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魔王と愛娘と他人

 黒いローブを翻して三人の元に駆けつけたギャレマスは、心配げにスウィッシュの顔を見ながら声をかける。


「スウィッシュよ、ケガはないか?」

「――ハイッ! 大丈夫です!」


 目を潤ませ、頬を染めたスウィッシュが、ギャレマスの問いかけに大きく頷いた。そして、背後のふたりを肩越しに見て、言葉を継ぐ。


「ジェレミィアも平気そうです。……もうひとりも、()()()()()

「ちょっと、小娘! 何ですのその言い草はッ?」


 スウィッシュの言葉に、エラルティスがヒステリックに叫んだ。


「あなた、後で絶対に浄滅して差し上げますからねっ!」

「ああん? やれるもんならやってみなさいよ! 氷漬けにしてやるから!」


 眦を吊り上げて口論を始めるエラルティスとスウィッシュ。


「あーもー。ふたりともやめなよ~」


 そんなふたりを呆れ顔で見ながら、呆れ声で窘めるジェレミィア。

 そして、困った顔をしているギャレマスに向けて満面の笑顔を向ける。


「――魔王さん! めっちゃ助かったよ、ありがとね!」

「あ……う、うむ。どういたしまして……」


 ギャレマスは、本来は敵であるはずのジェレミィアからかけられた素直な感謝の言葉に戸惑いながら、ぎこちなく頷いた。

 と、ジェレミィアに叱られて憮然としていたエラルティスが、ボソリと呟く。


「……ていうか、随分とタイミングがバッチリでしたわね」


 そう言うと、彼女は眉間に皺を寄せ、魔王の顔を疑わしそうに睨みつけた。


「……もしかして、わらわ達がピンチに陥るのを見計らったんじゃないですの? そこを颯爽と助けて、わらわ達に格好いいところを見せようとしたんでしょう? さすが魔王さすが姑息」

「こ、姑息て……あ、いや、そんな事は無いぞ!」


 エラルティスの批判に満ちた視線を浴びたギャレマスは、慌てて否定する。

 そして、気を取り直すようにゴホンと咳払いしてから、部屋の中央でひとり立っている、素肌に薄いローブを羽織った赤髪の少女の方に振り向いた。


「さて……、サリア……いや、今のお主は、ツカサと言ったか」


 ギャレマスは、その顔に複雑な表情を浮かべながら、自分の娘の姿をした他人……否、他人の魂を宿した娘の身体に向かって呼びかける。


「もう、やめるのだ。その身体を……サリアの身体を使って、他の者の命を奪う事は、父である余が決して赦さぬ」

「……はんっ!」


 ギャレマスの言葉に対し、ツカサは反発するように鼻で嗤い、自分の胸を平手で叩きながら叫んだ。


「何を言ってんだよっ? ()()はもう、ウチの身体だ! ウチの身体をウチが自由に使って何が悪いのさ? いくらアンタが父親だって言っても、指図されるいわれは無いね!」

「……余は、お主の父ではない。そして――」


 ギャレマスは、ツカサの言葉にフルフルと首を横に振りながら、キッパリとした声で言葉を継ぐ。


「お主も、余の娘などではない。余の娘は、この世にたったひとり、サリアだけだ」

「――だからっ!」


 突き放したようなギャレマスの言葉に対し、ツカサは激しい憤りを露わにし、自分の顔を指さしながら金切り声で叫んだ。


「ったくよぉ、頭悪(アッタマわり)いオヤジだなっ! さっきも言ったろうが! ウチがサリア……ううん、サリアがウチなんだよ! ウチとサリアは同じ魂なんだから――」

「いいや……違う」


 だが、ツカサの主張に対し、ギャレマスは無情に(かぶり)を振る。

 そして、哀しそうな表情を浮かべながら言葉を継いだ。


「いかに元が同じだとしても、余にはどうしてもお主の事を娘だと思う事は出来ぬ。やはり……余の娘は、四十五年をかけて懸命に育て見守ってきた、あのサリア以外には考えられぬ」

「……!」


 ギャレマスの答えを聞いたツカサは、顔を顰めて唇を噛むと「……チッ!」と舌打ちし、彼の顔を憎々しげに睨みつける。


「……分かったよ。だったら、ウチも同じさ!」


 そう声を荒げたツカサは、おもむろに手を胸の前で激しく打ち合わせた。


「――イカズチあれっ!」


 彼女の叫びと呼応するように、打ち合わせた掌の間でスパーク光が煌めく。

 ゆっくりと広げた掌の間でバチバチと爆ぜる雷光に白く照らし出されたツカサの顔は、魔王に対する敵意と憎悪で歪んでいた。

 そして、彼女は白い雷光で輝く真紅の瞳でギャレマスの顔を睨みつけながら、険のある声で叫ぶ。


「――アンタなんか、ウチのお父さんなんかじゃないっ! ウチの事を要らない子扱いする……ウチの敵だっ!」

「……ッ! それは――」

「うるせえっ!」


 ハッとした様子で何かを言い返そうとしたギャレマスの言葉を怒声で遮り、ツカサは掌の間に蓄えていた稲妻を前方に向けて解き放った。


「くたばりやがれっ! 舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)ッ!」

「――ッ!」


 ツカサの掌から放出された数条の雷が、撚り合わさるように絡みついて一条の巨大な稲妻になりながら自分に向かって飛来してくるのを見たギャレマスは、カッと目を開く。

 そして、素早く両手を身体の前で交差させると、パチンと指を鳴らした。


颱呪風術(ウ・ルルト・サ・ララ)――ッ!」


 呪術唱和や、一瞬で彼の前に猛風が生じ、たちまちのうちに激しく渦を巻く。

 そして、瞬時にして巨大な竜巻と化し、飛来してきた雷の束(ブ・ラークサン・ダー)と衝突した。

 ふたりの間で激しくぶつかる風の渦と雷の渦。

 その煽りを受けて、落ちていた瓦礫が至る所で舞い上がり、意識を取り戻した人間族(ヒューマー)たちが悲鳴を上げて逃げ惑い、命からがら部屋から出ていった。


「きゃあ……っ!」

「くぅっ!」

「……ひぃっ!」


 ギャレマスの背後にいたスウィッシュとジェレミィア、そしてエラルティスも、慌てて頭を下げて怯えた声を漏らす。

 やがて――、


「き――消えた……?」


 荒れ狂いながら絡まり合っていた風と雷は、お互いの威力によって完全に相殺され、室内はそれまでの猛威が嘘のように静まり返った。


「……ふぅ」


 ギャレマスは安堵の息を吐きながら、伸ばしていた腕を下ろす。

 そして、悔しそうに唇を噛みながら自分の事を睨みつけているツカサの顔を、複雑な表情を浮かべて見返すのだった。

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