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魔王と密約と瀕死

 「密約……?」


 ギャレマスは、シュータの口から出た意外な言葉に違和感を覚え、訝しげな表情を浮かべた。


「そ。密約――ナイショのお約束ってヤツだ」


 魔王を当惑させた張本人であるシュータは、にたぁりとゲスな笑みを浮かべながら頷く。

 つかの間、唖然としたギャレマスだったが、やがて腹を抱えて笑い出した。


「は……はは、ハ――ッハハハハッ! “伝説の四勇士”シュータよ、なかなか面白い冗談を言うではないか!」

「いや、冗談じゃねえし」

「カッハッハッハッハッ! 冗談では無いとな? ならば、余の圧倒的な力と強さを目の当たりにし、あまりの恐怖に気でも触れたのだな? さても哀れな男よ!」


 ムッとした顔をするシュータの顔を見ながら、魔王は更に大笑いする。

 そして、見せつけるように酷薄な笑みを浮かべながら、首を大きく横に振ってみせた。


「残念ながら、万が一……いや、億が一にもあり得ぬ! 栄光ある魔族の王たる余が、卑しき人族(ヒューマー)の勇者如きと何か約束を交わす事など、な! そもそも、今の貴様に、余に対し取引を持ち掛けられる資格なぞあると思うな! 身の程を知れ、この痴れ者めが!」

「……身の程、ねえ」


 魔王の一喝を受けても、シュータに怯んだり萎縮したりする様子は見られなかった。

 ただ、苦笑いを浮かべながら、やれやれと肩を竦めてみせただけだった。

 そして、ギャレマスに負けず劣らぬ尊大な態度で、階の下から彼の顔を見上げて言った。


「生憎だけどさ。その言葉、そっくりそのまま熨斗(のし)つけてお返ししてやるぜ。身の程を知れや、このへっぽこ魔王が」

「へ……へっぽこだと?」


 シュータから浴びせかけられた思いもかけぬ罵倒に、魔王は目を真ん丸にした後、その顔を朱に染めた。

 彼は、憤怒の形相を浮かべたまま、血を揺るがす大音声で絶叫する。


「おのれ、この無礼者め! もう赦さぬぞ! この魔王イラ・ギャレマスに向かって斯様に無礼な口を利いた事を後悔しながら、血と汚辱に塗れて不様に息絶えるが良いわ!」

「くく……」


 千年を生きる古代龍(エンシェントドラゴン)ですら恐怖を覚えるといわれる、魔王の嚇怒(かくど)を一身に浴びながらも、シュータに怯え竦む様子は見られない。

 むしろ、その軽薄な顔に皮肉交じりの笑みを浮かべ、余裕たっぷりの舌なめずりすらしてみせる。

 そして、右手を上げ、立てた人差し指をチョイチョイと動かしながら言い放った。


「御託はいいから、さっさとかかってきな、魔王様よぉ。――地べたを舐める羽目になるのは、果たしてどっちの方かねぇ……?」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 それから20分後――。


「ば……バカ……な!」


 全身から夥しい血を流し、不様な格好でうつ伏せに横たわっていたのは――魔王ギャレマスだった。

 彼は、磨き上げられた大理石の床に映る血塗れの己の顔を、信じられない思いで見つめる。


「そ、そんな……バカな! こ……この魔王イラ・ギャレマスが、いかに“伝説の四勇士”とはいえ、人間族(ヒューマー)の若造ひとりを相手に、手も足も出ないだと……?」


 彼はそう呟きながら、口の端から真っ赤な鮮血を垂らしながら、ヨロヨロと起き上がろうとする。

 ――が、その背中に凄まじい荷重がかかり、まるで潰れたカエルの様な格好で、再び床へと這いつくばせられる。


「何だよ、もう終わりかよ。口ほどにもねえな、まったく」

「ぐっ……!」


 あからさまに失望した声を頭上から浴びせかけられ、魔王は屈辱と激痛で顔を歪める。

 彼は、苦労しながら顔を上げ、侮蔑に満ちた表情を浮かべながら自分の事を見下している男の姿を睨んだ。

 その憎しみに満ちた視線を向けられたシュータは、その顔にあからさまな嘲笑を浮かべながら言った。

 

「つうかさ、“魔族を統べる、最強の中の最強の生物”とか、御大層な二つ名がついているもんだから、もうちょっと苦戦するかと思ったら、全然なのな。肩透かしもいいところだぜ」

