魔王と雷戦槌と青光
「たしか……ツカサとか申したか」
ギャレマスは、戦意が無い事を示すように両手を上げながら、吹き荒れる風に赤毛を靡かせている少女に向かって呼びかけた。
「お主は、些か誤解しているようだ」
「誤解……?」
「余は別に、お主の事を“要らぬ子”だなどとは思っておらぬ」
「……嘘つけ!」
ギャレマスの言葉に、一瞬目を大きく見開いたツカサだったが、すぐにその表情を険しくさせて怒声を上げる。
「アンタはついさっき、ウチを自分の娘とは認めないって言ったじゃないか!」
「確かに言うたが……それは――」
「うっさいっ!」
ツカサは、何か言いかけたギャレマスの声を遮るように声を荒げ、
「――クソっ!」
と、憎々しげに毒づくと、両腕を真っ直ぐ上に伸ばした。
「もう、テメエの言う事なんか聞く気は無ぇよ! 後ろのクソ聖女もろとも黒焦げになっちまいなっ! ――イカズチあれェッ!」
ツカサの絶叫と共に、空から一条の雷が、彼女目がけて落ちてきた。
炸裂した稲妻は、彼女が上に向けた両掌に留まり、バチバチと音を立てながら収束していき、次第にその光を増していく。
それを見たギャレマスは強い危険を感じ、すぐに背後で立ち尽くしている三人の女たちに叫んだ。
「――何をしておる! 早くここから逃げよ!」
「「「ッ!」」」
彼の声に、ハッとした表情を浮かべる三人。
即座に行動に移したのは、ジェレミィアだった。
「……分かった! 後は任せたよ、魔王さん!」
彼女はギャレマスの指示に頷くや、傍らで立ち尽くしていたエラルティスの身体を抱え上げた。
「きゃっ! な、何をしますの、この狼女! わらわの身体に、気安く触れないでもらえま――」
「あーはいはい! 苦情は後で受け付けるね! でも、アタシが運んだ方が速いんだもん」
顔を顰めながらジタバタと暴れるエラルティスの罵声にも慣れた様子で、彼女をいわゆる“お姫様抱っこ”したジェレミィアは、
「――ほら! スッチーも行こっ!」
と、スウィッシュに促す。
――だが、
「……ううん」
スウィッシュは、ジェレミィアに首を横に振り、ギャレマスに向かって叫んだ。
「陛下! あたしも一緒に戦います!」
「いかん!」
ギャレマスは、ツカサに鋭い目を向け、彼女の申し出を瞬時に却下する。
「お主も、他のふたりと共に、この場を離脱するのだ! 正直、お主の魔力では、あやつの呪力には敵わぬ!」
「ッ! ですが……陛下のお手伝いくらいなら――」
「要らぬ!」
「……っ!」
「あ……」
思わず口をついて出た強い拒絶の叫びに、スウィッシュが表情を引き攣らせたのを見たギャレマスは、思わず狼狽しながら取り繕いの言葉をかけた。
「す、すまぬ。け、決してそういう意味ではないのだが……」
「……いえ、分かっております……」
彼の言葉にフルフルと首を横に振るスウィッシュだったが、その表情は暗い。
ギャレマスは、そんな彼女に更に声をかけようとしたが、
「――逃がさないよッ!」
「ッ!」
ツカサの絶叫が耳に入り、慌てて振り返る。
彼の視界に入ったのは、凝集して質量すら持った雷撃の戦槌を両手ではっしと掴み、今にも投擲しようとしているツカサの姿だった。
「い――いかんッ!」
本能的に危険を察知したギャレマスは、身構えながら背後に向かって叫ぶ。
「――早く行けっ! お主らがアレに巻き込まれたら、タダでは済まぬぞ!」
「う――うんっ!」
「……はいっ!」
緊迫したギャレマスの声に、エラルティスを抱え上げたジェレミィアとスウィッシュが頷き、身を翻した。
「逃がさねえって言ってんだろうがっ!」
出口に向かって走り出したジェレミィアたちの姿を見たツカサが、怒声と共に振り上げた戦槌を思い切り投げつける。
「究極収束雷撃槌呪術――ッ!」
ツカサの手を離れるや、剣呑な風切り音を上げながら、みるみるジェレミィアとエラルティスに迫る雷の戦槌。
それに対し、ギャレマスは素早く指を鳴らし、呪句を叫ぶ。
「――真空風波呪術ッ!」
彼の詠唱と同時に発生した巨大な真空の刃が、雷戦槌の側面に炸裂する。
――が、
「くっ! 浅いか!」
雷の戦槌に命中はしたものの、収束した雷の密度はギャレマスの予測を凌駕しており、先ほどの舞烙魔雷術のように対消滅させる事までは出来ず、その軌道を逸らす事が精一杯だった。
だが、ジェレミィアとエラルティスへの直撃は避ける事が出来た。
そう、ギャレマスが胸を撫で下ろしかけたその時――、
「あ……」
スウィッシュの上ずった微かな声を耳にしたギャレマスは、ハッとして声のした方向に目を遣り、
「――いかんっ!」
焦燥に満ちた叫び声を上げた。
彼の目に入ったのは、スウィッシュの恐怖と絶望に満ちた顔と――その彼女に向かって、激しく回転しながら飛んでいく、先ほど自分が軌道を逸らした雷の戦槌……!
「スウィッシュ――っ!」
気がついたら、ギャレマスは背中の黒翼をいっぱいに伸ばし、立ち竦むスウィッシュの許に向けて跳躍していた。
「ダメ、陛下――」
「――!」
上ずった声を上げるスウィッシュの許に降り立ったギャレマスは、すぐに頭を巡らして背後を振り返る。
雷の戦槌は、既に避けられない距離まで接近していて、彼は瞬時に、目前に迫った戦槌が、スウィッシュはもちろん、消耗した現状の自分の命すら脅かす程の威力を備えている事を、その眩い輝きから悟る。
「くっ――!」
それでもスウィッシュだけは護ろうと、ギャレマスは彼女の身体を両腕でしっかりと抱きしめ、飛来する戦槌に対して背を向けて、自らの身体を楯にした。
「ダメ! 陛下、やめて――ッ!」
胸元で上がるスウィッシュの絶叫を聞きながら、彼の口の端が僅かに綻ぶ。
(いいのだ、スウィッシュ。お主が無事なら――)
彼女に向けて、そんな言葉を口にしようとする間もなく――瞼を閉じても視界が真っ青になるほどの凄まじい光が、足元から上がるのを感じた。
(――下から? 何故……?)
思わず訝しむギャレマスと、彼に抱きしめられたスウィッシュの姿は、溢れ出した猛烈な青い光の洪水の中、溶けるように見えなくなった――。
――もし、
その時、遥か上空で(地上の人間族たちに、自分の格好いいところを見せつける為に)古龍種のポルンと激しい戦闘を繰り広げていた勇者シュータが居合わせていたら、すぐに気付いた事だろう。
――ギャレマスとスウィッシュを包み込んだ青い光が、自分がこの世界に転移してきた刹那に見た光と同じものだという事に――。




