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聖女と策略と囮

 「……サリア様……、どこ……どちらにいらっしゃいますか?」


 朽ちかけた木製の扉を阿鼻叫喚氷晶魔術(アイ・スクリ・イーム)で粉砕し、勢いよく室内へと駆け入ったスウィッシュだったが、探し求めていた少女の姿が見えない事に当惑と焦燥を感じ、ガランとした薄暗い部屋の奥に向かって何度も声をかける。

 だが、相変わらず彼女の呼びかけに応える少女の声は聞こえてこなかった。


「……」


 スウィッシュは、顔色を新雪のように真っ白にしながら、よろよろと部屋の中央に向かって歩を進め、そこに落ちていた布地の少ないビキニアーマーを拾い上げた。

 それは間違いなく、サリアが着ていたビキニアーマーで、まだ仄かに温もりが残っている。


「さ……サリア様、一体どこへ……」

「……ごめん、スッチー。まんまとエラリィにしてやられたみたいだ」


 ビキニアーマーを胸に掻き抱き、その場に力無くへたり込んだスウィッシュに、ジェレミィアがおずおずと声をかけた。

 そして、ぐっと唇を噛み、悔しげに顔を歪める。


「……多分、エラリィは、自分がサッちゃんを攫った事を知ったアタシたちが、魔王に協力する事を予想してたんだと思う。更に、アタシの鼻で追跡する事も見越した上で、サッちゃんが着ていたビキニアーマーをここに置いておいて、もう誰もいないこの場所に誘き寄せたんだ」


 彼女はそう言うと、自分たちが入って来た入り口の向こうに目を遣り、先ほど入り口で隻眼の男と交わした会話を脳裏に浮かべた。


 ――『この建物の中に、娘なんかいないぜ』


「――あれは、嘘じゃなかったんだ。あいつらは、アタシたちを少しでも長くここに足止めする為だけの目的でエラリィに雇われた――(おとり)だったって事か。誤算だったね……」


 ジェレミィアは、そう苦々しげに呟くと、自分の傍らに立っている、ピンク色に塗られた()()の大きな扉を見上げた。


「……もうひとつのアタシたちの誤算は、エラリィが使った“いずこでも(ドア)”が一対だけだと思い込んでた事。まさか……聖遺物(チートアイテム)の“いずこでも(ドア)”が、もう一対あったなんて……」

「……」

「エラリィは、あの控室にあった“いずこでも(ドア)”から、まずこの部屋に転移して、サッちゃんのビキニアーマーを脱がせてここに捨てた後、もう一枚の“いずこでも(ドア)”から、さらに別の場所に転移していったんだ……」

「……どこ!」


 それまで黙ってジェレミィアの言葉を聞いていたスウィッシュが、突然叫んで勢いよく立ち上がった。

 そして、その剣幕に驚いて目を丸くするジェレミィアの襟元を掴みながら、必死の形相で詰め寄る。


「“別の場所”って、一体どこッ? サリア様がいる場所はどこなのっ!」

「それは……」


 今にも零れ落ちそうな涙を目尻に浮かべながら尋ねるスウィッシュを前に、ジェレミィアは沈痛な表情を浮かべる。

 そして、顔を上向かせてスンスンと鼻を鳴らすが……すぐに力無く首を横に振った。


「……ゴメン。ここまで来るまでに結構頑張り過ぎたみたいで、嗅覚が随分と鈍っちゃってる……」

「え……?」

「サッちゃんとエラリィがここから半径五ケイム以内のどこかにいる事は確かだけど……それ以上は分からない……。ごめん、スッチー……」

「そ……そんな……」


 ジェレミィアの言葉を聞いたスウィッシュは、落胆して項垂れた。

 だが、すぐにキッと顔を上げると、ジェレミィアの傍らにあった“いずこでも(ドア)”を勢いよく開け放つ。


「ッ……!」


 そして、開いた扉の中に手を伸ばし、既に七色の膜が張っていて通り抜け出来ない事を確認すると、もうひとつの方の扉を乱暴に開けた。

 ――だが、


「……くっ!」


 もうひとつの扉も、さっき開けた扉と同じ状態になっているのを見たスウィッシュは、今にも泣きだしそうな表情を浮かべると、その場でがくりと膝を落とす。

 そして、手に持っていたサリアのビキニアーマーを胸に抱きしめながら、そのまま猫のように背を丸めた。


「す……スッチー……大丈夫……?」

「……う、うう……うううぅぅぅ~……」


 小さく丸まった背中をさすりながら、おずおずとかけられたジェレミィアの気遣いの声も聞こえぬ様子で、スウィッシュは肩を震わせながら嗚咽する。


「嫌です……サリア様……あなたが、いなくなってしまうなんて……あたしが、ちゃんとあなたを守ってあげられなくって……」

「スッチー……」

「……申し訳ございません……陛下……!」


 漆喰壁に四方を囲まれた薄暗い部屋の中に、悔恨と自責に塗れた少女の嗚咽がいつまでも響き渡っていた――。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 一方、その頃――。


 「うふふふふ……」


 ジェレミィアたちが押し入った廃精製所から数ケイムほど離れた草原の中にある、とある廃寺院の前庭に並んだ風化した墓石のひとつに腰を下ろし、ポシェットから真っ赤な口紅を取り出したエラルティスは、不敵な含み笑いを浮かべていた。


「そろそろ、あの無乳氷女と狼女は、わらわの用意した()()()()()()()()()を堪能してくれてる頃かしら?」


 そう愉しげに呟きながら、彼女は自分の唇に口紅を塗る。

 そして、神官服の隠しに手を入れると、今度は金色に輝く豪奢な懐中時計を取り出した。

 繊細な彫刻の施された上蓋を開け、現在時刻を確認したエラルティスは、満足げにほくそ笑む。


「あともう一時間もすれば、あの御方たちがここに着きますわ。わらわの計算では、ジェレミィアの異常な嗅覚であそこから魔王の娘の匂いを追ったとしても、一時間以内にここを嗅ぎつけるのは到底不可能……」


 そう独り言つと、彼女は口元に手の甲を当てながら、高らかに嘲笑(わら)った。


「おーほっほっほっ! ここまで全て、わらわの計画通りですわ! さっすが聖女(わらわ)。頭脳の冴えに、我ながら惚れ惚れしますわ~!」


 そして、エラルティスは傍らに置いていたガラスのゴブレットを手に持ち、満天の夜空に向けて高く掲げた。


「少し気が早いかもしれませんけれど、祝杯を上げる事にしましょう」


 ガラスのゴブレットになみなみと満ちたワインの赤色越しに暗黒の夜空に瞬く星を透かし見ながら、彼女はうっとりとした表情を浮かべ、「綺麗……」と嘆息する。

 そして、ゴブレットの縁に口を付けると、こくんと喉を鳴らしてワインを飲み干した。


「……ふぅ」


 エラルティスは、艶っぽい吐息を漏らしながら空になったゴブレットを置き、仄かに紅く染まった頬を緩ませる。

 そして、満天の星空の中で時折光り躍る稲妻を眺めながら、満足げに言葉を継いだ。


「伝説の魔王の稲妻が夜空で輝くのを眺めながら、その娘を掌中に収めた事を祝って頂くお酒……とってもとっても美味しいですわぁ……うふふふ」

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