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氷牙将と魔王と激怒

 「――ス―ちゃん!」

「ご無事ですか、サリア様ッ?」


 歓喜の表情を浮かべて叫んだサリアに、部屋の入り口に立った真誓魔王国四天王・氷牙将スウィッシュは必死の形相で尋ねた。

 無二の親友の問いかけに、サリアは目を潤ませながら大きく頷き返す。


「う……うん! サリアは元気だよ!」

「良かった……」


 言葉通り元気そうなサリアの様子に、スウィッシュは安堵の息を漏らす。

 だが、すぐに沈鬱な表情になって、柱に縛りつけられたサリアに向かって深々と頭を下げた。


「――申し訳ございません、サリア様……。あたしが不甲斐ないばっかりに、そこの不埒なエセ聖女にまんまと付け込まれて、御身を危険に晒す事に……。この失態に対する罰は、どんな事でも甘んじて――」

「ううん! 罰だなんてとんでもないよぉ!」


 項垂れるスウィッシュに、サリアはブンブンと首を横に振り、目の端から一筋の涙を流してから、一変して満面の笑みを浮かべる。


「助けに来てくれてありがとう、スーちゃん! 大好き!」

「サリア様……!」


 サリアの言葉に、スウィッシュは僅かに頬を赤らめながら頷いた。

 ――と、サリアが表情を変える。


「――って! サリアの事は後でいいから、お父様の事を……!」

「……!」


 サリアの叫びを聞いたスウィッシュも、ハッとした表情を浮かべて、部屋の中央のあたりで蹲っている黒いローブを着た男の方に目を向けた。


「す、スウィッシュか……!」

「――陛下ッ!」


 ギャレマスの声を聞くや否や、スウィッシュは弾かれるように主の元に駆け寄った。

 石床に膝をついているギャレマスの身体を抱きつくように支えたスウィッシュは、彼の顔をまじまじと見つめる。


「ご無事ですか、陛下っ? どこか痛むところなどはございませんか!」

「あ……ああ、案ずるには及ばぬ」


 ギャレマスは、息せき切って尋ねてくるスウィッシュの勢いに気圧されながら、首を横に振った。

 元気そうな主の様子に安堵の息を吐くスウィッシュだったが、彼の背中に光の矢が突き立っている事に気付くや、顔色を青ざめさせる。


「ああっ! お……お背中に矢が……っ! だ、大丈夫なんですかッ?」

「あ、ああ、平気だ。心配せずとも――」

「嫌です! 陛下の御身に万が一の事があったら、あたしはもう生きていけません! 陛下のいらっしゃらない世界で生きる意味なんて……!」

「いや……だから、平気だと――」

「陛下っ! お願いですから、逝かないで下さい! あたし……実は、陛下の事を――」

「ええいっ! 人の話を聞かんかっ! 余はこの通り、ピンピンとしておる! 勝手に瀕死にするでないッ!」

「えっ……あ! し、失礼いたしました!」


 辟易としたギャレマスが、声を荒げながらその場で屈伸運動をした事で、ようやく自分の早とちりに気付いたスウィッシュは、顔を赤らめながらペコペコと頭を下げたが、


「でも……良かった。陛下が元気で……」


 その顔は安堵で綻んでいた。

 ――と、その時、


「……アホみたいにイチャつくのは、その辺にして頂けますか?」

「――ッ!」


 自分たちに向けられた冷たい声を耳にしたふたりは、ハッとして声の上がった方に顔を向けた。

 そして、露骨な嫌悪と憎悪を露わにした聖女の顔を睨みつける。


「――エラルティス!」

「あなたたちふたりが爛れた関係なのは良ーく分かりましたから、そのあたりで乳繰り合うのはやめて頂けると助かりますわ。見てて不快です」

「だ……だだだ誰と誰が爛れた関係ですってぇッ?」


 エラルティスの言葉に、スウィッシュは《《ふたつの要因》》で顔を真っ赤に染めながら声を荒げた。


「あ……ああああたしと陛下は、そんなふしだらな関係なんかじゃないわよ! 誤解しないで!」

「そ……そうだぞ!」


 スウィッシュに続いて、ギャレマスも大きく首を横に振りながら否定する。


「よ……余とスウィッシュは、あくまで主従の関係でしかないぞ! だ、第一……余のような、人生の半ばを過ぎた冴えない子持ちの男やもめの事など、スウィッシュのような若い娘が好いてくれるはずが無――痛だッ!」


 言葉の途中で悲鳴を上げるギャレマス。

 隣のスウィッシュが頬をぷうと膨らませながら、彼の爪先を思い切り踏みつけたからだ。


「な……何をするのだ、スウィッシュよ……?」

「……別にッ! 何でもありませんッ!」

「いや……、明らかに余に対して怒っているようだが……余が何かしたか?」

「だからっ! 別に怒ってませんッ!」


 痛みで目尻に涙を浮かべながら当惑顔で尋ねるギャレマスの事を怒鳴りつけ、不機嫌そうにプイっと顔を逸らすスウィッシュ。

 だが、その言葉とは裏腹に、明らかに激怒している様子のスウィッシュに、ギャレマスは合点がいかない様子で首を傾げた。


「……やはり、怒っておるではないか。何が気に食わなかったのだ、スウィッシュよ?」

「うわあ……。ひょっとして、まだ気付いてらっしゃらないんですか、お父様……? それはちょっと、スーちゃんが可哀そう過ぎですよぉ」

「ふぇっ?」


 思わぬ方向から、呆れ交じりの非難を浴びせかけられたギャレマスは、驚いた顔をして、声のした方向に目を向ける。


「な、なんだ、サリアよ? 余は……そんなに酷い事をしたのか? 一体どんな……?」

「えっと……本当に自覚してらっしゃらないんですか? それはさすがに……娘としても、だいぶ引いちゃうんですけど……」

「ファッ?」

「……別に、穢らわしい魔族の貧乳娘ごときに同情する気は無いですけど、さすがに今のは無いですわねぇ……。いくらなんでも、男としてどうなのでしょう? 鈍いさすが魔王鈍すぎる」

「え、エラルティス? お……お主までぇ?」


 敵である聖女にまで真顔でのダメ出しをされてしまった魔王は、大いに狼狽えながら途方に暮れるのであった……。

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