魔王と雷系呪術と気配り
「な……なに……?」
ギャレマスは、シュータからの提案に、思わず言葉を失った。
そして、目を瞬かせながら、おずおずと訊き返す。
「ほ……本当か? 本当に、本気で戦っていいのか……?」
「ああ、いいぜ」
魔王の問いかけに対し、シュータはあっさりと頷いた。
そして、ギロリとギャレマスの顔を睨みつけながら言葉を継ぐ。
「……つかよぉ。テメエ、さっきから風系呪術しか使ってねえだろ? 何勝手に手ェ抜いてやがるんだよ」
「う……」
シュータの鋭い指摘と視線を受け、気まずげに目を逸らしたギャレマスは、落ち着かなげに顎髭を撫でつけながら、躊躇いがちに口を開いた。
「いや……決して手を抜いているという訳では無いのだが、その……雷系呪術は、風系呪術よりも強力で加減の利かぬものが多くて……」
「あぁ? テメエの操る静電気ごときに、この俺が倒せるとでも思ってんのか?」
「あ、いや……そうではなく……」
ギャレマスは、ドスの利いた声を上げたシュータに向け、慌てて頭を振ると、伸ばした指で下――地上を指さす。
「……余の雷系呪術の流れ弾で、街に居る人間族たちに被害が出るのを避けようと思ったのだ。それで、風系呪術だけで――」
「はぁ?」
ギャレマスの説明に、シュータは呆気に取られた様子で首を傾げた。
「テメエ、魔王のクセに人間族の事を心配してんのかよ? つうか、魔族にとっちゃ、人間族は敵以外の何者でもねえだろうが。そもそも、テメエが心配してやる筋合いなんて無くないか?」
「ま……まあ、確かにそうなのだが……」
シュータの鋭いツッコミを受けたギャレマスは、困ったような顔で頭を掻きながら言葉を継ぐ。
「そうは言っても、この街に住む下々の者たちに罪は無い。出来るなら、無駄な犠牲を出さずに済ませたい。たとえ、それが人間族であろうとも……。そう考えるのはおかしいか?」
「おかしいわ!」
ギャレマスの言葉に、シュータは苛立たしげに声を荒げた。
「テメエは魔王だろ? 魔王っていうのは悪逆非道で、敵だろうが味方だろうが、命の価値なんて鼻毛よりも軽いもんだって思ってるようなクソヤローだって相場が決まってるんだよ、昔っから!」
「……確かに、かつてはそのような王も存在していた」
魔王は、シュータの言葉に苦い表情を浮かべながら、ポツリと呟く。
「例えば――五百年以上前に“人魔精大鼎戦”を引き起こした元凶であるアザーム・ギャレマス王は、正にお主の言うような悪逆を極めし王だったと伝えられておる。……だが」
そこで一旦言葉を切ると、シュータの漆黒の目をじっと見据えながら、再び口を開いた。
「――七百年前に、当時の人間族の長が企てた奸計――いわゆる『黄昏の茶会事件』で騙し討ちにされたリヤク・ギャレマス王は、穏やかな気性で、争いを好まぬ性質であった。……だからこそ、人間族とエルフ族の嘘をあっさりと信じ、ノコノコ人間族領まで出向いて殺されてしまったのだがな……」
「ふ……フンッ! んな事知らねえよ!」
シュータは、ギャレマスの言葉を鼻で嗤うと、人差し指を立てて、くいくいと動かしながら言う。
「どうでもいいから、サッサと本気出せ。――大丈夫だって。こんな上空で戦ってりゃ、地上に被害なんて出ねえからよ。遠慮なく雷系呪術を使え」
「……というか」
怪訝な表情を浮かべたギャレマスは、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「……何でお主は、そこまで執拗に、余に雷系呪術を使わせようとするのだ?」
「何でって……分かんねえかなぁ」
ギャレマスの疑問を聞いたシュータは、オーバーに肩を竦めてみせると、大きく溜息を吐きながら答える。
「地味なんだよ」
「……は?」
シュータの口から出た予想外の答えに、ギャレマスの目は点になった。
そんな魔王の反応も気にせぬ様子で、勇者は言葉を継ぐ。
「今、夜じゃん。真っ暗じゃん。なのに……テメエが、空気を操るせいで目に見えない風系呪術ばっかり使ってくるから、ビジュアル的にクッソ地味なんだよ」
「は……はぁっ?」
ギャレマスは、シュータの言う事の意味が解らず、戸惑いの表情を浮かべた。
「じ……地味って……別に、それは戦いとは関係が無――」
「関係、大ありだ」
と、ギャレマスの言葉を遮ったシュータは、ギャレマスの事を睨むようにしながら訊ねる。
「そもそも――俺とテメエは、何で戦ってるんだっけ?」
「え? そ、それは――」
ギャレマスは、唐突な質問に一瞬言い淀むが、すぐにハッとして言葉を続けた。
「――スウィッシュとジェレミィアが、攫われたサリアを救出する間、地上の人間族たちの目を引き付ける為……!」
「それプラス、メヒナ渓谷のエルフ族たちが収容所から脱出する為の目くらましとして、だ」
シュータはそう言うと、自分とギャレマスの事を交互に指さしながら言った。
「要するに、俺たちは囮なんだよ。囮の役割は、さっきテメエが言った通り、周囲の目を、出来るだけ自分に集める事だ。だから、地味じゃあダメなんだよ」
「そ……そうか! それで、眩い光を放つ雷系呪術を使う事で、もっと派手に人間族たちの目を引きつけようと……!」
「そゆ事」
ギャレマスの声に、シュータはニヤリと笑って頷き、「……それに」とぼそりと付け加える。
「……もし万が一、今後アニメ化した時に、派手なシーンっていうのは必要だからな。めっちゃエフェクト効かせた迫力の3DCGが無いと、番宣のCMも作りづらいし――」
「ん、何か言ったか? “あにめか”? す……“すりーでぃーしーじー”とは?」
「……何でもねえよ。ただのメタネタだ。気にすんな!」
「……?」
苛立たしげに怒鳴ったシュータを前に、怪訝な表情を浮かべたギャレマスだったが、すぐに迷いが晴れた様な清々しい顔で頷いた。
「なるほど、そういう事か。そういう事なら得心がいく。――相分かった。さすれば、思う存分、本気で戦うとしよう」
「そうこなっくちゃな」
不敵に笑うシュータに微笑み返したギャレマスは、両掌に呪力を込めると、おもむろに両手を勢いよく打ち合わせた。
そして、
「雷あれ……ッ!」
と叫ぶと、合わせた掌をゆっくりと離していく。
バチバチと剣呑な音を上げながら、両手の間で無数の小さな稲妻が青白い光を瞬かせる。
――その時、
「あ、そうだ」
「んんっ?」
唐突に声を上げたシュータに驚き、肩幅くらいまで両手を広げたギャレマスが、一瞬意識を削がれる。
その途端、両手の間に収まっていたミニ稲妻が、まるで鎌首を上げた蛇のように跳ね、ギャレマスの鼻頭を直撃した。
「熱痛ぁあいっ!」
稲妻で鼻を火傷したギャレマスが悲鳴を上げて、全身を痙攣させながら大きく仰け反る。
一方、シュータは悶絶するギャレマスの姿を見て、愉快そうにケタケタと嗤うのだった。




