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魔王と幼女神と転移

 「て……転移者を選ぶ……抽選?」


 ギャレマスは、自らを“女神”と名乗る、背中から白い翼を生やした幼女が口にした言葉に、目を大きく見開いた。

 彼は血相を変えて、目の前でドヤ顔をしているインフォレミアルスに詰め寄る。


「て、転移とは……アレか? 勇者シュータと同じ……」

「しゅーた? 誰じゃソイツは?」


 狼狽したギャレマスの問いかけに、インフォレミアルスは首を傾げた。

 そんな女神の反応を見たギャレマスは、怪訝そうに眉根を顰める。


「……お主ではないのか? 厄介な“ちーと能力”とやらを色々付けたあの男を、別の世界から我々の世界へと連れてきたのは?」

「ああ、そなたらの世界に“転移”された者なのか。――当然じゃ。そっちは、わっちの仕業ではないわい」


 ギャレマスの言葉に、インフォレミアルスは苦笑を湛えながら答えた。


「言うたじゃろ? わっちの世界は、そなたらの住む世界とは別の次元にあるんじゃ。その“しゅーた”とかいう転移者をそなたの世界に飛ばしたのは、そなたらの世界を統べておる、わっちとは別の神じゃ」

「そ……そうなのか……」


 幼女神の答えを聞いたギャレマスは、ぎこちなく頷くと、顎髭に指を当てる。


(――そういえば、シュータは、自分を我々の世界に送り込んだ者の事を“クソジジイ”と呼んでおったな……)


 最初にシュータと対峙し、ボコボコにされた後に、彼が言っていた事を思い出し、ギャレマスは納得した。

 目の前でこまっしゃくれた顔をしている神は、どう見ても幼子の、しかも娘の姿であり、さすがにシュータでも“クソジジイ”と罵倒する事はないだろう。

 つまり、転移の際にシュータが会ったという神は、今目の前に立っているインフォレミアルスとは別人だという事だ。


「なるほど……」


 そう考えて、合点がいったギャレマスは、小さく頷いた。

 そして、次いで頭に浮かんだ疑問をインフォレミアルスにぶつける。


「お主の言う事が嘘では無いとして……では、なぜ余とスウィッシュを“転移者”として選んだのだ?」

「だから、それも言うたじゃろうが。記憶力無いんか?」


 インフォレミアルスは、うんざりした顔をしながら言った。


「わっちが選んだんじゃないわい。抽選したんじゃ、抽選。今ここにそなたらがおるのは、運とか因果とか、そんな類のもんが作用した結果じゃわい」

「運……因果……」

「まあ……『運が良い』のか、それとも『因果応報』なのかは知らぬがな」


 そう言うと、女神はクックッと嗤う。

 と、それまで呆然としているばかりだったスウィッシュが、おずおずと口を挟んだ。


「ちゅ、抽選って……じゃあ、単なる偶然で、陛下とあたしが選ばれたって事ですか?」

「……陛下?」


 スウィッシュの言葉を聞いたインフォレミアルスが、怪訝な顔をし、ギャレマスに尋ねる。


「何じゃ、お主。そんな冴えない面をしておるクセに、そんなに偉いのか?」

「さ……冴えないって……」


 インフォレミアルスの歯に衣着せぬ言葉に些か傷つきながらも、ギャレマスは鷹揚に頷いた。


「……いかにも。余こそは、真誓魔王国の魔族を統べし王、イラ・ギャレマスである」

「ほう! 国王とな!」


 ギャレマスの名乗りを聞いたインフォレミアルスは、その目をキラキラと輝かせると、おもむろに彼に近付き、その身体や黒翼にペタペタと手を触れる。


「ふむふむ。そう言われてみれば、(ツラ)や格好はみすぼらしいが、身体のパーツは立派な(なり)をしておるようじゃの。特にこの翼なぞは、この場で切り取って、わっちのベッドの天蓋に仕立ててやりたいところじゃわい!」

「こ、これ! な、何をするのだっ? よ、余は魔王ギャレマスであるぞ! って、こら! そんな所に気安く触るでな……ひゃあぁんっ!」

「ちょ! ちょっと! 何やってんのよ、このエロガキ! へ、陛下のそんな所まで……! あたしも触れた事が無……あ、じゃ、じゃなくって! と……とにかく不敬よ! やーめーなーさいっ!」


