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光雷巨矢と流星剣と氷天蓋

 「ひ――ッ!」


 自分が放った攻撃が、倍に増えた上に雷属性まで帯びた状態で自らに返ってくるのを目の当たりにしたエラルティスは、恐怖で上ずった声を上げる。


「――キャッ!」


 慌てて逃げようとするが、焦るあまりに足が縺れたエラルティスは、その場で不様に転倒した。

 怯えた表情で顔を上げた聖女の翠瞳に、みるみる近付く光の巨矢が映る。


「ひぃ……ッ!」

「――エラリィッ!」

「ッ!」


 観念して身体を丸めたエラルティスの耳に、聞き慣れた叫び声が聞こえた。

 ハッと顔を上げた彼女の目の前に、銀色の短髪を振り乱しながら、身を挺して立ち塞がった獣人の少女の背中があった。


「――ジェレミィアッ?」

「頭引っ込めてッ!」


 ジェレミィアは鋭い声でエラルティスに叫ぶと、即座に手に持った細剣(レイピア)を構え、


「手が刺す流星剣――ッ!」


 と、高らかに技名を叫びながら、接近する雷を帯びた巨矢に向けて、加速魔法(ブースト)のかかった無数の刺突を放つ。


 ガガガガガガガガ――ッ!


 まさに流星雨のような軌跡を残しながら放たれた、神速の刺突による無数の連撃を受けた巨大な矢はあっという間に粉砕され、瞬時に光の粒子と化して消え去った。

 ――が、


「も……もう一本ありますわよっ!」


 消えた光の巨矢に後ろに隠れるようにして飛来してきた、もう一本の光雷巨矢の姿を目にしたエラルティスが、悲鳴に近い絶叫を上げる。

 その声に応じようと、再び細剣(レイピア)を構えようとするジェレミィアだったが――、


「……つっ!」


 と呻き、身体を激しく痙攣させ、その弾みで手に握っていた細剣(レイピア)を取り落としてしまった。


(しまっ……た……! 雷撃呪術を帯びた矢に剣で攻撃したから、感電しちゃった……!)


 全身を伝う激しい痺れを感じながら、ジェレミィアは自分の迂闊さを悔やむが、もう遅い。

 ジェレミィアとエラルティスは、数秒後に光の巨矢に身体を貫かれる未来を確信し、固く目を瞑った――その時。


「――球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)ッ!」

「――ッ!」


 聞き慣れた娘の声による魔術の詠唱が鼓膜を揺らすと同時に、凄まじい冷気を感じたふたりは、驚きながら目を開ける。

 彼女たちの視界に入ったのは、ふたりの周囲を球状にすっぽりと覆う氷のドームと――両手を広げて魔術を展開している蒼髪の少女の姿だった。

 引き攣っていたジェレミィアの顔が綻ぶ。


「――スッチーっ!」

「ホント……何やってんだろ、あたし……!」


 光の巨矢を氷の防御球壁で受け止めたスウィッシュは、術を懸命に保持しながら、愚痴るように呟いた。


ジェレミィア(あなた)はともかく、完全な敵のエセ聖女の命まで助けようとするなんて……!」

「ど……」


 エラルティスは、信じられないという顔で、魔族の娘に向かって尋ねる。


「どうして……あなたが、わらわの事を助けてくれ――」

「別に、アンタの事を助けた訳じゃないわよッ!」


 勢いの止まらない光の巨矢によって、今にも突き破られそうな氷のドームに必死で魔力を注ぎ込みながら、スウィッシュは声を荒げた。


「それに! サリア様をあんな風にしたアンタの事を赦した訳でも無いからね! これが終わったら、あたしが直々にあなたをぶっ飛ばしてやるから覚悟してなさい!」

「じゃ、じゃあ、なぜ……?」

「そりゃ……サリア様のきれいな魂を、アンタ如きの命を奪わせる事で(けが)したくなかったからよ!」


 そう言い捨てると、スウィッシュは少しだけバツの悪そうな顔で視線を逸らす。


「だから……今は()()()()()()、アンタの事を守ってあげてるだけ! それだけよッ!」

「スッチー……!」


 ぞんざいに言い捨てたスウィッシュに、ジェレミィアが微笑みかけた。


「ありがとね」

「あ……え、えと……」


 ジェレミィアに感謝の気持ちを伝えられたスウィッシュは、両手を広げた格好のまま、頬を赤く染める。


「そ……そんなに素直にお礼を言われると、なんか……」

「ほら、エラリィもお礼を言って! スッチーがアタシたちのピンチを救ってくれたのは確かなんだからさ!」

「……」


 ジェレミィアに促されたエラルティスは、憮然とした顔をしていたが、不承不承といった様子で口を開いた。


「……大儀でしたわ。褒めてとらします」

「テメッ! これが終わったら、絶対にぶっ殺してやっかんなっ!」


 エラルティスのふてぶてしい態度と感謝の言葉? に激昂したスウィッシュが、思わず怒声を上げ……それによって、それまで光の巨矢と競り合っていた球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)への魔力調整に一瞬のブレが生まれた。


 ――ビキィッ! ビキビキビキィッ!


「……あ」


 嫌な音を耳にしたスウィッシュは、表情を強張らせながら、音の源の方に目を遣る。

 ――彼女が魔力を注いで形成していた分厚い氷の壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、その中央には、白く光る巨大な矢鏃の先端が突き抜けていた。

 しかも、ただ突き立ったのではない。巨矢は、まだその勢いを失っておらず、その鏃は更に深く氷のドームに突き刺さり、それに伴って氷壁に走る亀裂がどんどん広がっていく。

 それを目の当たりにしたスウィッシュの顔色が、目に見えて青ざめる。


「ま、マズい……! このままじゃ()たない……っ!」

「す、スッチー! 頑張って……!」

「も、もっと気張りなさいよっ、このちっぱい娘!」

「む……胸は関係無いだろうがあああぁっ!」


 エラルティスの声に、ますます頭に血を上らせたスウィッシュが怒声を上げた瞬間、更に乱れた魔力で不安定になった氷のドームが、遂に光の巨矢に破られた。

 ガラスが割れたような音を立てて四散する氷の壁。

 千々に飛び散る氷の欠片の中を突き抜けてきた巨大な鏃が、スウィッシュたちを貫かんと目前に迫る――。


「うわ……っ!」

「ひっ……!」

「きゃ――っ!」


 死がすぐそこまで迫っている事を悟ったスウィッシュたちは、おのおの悲鳴を上げながら、思わず身を縮こまらせる。


(もうダメ……っ!)


 スウィッシュは自分の死を覚悟して、固く目を瞑った。

 ――その時、


「――舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)ッ!」


 低い男の声と共に、轟音と共に降ってきた凄まじい稲光が、周囲を真昼よりも明るく照らし出しながら、光の巨矢に直撃する。

 撚り合わされた稲妻の直撃を受けた光の巨矢は、より強い光と電撃に晒され侵食され、瞬く間に雲散霧消した。


「……!」


 目の前で起こった信じがたい光景に、身を竦ませたまま唖然とする三人の女たち。

 そんな彼女たちに、先ほどの男の声がかけられる。


「……すまぬな。充分な理力を練るのに時間がかかってしまい、お主らには怖い思いをさせた」


 そう言いながら、自分たちに近付いてきた男の顔を見たスウィッシュは、たちまち顔を綻ばせ、嬉しそうに叫んだ。


「へ――――陛下!」

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