア()ス……?」

「……インフォで良い」


 インフォレミアルスに落胆の溜息混じりのお赦しを頂いたギャレマスは、気まずげな表情を浮かべながら言葉を継ぐ。


「では……インフォ殿」

「何じゃ」

「……せっかく、余の事を選んで頂いたのだが――」


 そう言うと、彼は幼女神に向かって深々と頭を下げた。


「此度の“抽選”を無かった事にして、余とスウィッシュを元の世界に戻しては頂けないないだろうか?」

「無理じゃ」


 ギャレマスの頼みに、インフォレミアルスは瞬時に首を横に振る。

 だが、ギャレマスはなおも食い下がった。


「そこを何とか! 無理を承知でお頼みする!」

「いや、じゃから――」

「余が先ほどまでいた世界には、サリアが……娘が居るのだ!」


 ギャレマスは、沈痛な表情を浮かべながら、インフォレミアルスに向かって必死に訴えかける。


「……実は、余の娘は転生者だったようでな。ついさっき前世の記憶が蘇ってしまったようで、至極難しい心理状態にあるようなのだ」

「ほう……」

「……そんな不安定な状態の娘を一人にして、父親の余が別の世界へ転移する訳にはいかぬ。だから、どうか――」

「――あたしからもお願い! ……いえ、お願いします、インフォ様!」


 ギャレマスに倣うように、スウィッシュも頭を下げた。


「サリア様は、あたしにとってかけがえのない主……いいえ、友だ……ううん、妹のような存在なんです! なのに、あの方が大変な状態の時に、助ける事も、お側についていてあげる事も出来ないなんて……! だから、お願いします! あたしたちを、サリア様の許へ戻して……!」


 彼女は紫瞳を潤ませながら、切実な声で訴えかける。

 ……だが、


「……無理じゃ」


 インフォレミアルスは、眉一つ動かさずに、にべもなく(かぶり)を振った。

 途端に、ギャレマスとスウィッシュの表情が失望で曇る。


「……どうして、どうしてダメなのだ! 余たちを勝手にこんな所まで連れてきおったクセに、あまりにも身勝手……!」

「……『ダメ』とは言うておらぬ。『無理』じゃと言うたのじゃ、わっちはな」

「ダメじゃなくて……無理?」

「左様」


 当惑の声を上げるスウィッシュに頷き、インフォレミアルスは言葉を継いだ。


「一度転移させた者は、元の世界には戻せぬ。これは、神であるわっちでも決して覆せぬ、転移術式の大いなる不文律(ルール)というものなのじゃ」

「そんな……」

「……じゃから、斯様な恨めしい顔でわっちの事を見るでない。どんなに睨まれようとも、わっちにはどうする事も出来ぬのじゃ」


 スウィッシュに睨みつけられたインフォレミアルスだったが、彼女はその鋭い視線を涼しい顔で受け流しながら、まるで虫でも払うように、軽く手を振ってみせる。


「恨むのなら、とんでもない確率を引き当てて、今回の転移の対象に選ばれた……()()()()()()()()己が運の悪さを恨むのじゃな」

「くっ……」


 インフォレミアルスのつれない返事を聞いたスウィッシュは、沈痛な表情を浮かべ、唇を噛む。

 ――だが、ギャレマスの反応は少し違っていた。


「……のう、インフォ殿」


 眉間に深い皺を刻んだ彼は、顎髭を指の腹で頻りに撫でながら、幼女神に向かって尋ねる。


「いま一度確認したいのだが……、先ほど申しておられた『転移術式』とやらは、お主以外の神が行なっても、適用される制約(ルール)とやらは変わらぬのか?」

「うむ、そうじゃ」


 ギャレマスの問いかけに対し、インフォレミアルスはこくりと頷いた。

 それを見た魔王の金色の瞳が、仄かに光る。

 彼は、「では……」と息を継ぐと、確信と期待を込めて問いを重ねた。


「――もしも、余たちが転移された先で、自分たちに与えられた目的を達成したら? ……その場合は、元の世界に戻してもらえるのか?」

「……何じゃ、知っておるのか」


 ギャレマスの問いに、インフォレミアルスは苦笑を浮かべ、大きく頷く。


「ああ、その通りじゃ」

「……っ!」

「本当は、そなたらがもっと深く絶望してからバラしてやろうと思うとったんじゃがな……」


 幼女神はそう言うと、「つまらん」と呟いて頬を膨らませた。

 そんな彼女の顔を見て、ギャレマスも苦笑を浮かべる。


「いや……ちょっと、転移者の顔見知りがおってな……」


 そう言ったギャレマスの脳裏に、自分の宿敵にして天敵である男の薄ら笑いを浮かべた顔と、かつて彼に味合わされた苦い記憶が蘇る。

 ギャレマスは顔を顰めると、激しく頭を振り、その嫌なビジョンを追い払った。

 そして、おもむろにその表情を一変させると、真剣な顔で幼女神の顔を見つめる。


「……して、インフォ殿」

「なんじゃ」

「今回、貴殿が異世界転移の抽選を行ったという事は……貴殿には、自分の世界に転移者を招き寄せ、解決させなければならぬような問題があるという事なのだな?」

「左様」


 ギャレマスの問いかけに、インフォレミアルスはコクンと頷いた。

 そんな彼女に対し、更に念を押すように、ギャレマスは問いを重ねる。


「……そして、その“問題”を解消する事が出来れば、余とスウィッシュは元の世界に帰してもらえるのだな?」

「あ……っ」


 ギャレマスが何を言わんとしているのかを察したスウィッシュが、ハッと目を見開いた。

 一方のインフォレミアルスは、愉快そうに目を細めながら「……左様」と答える。

 それを見たギャレマスは、満足そうに大きく頷き返すと、

 

「……そういう事ならば、話は早い」


 と、インフォレミアルスに向けて右手を差し出した。

 そして、彼女の顔をまっすぐに見据え、厳かに頷く。


「相分かった、インフォ殿。この雷王ギャレマス、貴殿の求めに応じよう」


 そう言うと、彼はその表情を引き締め、覇気に満ちた声で決然と告げた。


「余は、速やかに貴殿の世界が抱える“問題”とやらを解消し、必ずや元の世界に戻る。――かけがえの無い、余の娘を救う為にな!」

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