「き……キサマ……こ、これ程までの力……どうやって身につけた……のだ?」


 言葉通り、心底ガッカリした声を上げるシュータに向けて、ギャレマスは率直に尋ねる。

 それに対するシュータの答えは、実にあっさりしたものだった。


「変な爺さんからもらった」

「は……?」


 シュータの答えを聞いたギャレマスは、思わず口をあんぐりと開ける。


「も……もらった? へ、変な爺さんから? そ……そんなバカな話があるか!」

「いや、だって事実だし」


 ギャレマスの言葉に、シュータは苛立ちを露わにし、眉間に皺を寄せた。

 しかし、彼の答えに納得がいかない魔王は、口元を引き攣らせながら声を荒げる。


「そ……そもそも、誰なのだ! そ、その……“変な爺さん”とやらは……?」

「いや、んな事知らねーよ。――まあ、でも」


 質問を重ねてくる魔王に対し、不機嫌そうに頬を膨らませるシュータだったが、顎に指を当てつつ言葉を続けた。


「あの爺さんに会って、このチート能力をもらったのは、俺が日本からコッチに転移させられた時だから……多分、この世界の神様か何かじゃねーの? 知らんけど」

「か、神だと? それに、ニ……“ニホン”? “転移”? ち、“ちーと能力”? な、何を言っておるのだ、キサマは……?」


 彼の口から飛び出す訳の分からない単語の数々に、ひたすら混乱する魔王。

 と、シュータがニヤリと笑うと、「まあ、そんな事はどうでもいいんだけどさ」と話題を変えようとする。


「さっき俺が言いかけてた“密約”の件だけどさ……。こんだけコテンパンにノされて、少しは素直に聞こうって気になった?」

「な……」


 相変わらず、人を食ったようなふざけた態度のシュータの口から紡がれた言葉を聞いた魔王は、目をカッと見開き、唇をギリギリと噛み締めた。


(た……たかが人間如きに、ここまで舐め腐った口を叩かれるとは……魔王として、これ以上ない恥辱……ッ!)


 ――だが、いかに悔しがろうと、今の自分の力では、シュータには到底敵いそうもない……。その事も、先ほどまでの戦いを経て、ギャレマスは痛い程理解していた。

 ならば……。


(このまま、こやつに侮られたまま討ち取られるくらいなら……いっそ!)


 彼は、即座に悲壮な覚悟を決めると、体の中に残った魔力を掻き集め、最後の力を振り絞った。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」

「お?」


 自分のかけた魔法陣の力に逆らいながら、ゆっくりと立ち上がったギャレマスの姿を見たシュータが、思わず声を上げる。

 幽鬼の様なオーラを纏いながら仁王立ちした魔王は、憎々し気にシュータを睨みつけながら、低い声で言う。


「ふ、ふふ……この魔王ギャレマス、どうやらここまでのようだ……」

「あ、いや」

「だが……余はタダでは死なぬ。“伝説の四勇士”シュータ……キサマの命も一緒に連れて行ってくれるわぁッ!」

「……ッ!」


 絶叫したギャレマスの意図を察したシュータの顔から、はじめて余裕の笑みが消える。

 それを見た魔王は、勝ち誇ったように破顔しながら、右腕で自分の左胸を貫き、己の心臓を鷲掴みにする。

 ――それこそが、歴代の魔王が連綿と伝承してきた、己が肉体と魂とを引き換えにして、確実に敵を屠り去る()()自爆技(切り札)だ!


「食らえ! 我が最高にして最後の禁術技! コゥーナ・ライ・マヤール・シンサ――!」

「――あ。そういうの、別にいいから」


 ギャレマスが、決死の思いで唱えようとした禁術技の暗誦は、シュータの一言と共に放たれた凄まじいエネルギー波によって、あっさりと遮られた。

 彼の巨体は、紅いエネルギー波によって冗談のように吹き飛び、背後の巨大な円柱に叩きつけられる。


「が、はぁ――ッ!」


 まるで昆虫標本の如く、大理石製の円柱に押し付けられた魔王は、苦悶の表情を浮かべながら、夥しい血と胃液を吐いた。


「が……が、は……がぁ……ッ!」


 なおも襲いかかるエネルギー波に圧され続け、背後の円柱と自分の胸骨にヒビが入る音を聴きながら、ギャレマスの意識は徐々に薄らいでいく――。


(だ……ダメだ……こ、このままでは……あやつに一矢を報いる事も出来ずに……死ぬ……)

「――いや、死なせねえって」


 失われかけた聴覚が、すぐ近くで紡がれた声を拾う。

 同時に、全身を温かいものが駆け巡るような感覚を覚え、あれだけ身体を苛んでいた痛みが、徐々に引いていく……!


(こ……これは……傷が……癒えていく……?)


 何が起こっているのか分からぬまま、自分が生命の危機から脱した事を悟り、魔王は固く閉じていた目を開いた。

 その視界に最初に入ってきたのは……、


「おい、魔王のオッサン……俺の断りなしに、勝手に死にかけてるんじゃねえよ」


 口の端を皮肉げに吊り上げ、軽薄な薄笑みを浮かべる、シュータの憎らしい顔だった――。

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― 新着の感想 ―
[一言] おい、魔王のオッサン……俺の断りなしに、勝手に死にかけてるんじゃねえよ」 そっち!!!? そうきます!!? あ、そうきましたか!!!? なるほどっ!!!!
[良い点] 果たしてナーロッパには熨斗は存在するのかw
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