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魔王と姫と聖女

 聖女の法力の光が凝集して生成された聖鎖は、縛りつけられた柱ごとサリアの身体に巻きついたが――それだけでは終わらなかった。


「――()縛ッ!」


 エラルティスは、そう叫ぶとサリアを縛りつけた柱に抱きつく。

 すると、サリアを拘束した聖鎖のもう一方の端が、まるで鎌首を上げた蛇のように持ち上がるや、柱に密着したエラルティスの身体ごと巻きついた。

 つまり、エラルティスとサリアは、一本の聖鎖によって同じ柱に縛りつけられる形になったのだ。


「な……何をしているの、エセ聖女っ?」


 自らを拘束するという、エラルティス奇妙な行動を目の当たりにして、スウィッシュは声を上ずらせる。

 そんな彼女の狼狽を見たエラルティスは、その整った顔立ちを醜悪に歪めながら、高らかに嘲笑(わら)い飛ばした。


「オーッホッホッホッ! いい感じに間の抜けた、滑稽な顔ですわね!」

「……滑稽なのは、あなたの方でしょ! 何で自分で自分の事を縛ってるのよ? どうぞ煮るなり焼くなり好きにして下さいとでも言いたいの、あなたはッ?」


 そう叫んだスウィッシュは、訝しみながらも掌に理力を込めるが、彼女に向かって氷系魔術を放つ事は出来なかった。


「……くっ! これじゃ、サリア様に当たっちゃう……!」


 エラルティスに向けて攻撃をすると、彼女に密着するように拘束されているサリアの身体も危険に晒される事に気付き、スウィッシュは攻撃を躊躇う。


「うふふふふ! ようやく気付きましたのね!」


 エラルティスは、そんな彼女に哄笑を浴びせかけた。

 スウィッシュは悔しげに唇を噛むと、掌に溜めた理力を解く。

 と、


「――エラリィッ! だから、それはやり過ぎだってッ!」


 髪の毛を逆立てながら声を荒げたジェレミィアが、肩に担いでいた細剣を頭上に構え直して、エラルティスに向かって斬りかかろうと、一気に加速した。

 だが、


「――伏せっ!」

「――ぐっ!」


 エラルティスが鋭い声と共に聖杖で石床を突いた瞬間、幾条もの光線が、ジェレミィアの身体を包み込むように放たれ、彼女を石床に貼りつけるように押さえつける。


「くっ……放してよ、エラリィッ!」

「あなたはそこで這いつくばって、大人しく見ていなさいな。……まあ、あなたは安心していいですわよ。獣人族とはいえ、さすがに“伝説の四勇士”の仲間を傷つける気はありませんから」


 苦しげな顔をしながら抗議の声を上げるジェレミィアを見下しながら、エラルティスは冷ややかに言った。

 と、険しい顔をしたギャレマスが、訝しげな目を向けながらエラルティスに尋ねる。


「もう勝ち目が無いと悟って自棄になったのか? 一体何をしようというのだ、お主は……?」

「……フン! そんなの決まってますわ!」


 エラルティスはそう言うと、自分と一緒に聖鎖で拘束されているサリアの頬を撫でる。

 そして、口の端を邪悪に吊り上げながら、冷たい声で言葉を継いだ。


「聖女が魔族に対してする事なんて、ひとつだけ。即ち――()()ですわ!」

「――まさかっ!」


 エラルティスの言葉を聞いたギャレマスの顔が青ざめた。


「まさかお主……サリアに先ほどの法術を……っ?」

「ご明察」


 動揺を見せる魔王の顔を愉快そうに見下しながら、エラルティスは小さく頷いた。

 と、それと同時に、ふたりに巻きつく聖鎖が放つ白色の光が強さを増し、その光に苦痛を感じたサリアが微かな呻き声を上げる。

 それを見たギャレマスは、激しく狼狽しながら叫んだ。


「や、止めよッ! それだけは止めるのだ! さ……サリアに、タイマン……タイマ……あの法術をかけるのはっ!」

「……“対魔完滅法術”ですわ。何度言わせる気ですか?」


 エラルティスは呆れ声を上げ、それから満足そうな薄笑みを浮かべる。


「まあ、いいですわ。もうすぐ、そのとぼけ面が娘を失う絶望で歪むのを目の当たりにできるんですものねぇ」

「……貴様ぁッ!」


 その金色の瞳を憤怒でギラギラと輝かせながら、ギャレマスは絶叫した。

 そんな彼の目を冷たく光る翠色の目で睨み返しながら、聖女は冷ややかに言い放つ。


「……あなたたちが悪いんですのよ。あなたたちが邪魔をして、わらわの一攫千金計画を台無しにしてくれなければ、この愚かな娘は、こんなところで命を散らす事は無かったのです。……まあ、元々の計画でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……やめろ! やめるのだ!」


