魔王と極龍雷撃呪術と指示
「痛たたた……」
ギャレマスは、掌で発生させた小さな雷の直撃を受けて黒く焦げた鼻を擦りながら、彼の悶絶する様に腹を抱えて笑い転げているシュータに向けて、恨めしげな目を向けた。
そして、訝しげな表情で勇者に尋ねる。
「……で、何なのだ? 何が『あ、そうだ』なのだ?」
「ああ……」
ギャレマスの問いかけに、シュータは思い出したように頷いた。
そして、魔王の手元を指さしながら口を開く。
「確かにさっき、『雷系呪術を使っていい』とは言ったけどよ。アレだけは無しな。……何か、でっかい龍みたいに形を変えた稲妻を操って攻撃してくる、やたら派手なやつ」
「で、極龍雷撃呪術の事かッ?」
シュータの言葉に、ギャレマスは愕然としながら声を荒げる。
「い、いや! 本気で戦えと言ったのはお主であろうが! なのに、余の最大最強の奥義である極龍雷撃呪術は使うなとは……矛盾しておろう!」
「いいじゃねえかよ、最終奥義のひとつくらい」
「良くなどないわッ!」
ギャレマスは、目を血走らせながら怒声を上げた。
「い……以前、あのエラルティスにも言ったが――極龍雷撃呪術は、余の……“雷王”という二つ名の象徴なのだ! なのに……それを禁じられては――あ痛ぁっ!」
「うるせえな、テメエの二つ名だ象徴だなんざ知ったこっちゃねえんだよ」
口角泡を飛ばして抗議の声を上げるギャレマスの顔面に、高圧縮したエネルギー弾をぶつけたシュータは、めんどくさそうな表情を浮かべながら、眉間を押さえて空中で悶絶する魔王に「……つうかよぉ」と語りかける。
「むしろ、俺はお前の為を思って提案してやってるんだぜ?」
「は――? そ、それはどういう……」
シュータの口から出た意外な言葉に、ギャレマスは当惑の声を上げた。そんな彼に、シュータは更に言葉を重ねる。
「考えてもみろよ。俺は最初にテメエと戦った時点で、既にあの術を攻略済みなんだ。ここでもう一回、同じ術を撃ったところで、俺に前と同じように防がれるだけだぞ」
「ぐ――」
「しかも、前回その場に居合わせたのは、当事者である俺とお前のふたりだけだったけど、今回は違うんだぞ」
そう言うと、彼は下を指さした。
「アヴァーシに住む全住民。各地からオーディション大会の見物に来てたよそ者たち。更に、ニホハムーン州全土から続々と馳せ参じてくる兵隊たち。――今、地上で俺たちの事を固唾を呑んで見上げてる観衆は既に万単位になってて、更に時間が経てば、もっともっと増えるだろう」
「むぅ……」
「そんな大観衆の前で、ご自慢の最終奥義をあっさり破られて、カッコ悪いところを数万……下手したら十万超えの人間族たちに目撃されたりしたら、テメエの“雷王”という称号は地に堕ちるだろうぜ。それでもテメエはいいって言うのかよ、アァ?」
「……」
シュータの鋭い指摘に、思わず言葉を詰まらせるギャレマス。
だが、それでも彼は、憮然とした表情でブツブツと呟く。
「た……確かに、お主の言う事には一理ある。だがあの時は、その前に大分痛めつけられていたし、呪力も尽きかけていたし……それに、実は本気出して撃ってなかったりしたりして……」
「嘘つけや」
シュータは、不貞腐れた様な表情を浮かべながら紡がれたギャレマスの呟きを、バッサリと切り捨てた。
そして、大げさに肩を竦めてみせながら、呆れた様に言う。
「なんだそりゃ、『余はまだ本気出してないだけ』ってか? まったくよぉ……天下の魔王様が、いい歳こいてマンガ家目指す中年男みたいなヘタレた事言ってるんじゃねえよ」
「ぐ……グムー……」
ギャレマスは、シュータの言葉にぐうの音も出ず、悔しげに唸り声を上げた。
そして、探るような目で勇者の事を見ながら、おずおずと口を開く。
「……そんな事を言っておいて、実は『極龍雷撃呪術は派手過ぎるからダメ』とか、そういうくだらない理由なのではないか……?」
「ああ、もちろん、それもあるぜ」
「あるんかい……」
あっさりと首を縦に振ったシュータに、思わず呆れ声を上げるギャレマス。
彼は、大きな溜息を吐いて肩を落とすと、不承不承といった様子で頷いた。
「あ……相分かった。『派手過ぎるから』はともかくとして、お主の言う事にも一理ある。ここは、お主の指示に従うとしよう」
「そうそう。最初っからそう言っときゃいいんだよ、ボケ」
シュータはそう言うと、紅い魔法陣の上で軽く後方へ跳ね、ギャレマスから距離を取った。
「――じゃあ、始めようぜ。さっき言ったように、デスト何とかとかいう呪術以外なら、何を使ってもいいぜ。せいぜい派手に戦り合おうや!」
「……うむ」
ギャレマスは、シュータの声に小さく頷くと、身体の前で軽く両手を合わせ、掌に意識と呪力を集中させる。
「――雷あれ」
そして、先ほどと同じように、合わせた手をゆっくり離していくと、無数の小さな雷光が瞬き、闇に沈む魔王の顔を青白く照らし始めた。
ギャレマスは、手元で滾る無数の稲妻を見ると大きく頷き、それからシュータを金色の目で睨みつける。
「――では、参るぞ、“伝説の四勇士”シュータよ!」
「おう、かかって来いや、三下魔王」
まさに“雷王”と呼ばれるに相応しい雄々しさで叫ぶギャレマスに対し、シュータも“勇者”らしいふてぶてしさと余裕に満ちた薄笑みを浮かべ、金色に輝く目を細めた。
次の瞬間、
「はあああああっ! 舞烙魔雷術ッ!」
ギャレマスが両掌をシュータに向けるや、その掌中に閉じ込められていた無数の稲妻が、軛を解き放たれた猟犬の如き勢いでシュータに向かって襲いかかった――!
(……これで良し)
シュータは、反重力で襲い来る雷を紙一重で避けながら、同時に発動した“ステータス確認”で、ギャレマスの頭上に浮かぶ情報を読み取り、密かに安堵した。
彼の目には、いつもの二倍近い数値に跳ね上がっているギャレマスの基本能力値と、その能力異常亢進を齎している彼の“天啓”の名称が映っている。
(まさか……コイツの中にあんな“天啓”が潜んでいたとは思わなかったぜ。――もっとも、本人も気付いてないみたいだけどな)
他の術や技ならともかく、今の能力異常亢進がかかったステータス値で、ギャレマスが彼の最大必殺技である極龍雷撃呪術を放ったら、さしものシュータであっても抑える事は困難だ。
だからといって、“ステータス確認”で読み取った事実を、ありのままギャレマスに正直に伝える事に危機感を覚えたシュータは、何だかんだともっともらしい(もっともらしいとは言っていない)理屈をつけて、脅威となる極龍雷撃呪術の使用をギャレマス自らに封じさせたのだ。
(さて……)
シュータは、舞烙魔雷術を避けて生じた隙を狙ってギャレマスが放ってきた球雷を展開した防御魔法陣で弾き返しながら、ペロリと舌なめずりする。
そして、掌に新たな稲妻を宿すギャレマスの事を睨みつけながら、その顔に不敵な笑みを浮かべるのだった。




