魔王と合図と狂運
「そ……そんな事よりも……」
ギャレマスは、自分に向けられた女たちの冷たい視線に辟易しながら、話題を逸らそうとスウィッシュに尋ねた。
「す……スウィッシュよ。お主……よくこの場所が分かったな。エラルティスが、何やら策を弄していたと言うておったが……」
「そう、それですわ!」
ギャレマスの問いかけに、エラルティスも声を荒げる。
彼女は、スウィッシュへ憤懣に満ちた目を向けながら、鋭い声で言った。
「わ……わらわの“いずこでも扉”を二枚使った策は完璧だったはず! たとえ、廃工場からジェレミィアの嗅覚を使って場所を探ったとしても、ここを特定するのにはかなりの時間を要するはずですわ。それなのに、なぜこんなにも早く……!」
「あぁ……それね」
スウィッシュは、険しい表情を浮かべて詰問するエラルティスの顔を一瞥すると、あっさりと答える。
「それはもちろん――陛下からの合図を見たから……」
「「合図?」」
「いや……エセ聖女はともかく、何で陛下まで驚いていらっしゃるんですか?」
スウィッシュは、目を丸くしているギャレマスの顔を見ながら、キョトンとした表情で首を傾げた。
「いや、だって……この場所を知らせて下さったのは、他ならぬ陛下では無いですか?」
「ファッ! よ、余が?」
スウィッシュの言葉を聞いて、思わず当惑の声を上げるギャレマス。
無理もない。そもそも彼は、サリアの監禁場所を知らせるような事をした覚えなど無い。
そもそも、廃寺院の天井をぶち抜いてこの部屋にダイレクト入室をしてから、ずっとエラルティスや警備の人間族たちと対峙していたから、とてもスウィッシュたちに向けて合図を送るなどという暇は無かったのだ。
(な……ならば、どうやって、スウィッシュは――?)
訝しんでいるギャレマスの反応に首を傾げながら、スウィッシュは天井にぽっかりと開いた大きな穴を指さした。
「いや……さっき、ここの上空で大きな雷の塊が爆発したじゃないですか? あれは、陛下があたしたちに向けて送ったメッセージだったんじゃないのですか? 『サリア様はここに居る』って意味の――」
「ふぇっ? あ……いや、あれは――」
「ま、まさかっ!」
スウィッシュの問いかけにおずおずと首を振りかけたギャレマスだったが、彼の声は、驚愕で裏返ったエラルティスの声によって遮られる。
聖女は、怒りでわなわなと身を震わせながら、刺すような目つきでギャレマスの顔を睨みつけた。
「あの時、空に向かって放った球雷……! あれは、てっきり足を滑らせての失投かと思っていましたが……。まさか、そう見せかけて、あの爆発光が仲間に向けた合図だったとは……! ズル賢い、さすが魔王ズル賢い。――悔しいですが、敵ながら、その狡猾さには感服いたしますわ……!」
「あ、いや……そ、そういう訳では――」
「あぁ! そういう事だったんですか、お父様っ!」
悔しがりながらも感心しているエラルティスの横で、柱に縛りつけられたサリアが、目をキラキラと輝かせながら声を弾ませた。
「あんな窮地にあっても、冷静な判断力で、この場のみんなを騙すなんて……!」
「あ……いや……」
「さすが、サリアの自慢のお父様ですっ!」
「は……は――ッハッハッハッ! そうとも! じ、実はそうだったのだ!」
突然、ギャレマスは高笑いし、偉そうに胸を張った。
「お……お主らの推察通りだ。あの光球雷起呪術は、決してすっぽ抜けた訳では無く、そう見せかけて、わざと上空に放ったのだ! そして、余の読み通り、スウィッシュたちにこの場所を知らせる事が出来た! これもすべて、余の計算の内! ハ、ハ……ハーッハッハッハッハッ!」
「すごいです~、お父様ぁっ!」
「お……おのれええ……ッ!」
呵々大笑するギャレマスに、満面の笑顔で喝采するサリアと、悔しげに地団駄を踏むエラルティス。
「……」
その一方――、ギャレマスの傍らに立つスウィッシュは、無言のまま、白けた目で主の横顔を見ていた。
彼女は、うっすらと察していたのだ。
(あー、これは、陛下の策略とかじゃないわね……)
――と。
(……多分、陛下は光球雷起呪術を普通にエラルティスに向けて放とうとしたけど、間違って空に向けて大暴投しちゃったんだ。その後、たまたま上空で爆発したのを、たまたまあたしたちが目にして、それをてっきり陛下からの合図だと勘違いして……)
スウィッシュはそう考えながら、やにわにこめかみを押さえ、大きな溜息を吐いた。
恐ろしいほどの偶然の連鎖と蓄積によって、現在の状況が出来上がったという事を認識した事で、思わず頭痛を感じたのだ。
こんな冗談みたいな奇跡の連続、普通ならばとても信じられない。
……だが、今回に限っては、そんな偶然の連続も不自然では無くなるのだ。
そう――この場に彼女がいるのならば。
「……」
スウィッシュは、呆れと安堵が入り混じった複雑な表情を浮かべながら、相変わらず柱に縛りつけられながらも、すっかり明るい表情を浮かべている囚われの姫の顔を見て、ぽつりと呟いた。
「相変わらず物凄いわね……。サリア様――“非運姫”の持つ、強運と凶運の力は……」