 淡々と言葉を継ぐエラルティスに、ギャレマスは懇願するように叫んだ。


「分かった! お主が金を望むのなら、いくらでも出す! 財宝が欲しいのなら、余の王宮の収蔵庫を丸ごとくれてやっても良い! ……だから、サリアの事は――!」

「……魅力的なご提案ですけど、事ここに至っては、そういう訳にもいかないんですよねえ」


 必死の形相で、何とか自分を説得しようとしているギャレマスに苦笑を向けながら、エラルティスは首を横に振る。


「何せ……今回の件は、既にやんごとなき御方の耳にまで届いていますからね。聖女として魔族と遭遇しておきながら、何もせずに見逃したというのがバレてしまっては、人間族(ヒューマー)の中におけるわらわ(聖女)の面目丸潰れどころか、存在意義自体を失ってしまいますの。……だからせめて、魔族の姫の命くらいは獲っておかないとねえ」

「だ……だったら!」


 どこか他人事のように語るエラルティスに向け、声を上げたギャレマスが、意を決した顔で一歩前へ進み出た。

 そして、自分の胸を指しながら、聖女に向かって言う。


「サリアの代わりに、余の命を奪うが良い!」

「へ、陛下ッ!」


 ギャレマスの言葉に、スウィッシュが血相を変えて、彼のローブの袖を掴んで叫んだ。


「いけません! 陛下が……真誓魔王国国王が、人間族(ヒューマー)に命を差し出すなんて……絶対にいけませんッ!」

「ええい! 放せスウィッシュ! このままでは、サリアが――!」

「ですが――ッ!」


 苛立ちながら、掴まれた手を振り払おうとするギャレマスだったが、スウィッシュは彼の腕に必死に縋りつく。

 ――その時、


「……もういいよ、スーちゃん……お父様……」

「――サリア様!」

「サリアッ!」


 弱々しい声を聞いたギャレマスとスウィッシュは、目を大きく見開いて、最愛の娘の名を叫んだ。

 そんなふたりに、サリアは弱々しく笑みかけながら、小さく首を横に振る。


「お父様……サリアの事はもういいですから、ふたりは早く――」

「ダメだッ!」


 サリアの言葉に、ギャレマスは激しく(かぶり)を振った。


「お主を置いていく事など、出来るはずが無いであろうが! そんな事をしたら、ルコーナ……お主の母に顔向けが出来ぬ!」

「お父様……」

「陛下……」


 断固としたギャレマスの言葉に、サリアとスウィッシュは思わず目を潤ませる。

 ――と、


「……魔王。あなたは、随分とこの娘が可愛いようですわね」

「もちろんだとも!」


 エラルティスの問いかけに、ギャレマスは大きく頷いた。


「サリアは、余の大切な娘……自分の命と同じ……いや、命以上の存在なのだ! だから――」

「ふーん……」


 ギャレマスの返事に、エラルティスは粘つく様な薄笑みを浮かべ、


「……分かりましたわ」


 と、呟いた。

 それを、彼女の翻意ととらえたギャレマスは顔を綻ばせる。


「分かってくれたか! なら……早くサリアを解放してく――」

「……」

「……エラルティス?」


 自分の言葉にも、無言で薄笑みを浮かべるだけのエラルティスの態度に不吉なものを感じたギャレマスが、訝しげに問いかけた。

 そんな彼の問いへのエラルティスの回答は――、


『――天におわす全能の神よ かの愚かなる邪悪の権化を 慈悲と断罪の光もて浄滅し給え!』


 魔族の全てを完全に無に帰するという、無情なる浄滅の聖句だった。

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