女暴走族と姫と転生
「カ……カドヤ……」
「ツカサ……?」
サリア――いや、自らを“カドヤツカサ”と名乗った異世界転生者の顔を、呆然とした表情で見つめたギャレマスとスウィッシュ。
ふたりの前に立つ赤髪紅眼の娘。その顔立ちは、確かにふたりの良く知るサリア・ギャレマスのものだったが、その顔に浮かぶふてぶてしい薄笑みは、最も近しいところで彼女の成長を見守ってきた彼らでも、今まで見た事の無いものだった。
その表情が、ふたりに『目の前に立つのはサリアではない』という事を如実に教えていた……。
「そんな……!」
力無く膝を落としたスウィッシュが、顔を真っ青にしながら、呆然と呟く。
「じゃ、じゃあ……サリア様は……あたしたちの知るサリア様は、どこに……?」
「どこっていうか、ここだけど」
スウィッシュの漏らした、誰に宛てた訳でもない問いかけに対し、ツカサは自分の胸を指さしながら答えた。
「だから、さっきも言ったじゃん、『半分は』ってさ。要するに、ウチがアイツで、アイツがウチなの」
そう言うと、ツカサは眉間に皺を寄せ、首を傾げて考えながら言葉を継ぐ。
「えーと……ウチ、頭悪いから、うまく説明できねえんだけどさ……。前の世界で崖から落ちて死んだウチの魂を、魔神だか魔人だか言うガキみてえな野郎が拾ってさ。そんで、それまでのウチの記憶を封印してから、アンタの奥さんのお腹に宿った子どもの魂として埋め込んだんよ」
「な――?」
ツカサの説明に、ギャレマスは強い衝撃を受けた。
そんな彼を前に、ツカサは自分の事を親指で指しながら話を続ける。
「その結果生まれたのが、アンタたちの良く知るアイツ――サリア・ギャレマス。つまり……サリアっていうのは、記憶を失ったウチ――門矢司だったって訳さ」
「……そ、そんな訳無いっ!」
ツカサの言葉を聞いたスウィッシュは、首を激しく横に振りながら絶叫した。
「サリア様はサリア様よ! ちょっとマイペース過ぎて、周りをしっちゃかめっちゃかにしちゃう事もあるけど、他人の事を思い遣ってくれて、優しくて、あたしなんかの心配もしてくれるような、とっても心の綺麗な方なのよ! アンタみたいな乱暴そうなヤツと同じ訳なんか無いわ!」
「乱暴そうねえ……ま、女暴走族のアタマを張ってたのは確かだからね。否定はしないよ」
スウィッシュの鋭い言葉に、ツカサは苦笑いを浮かべる。
「……でも、『同じ訳なんか無い』って言われても、事実は事実だからねぇ。つうか、ぶっちゃけ、ウチも信じられないよ。元がウチの魂のサリアが、あんなに天然ボケのゆるふわ乙女になったなんてさ」
そう言うと、彼女はフッと寂しげな表情を浮かべ、ギャレマスの顔を見ながらポツリと呟いた。
「……つっても、今は何となく分かるよ。サリアがあんな風に育った理由は、ね」
「……?」
「ま……そんな事はどうでもいいや」
感傷的な表情を浮かべたのも束の間、すぐにツカサは元のふてぶてしい態度に戻り、ギャレマスにニヤリと笑みかける。
「とにかく……。これからは、ウチがアンタの娘のサリア・ギャレマスだ。よろしく頼むよ」
「む……娘だとッ?」
娘の顔をしたツカサの言葉に、ギャレマスはカッと眦を上げて怒声を上げた。
「ふざけるな! 余の娘は、あのサリアただひとりだ! いかに元々の魂が同じであろうとも、お主とサリアは別の存在だ! お主が娘などとは、余は断じて認めぬぞ!」
「哀しい事を言わないでよ。お父さん」
「お主に“お父さん”などと呼ばれる筋合いは無いわ!」
からかうように言うツカサに激昂するギャレマス。
彼は娘の顔をした他人を鋭い目で睨みつけ、それから辛そうな表情を浮かべながら問いかけた。
「では、サリアは……あの、余の娘として四十余年をこの世界で過ごしてきたサリアは、一体どうなってしまうのだ?」
「……さあね」
ギャレマスの問いかけに対し、ツカサは首を横に振る。
「“元の人格”が“覚醒”した後、それまでこの世界で育ってきた“新しい人格”がどうなるのかなんて、魔神は教えてくれなかったからね。ウチには全然分からないよ。なにせ、転生するのなんて初めてだしね」
「……っ」
「まあ、そこらへんは、その内嫌でもハッキリするだろうさ。ふふ……」
そう言って愉しげに笑ったツカサは、ギャレマスとスウィッシュに向かって、くいっと顎をしゃくった。
「……って、こんな所で呑気におしゃべりしてる暇も無いんだろ? さっさとこの街を出なきゃマズいんだよな?」
「なんで、あなたがそれを……」
「何でこの世界で目覚めたばっかりのウチが、そんな事を知ってるのかって?」
スウィッシュの訝しげな声を聞きつけたツカサは、ニヤリと笑って自分の頭を指さす。
「当然さ。言ったろ? ウチはアイツなんだって。今はまだ追いついてないけど、その内、アイツがこっちの世界で経験した事が、全部ウチの経験って事になるのさ。……ちょうど、新しいケータイに古いケータイで撮った写真データを映すみたいな感じでね。……ウチの場合は逆な訳だけど」
「……け、けーたい……?」
「ああ、分かる訳無いか。しゃーない」
ツカサは、狐につままれたような顔をするギャレマスとスウィッシュの顔を見ると、苦笑した。
――と、彼女の目が鋭い光を放った。
「……そんなところでコソコソして、どうしたんだ? クソ女」
「……ッ!」
彼女に声をかけられ、ギャレマスたちがツカサとの会話に気を取られている隙に忍び足で部屋から出ようとしていたエラルティスが、ビクリと身体を震わせる。
恐る恐る振り返るエラルティス。
その青ざめた顔に女暴走族仕込みのガンを飛ばしながら、ツカサはドスの利いた低い声で言った。
「おい……まさか、このまま逃げられるとでも思ってんじゃないよなぁ? アンタがウチの身体に対してしてくれた事……耳を揃えてしっかりお返ししてやるから覚悟しろよ、ゴラァ!」




