少女と聖女と憤怒
「ひぃっ……!」
エラルティスは、サリアの顔をしたツカサの荒々しい言葉遣いと剥き出しの殺気に縮み上がった。
怯える彼女の様子を、ツカサは口元に凄惨な薄笑みを湛えながら見下す。
「くく……どうしたんだい? さっきまでのムカつく威勢の良さはどこに行っちまったんだい?」
「……」
「ウチは、サリアと入れ替わる少し前から、アイツの中で目を覚ましてたからさ。テメエがアイツに対して何を言って何をしたのか、全部知ってんだよ。――あー、今思い返してもイライラしちまうよ!」
「あ……アレは……!」
エラルティスは、青ざめた顔を引き攣らせながら、縺れる舌を懸命に動かして釈明を試みる。
「あ、あれは……あくまでも、あの魔族の姫に対して言ったのであって……け、決して、転生者であるあなたに向けて言った訳じゃ――」
「んなの関係ねえよッ!」
だが、彼女の弁明は、ツカサの怒声によって遮られた。
彼女は、一喝されてビクリを身を震わせたエラルティスの事を憎々しげに睨みつけながら、低い声で言葉を続ける。
「あの言葉と行動が、誰に向けてのものだったかなんて関係ねえんだよ! 他人の事を生まれや血筋で差別して、理由もなく馬鹿にしたり蔑んだりしやがって!」
そう声を荒げたツカサは、床に向かって唾を吐くと、更に険しい表情を浮かべながら言葉を継いだ。
「アレは、アイツの中から見聞きしててすげえムカついてたんだよ! ……まんま、中学の頃のクソ先公どもみたいな言い草でよ……!」
「……そ、そんなの、あなたには関係無いでしょうっ?」
ツカサの言葉に、エラルティスはキッと眦を上げて言い返す。
「も……元々、この世界じゃないところで生きてきた“転生者”とやらのあなたには、この世界の人間族と魔族との事に口を出す権利なんか無いんですわよ!」
「……確かに、それはテメエの言う通りだよ」
エラルティスの反論に、ツカサは意外にも素直に頷いた。
だが、すぐに聖女の顔を睨みつけ、「……だけどよ」と言葉を続ける。
「……今のウチは、この世界の魔族の女“サリア・ギャレマス”だ。そうなったら、もう他人事なんかじゃ無いよなぁ?」
「う……」
「……つー訳で」
と、エラルティスを見据えるツカサの目が妖しく光った。
そして、彼女はゆらりと右手を頭上に掲げる。
「ひ……っ!」
「さんざん、アイツ――いや、ウチの事をナメていたぶってくれた事へのオトシマエをつけさせてもらうよ。……とても足りねえけど、テメエの腐り切った命ひとつで勘弁してやんよ!」
「……っ!」
ツカサの剣幕に気圧されたエラルティスは、顔を恐怖で引き攣らせたが、ふと自分の横に目を移すや、その表情を輝かせた。
偶然にも、少し離れた床の上に、自分の聖杖が転がっている事に気付いたからだ。
「……くっ!」
エラルティスは即座に身を翻すと、埃と瓦礫に塗れた石床を不様な格好で這いずり、転がっていた聖杖をしかと握りしめる。
自分の最強の得物を掌中に収めた事に気を大きくしたエラルティスは、勝ち誇った顔で高笑いした。
「……お、お―ほっほっほっ! これで形勢逆転ですわ! “聖女”の天啓とこの聖杖さえあれば、あなたなんて全然怖くありませんわよ!」
彼女はそう叫ぶや、聖杖の石突をツカサに向ける。
「――くたばりやがりなさい! 聖光巨矢――ッ!」
エラルティスの絶叫に応じるように、石突の先に彼女の法力が凝集し、瞬く間に巨大な一本の光巨矢が生成されると、直ちにツカサ目がけて放たれた。
「ッ! サリ――」
「サリアさ……!」
向こうから、彼女の身を案じるギャレマスとスウィッシュの叫び声が聞こえる。
だが、そんな中、
「……ふ」
ツカサは不敵な笑みを浮かべていた。
彼女は、右手を頭上に掲げたまま、左手の掌を、みるみる眼前に迫ってくる光の巨矢に向けると、高らかに叫ぶ。
「……『倍返し』!」
ツカサの声が上がった瞬間、彼女の身体が眩い光を放った。
そして、その光を浴びた瞬間、彼女に向かって真っ直ぐ飛んでいたはずの光の巨矢が、まるで時が止まったかのように空中でピタリと静止した。
「な――っ?」
自分の放った巨矢が、物理法則を無視してその動きを止めるという奇妙極まる光景を目の当たりにしたエラルティスは、思わず驚愕の声を上げる。
だが、驚くべき事はそれだけではなかった。
空中で静止していた光の巨矢がバチバチと音を立ててスパークしながら、くるりと百八十度転回し、更に二本に増えたのだ。
「へ――っ?」
「くくく……」
二本に増えた上、電光を帯びてますます光り輝く巨矢の鏃先が、まっすぐ自分の胸元を指し示している事に気付き、目を飛び出さんばかりに驚いているエラルティスを見て、ツカサは含み笑いを漏らした。
「これが、異世界転生したウチのチート能力――『倍返し』さ。その名の通り、受けた攻撃をウチの属性に転換した上で、倍にしてお返しするっていう、ね!」
そう高らかに叫んだ彼女は、口元に獰猛な薄笑みを浮かべると、エラルティスに掌を向けていた左手をグッと握り込む。
そして、
「さあ! 威力も量も倍になった自分の攻撃をたんと味わいな、クソ女!」
「……ッ!」
ツカサの勝ち誇った絶叫と共に、二本の巨大な雷の矢がエラルティス目がけて放たれたのだった――!




