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聖女と策と偶然

 「ふん……魔王如きが、神に祝福されし“聖女”たるわらわの名を軽々しく呼ばないで頂きたいですわねぇ」


 ギャレマスに声を聞いたエラルティスは、いかにも不快そうに、眉間に刻んだ皺をますます深くする。

 そして、部屋の石天井にぽっかりと開いた大きな穴を見上げた。


「……この酷い有様は、あなたのせいですか、魔王?」

「あ……ああ、そうだ……」

「まったく……卑劣で卑怯な魔族らしい、野蛮で乱暴で低脳な押し入り方ですこと」

「……」


 不満げに吐き捨てたエラルティスの言葉に、ギャレマスも憮然とした表情を浮かべる。

 そんな魔王の反応をよそに、エラルティスは訝しげに首を傾げながら、「ところで――」と、更に問いを重ねた。


「魔王……あなたは、どうしてここの場所が分かったのですか? あなたたち魔族どもはもちろん、あのシュータ殿やジェレミィア(犬女)にも追跡できないようにと、わざわざ希少な“いずこでも(ドア)”を二組も使って、“取引”の邪魔をされないように万全を期して選んだ……この廃寺院の事をどうやって突き止めたのですか、あなたはっ?」

「……えっ?」


 忌々しげに投げつけられたエラルティスの詰問に、当惑の声を上げ、目をパチクリと瞬かせるギャレマス。

 彼は気まずげな表情を浮かべ、微妙に視線をずらしながら、ぼそりと答える。


「いや……実は……。ここには、シュータと空中で戦っている最中に、たまたま空を飛んでいた古龍種に、出合い頭で吹っ飛ばされて落ちてきただけで……。べ、別に突き止めたという訳ではなくてだな……」

「……は?」


 ギャレマスの回答に、エラルティスの目は点になった。

 彼女は、眉間の皺を更に深くしながら、バツの悪そうな顔をしている魔王の顔を睨みつけ、低い声で言った。


「じゃあ、何ですの? わらわがあんなに苦労して考え上げた策を破ったのは、魔王の能力とか推理とかではなく……()()()()偶然に起こった、古龍種との衝突事故が元だったとでも言うのですか?」

「あ……う、うむ。……その、スマン……」

「……何ですのそれはああああああッ?」


 申し訳なさそうに謝るギャレマスに向けて、飛び出さんばかりに目を剥いたエラルティスは、手にした聖杖の石突を激しく床に叩きつけながら叫んだ。


「そんな……そんなふざけた理由で、わらわの完璧な策が……ッ!」

「って! お、お父様ッ?」


 歯噛みするエラルティスの声を遮るように、興奮で弾んだ声を上げたのは、柱に縛りつけられたサリアだった。

 彼女は、その紅瞳をキラキラと輝かせながら、父親に尋ねる。


「ひょっとして……その古龍種って……?」

「う……うむ」


 サリアの問いかけに、ギャレマスはコクンと頷いた。


「出会った瞬間に吹っ飛ばされたから、姿を見たのは一瞬だけだったが……。あの白い鱗は、間違いない。あの古龍種は……ポルンだった」

「ポルンちゃんが……!」


 ギャレマスの答えを聞いたサリアは、思わず瞳を潤ませ、声を震わせる。


「良かった……。あの指笛、ちゃんと聴こえたんだ……」

「……やっぱり、あなたが何かしてらしたのですね?」

「あ……」


 地を這う様に低いエラルティスの声を耳にしたサリアは、ハッとして口を噤む。

 だが、それはもう遅かった。


「あの時ですわね……。わらわ達が一斉に妙な頭痛を感じた……!」

「あの……ご、ごめんなさ――」

「ごめんで済んだら、神は要らないんですのよおおおおおおおっ!」


 サリアの謝罪の言葉は、エラルティスの発した絶叫によって掻き消された。

 エラルティスは、激しく肩を上下させながら、“聖女”という肩書にはおよそそぐわない、まるで悪鬼のような形相を浮かべてサリアとギャレマスの事を睨みつける。


「何なんですの、あなた達親子はッ! 魔王とその娘のクセに、すぐにゴメンゴメンと頭を下げて……! 魔王とその眷属としての矜持とかプライドとか……無いんですのッ?」

「あ……そ、そっちぃ?」


 荒ぶるエラルティスの口から溢れ出た言葉に、ギャレマスは思わずカクンとズッコケた。

 そんな彼のリアクションを見て、更に苛立ちを募らせたエラルティスは、石床を突き壊さんばかりに何度も聖杖の石突を叩きつけながら叫んだ。


「――警備の皆様、出番ですわよッ!」


 彼女の声に応じるように、部屋の出入り口から、二十人ほどの武装した人間族(ヒューマー)の男たちがワラワラと走り入って来た。

 彼らは、床に散乱する瓦礫を飛び越えながら、ギャレマスとサリアの周りをぐるりと取り囲んだ。


「む……」

「おーほっほっほっ! こうなったら、逆に好都合ですわ! 人間族(ヒューマー)の天敵を討ち取るにはね!」

「……ほう」


 高笑いするエラルティスの顔をジロリと見据えたギャレマスは、思わず苦笑を浮かべる。


「エラルティスよ……。本気で余を討ち取るつもり――いや、討ち取れると思っておるのか? これしきの兵数の人間族(ヒューマー)ごときで……」

「うふふふふ! 強がりをおっしゃい!」


 エラルティスは、ギャレマスの脚を聖杖で指しながら、勝ち誇った声を上げた。


「確かに、万全の状態のあなたでしたら、この人数でもとても太刀打ちは出来ないでしょうけど、今ならば別ですわ!」

「う……」

「恐らく、アヴァーシ上空でシュータ殿と戦った時の消耗に加え、例の古龍種だか何だかに打ち据えられたダメージが残っているのでしょう? 先ほどから、足元がおぼつかないですわよ!」

「あ……いや、これは……」


 エラルティスの鋭い言葉に、困ったように目を逸らすギャレマス。

 実のところは、単に目が回っているだけなのだが、それを正直に言ったら、またエラルティスが機嫌を損ねてしまう……と、ギャレマスは要らぬ気を回し、何も言わなかった。

 それを“消極的な肯定”と受け取ったエラルティスは、更に勝ち誇った顔をして、魔王の周囲を取り囲んだ警備の男たちに向けて高らかに叫ぶ。


「さあっ、あなたたち! 汚らわしい魔族の首魁にして、人間族(わらわたち)の宿敵・魔王ギャレマスを討ち取って、歴史に残る名声と、一生をかけても使い切れないほどの大金を掴むチャンスですわよ!」


 そう告げると、エラルティスは手にした聖杖の宝石が嵌め込まれた柄をギャレマスの方に真っ直ぐ向け、嗜虐的な薄笑みを浮かべながら命じた。


「――()っておしまい!」

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