 黒翼や角や、言葉に出す事が憚られるデリケートな部分をも無遠慮に触られて、気色悪い声を上げながら悶絶するギャレマスと、顔を真っ赤にしながら幼女神の小さな体を羽交い絞めにするスウィッシュ。

 やがて、スウィッシュによってギャレマスの身体から無理矢理引き剥がされたインフォレミアルスは、不満そうに口を尖らせながらも、話を戻す。


「まあ……そなたの言う事も嘘では無いようじゃの」

「し……信じてくれたか?」


 なぜか仄かに頬を上気させたギャレマスが、乱れた着衣をそそくさと調えながら尋ねる。

 それに対し、インフォレミアルスは、スウィッシュに羽交い絞めにされたままで「うむ」と頷き、それからにんまりとほくそ笑んだ。


「それにしても、まさか魔王が釣れるとはのう。偶然とはいえ、結構なレアを当ててしもうたわい」

「あ……『当ててしまった』って……。人の事を、クジ引きの景品か何かのように……」


 インフォレミアルスの言い草に顔を引き攣らせるギャレマス。

 と、スウィッシュが、羽交い絞めにしている女神に向かっておずおずと訊ねる。


「ええと……って事は、あたしが陛下と一緒に転移者に選ばれたのも、ただの偶然なの?」

「ん? ああ、そなたは違う。わっちの抽選で選ばれた訳ではないわい」


 インフォレミアルスは、身体をくねらせてスウィッシュの腕の中から抜け出すと、首を横に振った。

 そして、腑に落ちぬ顔で首を傾げているスウィッシュに憐み交じりの目を向けつつ、ギャレマスの事を指さした。


「わっちの抽選に当たったのは、この魔王ひとりじゃ。そなたは……そうさの。少し言い辛いのじゃが、こやつの転移に巻き込まれた、いわばもらい事故の被害者のようなもんじゃな」

「も、もらい事故?」

「左様」


 当惑するスウィッシュに頷きかけながら、インフォレミアルスは言葉を継ぐ。


「本来、抽選に当たるのは一人だけじゃ。だが、転移の術式が発動した瞬間に、その者に()()()()()()()に他の者が居た場合、その術式に巻き込まれていっしょに転移してしまう事が、極々稀に発生する。……今回のそなたのようにな」

「き、極めて近い位置……?」

「左様」


 インフォレミアルスは、スウィッシュの呟きにもう一度頷くと、その幼い顔にニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。


「そう……例えば、転移された瞬間に、ちょうど(ねや)目合(まぐわ)っておったり、とかな……」

「ね、閨で……って……!」

「まぐわ……ッ!」


 女神のあけすけな一言を耳にした途端、ギャレマスとスウィッシュは耳の先まで真っ赤になって、


「「ち……違うっ!」」


 と、声を合わせて絶叫した。

 ギャレマスは、目を飛び出さんばかりに見開き、慌てて否定する。


「ち、違うぞっ! 余とスウィッシュは、決してそのようなふしだらな関係では……!」

「くっくっくっ、照れるな照れるな」


 インフォレミアルスは、ギャレマスの必死な様子を見るのが楽しくて仕方がない様子で、その顔にニタニタ笑いを湛えながら言った。


「生殖可能な男と女が、斯様に近い距離におるとなれば、やっておる事はひとつしか無かろう。まあ、安心いたせ。女神であるわっちにとっては、そなたらのまぐわいなど羽虫のそれと大して変わらぬ。何なら、ここで続きを始めてもわっちは構わぬぞ」

「だ、だから! あたしと陛下はそんな事してないってば! っていうか、まだガキの癖に、なにマセた事言ってんのよッ!」

「何を言うておるのじゃ、そなたは」


 覿面に狼狽えて、顔を真っ赤にしながら声を荒げるスウィッシュに、インフォレミアルスは底意地の悪い薄笑みを浮かべながら言う。


()の事を見かけで判断するでないわ。このような(なり)でも、わっちはそなたやそなたの主なぞよりもずっと(ふる)くから存在しておるのじゃぞ」

「う……」


 インフォレミアルスの言葉はもっともで、その余裕綽々な態度も、いかにも高位存在に相応しいものだった。

 ……なのだが、エヘンと言わんばかりに胸を張るその姿はタダの生意気な幼女にしか見えず、スウィッシュとギャレマスは、そのギャップに戸惑わざるを得なかった……。

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