ハーフエルフと警備兵と精霊術
「な……なんだとッ?」
眦を上げて怒りを顕わにするファミィを前にして、兵たちは驚愕の表情を浮かべた。
「で……“伝説の四勇士”のファミィだと? ば、バカなッ!」
「う……嘘を吐くな! この嘘つきエルフめが!」
「ふぁ……ファミィは、どこかの火山の噴火に巻き込まれて死んだって聞いたぞ!」
「死んだ奴が、こんな所に現れる訳がねえだろうが!」
と、ファミィだと名乗った彼女の言葉を頭ごなしに否定する者もいれば、
「で……でも、金髪に蒼眼……そして、怖気を振るうほどの美貌……。確かに、噂に聞いていたファミィの特徴と一致する……」
「……それに、先ほどの風の精霊術――。ひょっとして、本当に……?」
客観的事実から、彼女の言葉を本当だと信じ始める者もいる。
――その時、顔にありありと苛立ちの表情を浮かべた巨漢の兵が、腰に差していた剣をスラリと抜き放った。
「……ええい、まだるっこしい! この女が“伝説の四勇士”なのか、それとも偽物なのかなど、どうでもいいわ! 今重要なのは、コイツの素性がどうとかいう事じゃなくて、エルフの分際でワシらに向かって攻撃を仕掛けてきたって事だ!」
「……ッ!」
「万が一にも、人間族の精鋭たるワシらが、エルフ族の女ひとりごときに後れを取る事などあってはならん! 何としてでも、この女にはさっきの狼藉の報いを受けてもらわねばならんのだ!」
「し……しかし……」
巨漢の兵が捲し立てた言葉にも、他の兵は躊躇を見せる。
「あ、アンタの言う事は、確かにそうなんだが……。ま、万が一、この女エルフが、本当に“伝説の四勇士”のファミィ本人だとしたら……正直、おれ達には――」
「フンッ! たとえもしそうだとしても、数はワシらの方がずっと多いのだ! 一気にかかれば、女の細腕で防ぎ切れるものではないわ!」
「……確かに!」
巨漢の兵の言葉に、他の兵たちも大きく頷いた。そして、一斉に腰の剣を抜き放つ。
そして、数の多さに気を大きくした彼らは、ジリジリと半円状に広がって、ファミィの事を取り囲んだ。
そして、下卑た笑みを浮かべながら、ファミィに好色めいた目を向ける。
「くくく……覚悟しろよ、エルフの姉ちゃん。いきがったアンタが悪いんだぜ」
「へっへっへ……安心しろ。すぐに殺しゃしねえからよ。その前に、さんざん気持ちイイ事してやって、幸せな気持ちでイカせ……逝かせてやるからな」
「今日が子守当番で良かったぜ。まさか、こんな役得があるとはなぁ」
「ぶっちゃけ、夢だったんだよな。エルフ相手に卒業とかさ……うひひ」
「え……卒業? それじゃお前、ひょっとしてど――」
「……訊くなッ!」
「あ……(察し)」
口々にそんな事を言ってニタニタと笑いながら、剣とナニをおっ立てている兵士たちを、軽蔑と侮蔑に満ちた顔で一瞥するファミィ。
彼女はフンと鼻で嗤うと、「かかってこい」とばかりに、掌を上にして人差し指をくいくいと曲げてみせた。
その明らかな挑発の仕草に、たちまち人間族兵たちは頭に血を上らせる。
「クソアマがぁっ!」
一際気短そうな禿頭の兵が、怒声を上げながらファミィに斬りかかった。
ファミィは、猛然と接近する禿頭の兵を見るや、両手を身体の前に掲げ、静かに霊句を唱える。
『応うべし 風司る精霊王 風鎌放ちて 全て薙ぎ断て!』
「なっ――!」
キィンという甲高い音と共に、禿頭の兵の驚愕の声が上がった。
彼は呆然として、真空の鎌鼬によって真っ二つに断ち割られた剣の切断面に映った己の顔を凝視する。
その次の瞬間、
「はぁっ!」
「ぐがっ……!」
禿頭の兵がたじろいだ一瞬の隙を逃さず、素早く間合いを詰めたファミィの放った掌底が、彼の顎を強かに砕いた。
堪らずその場に頽れる兵。ファミィは、その禿頭を踏み台にして、夜空高く跳躍する。
そして、滞空している間に、新たな霊句を口ずさむ。
『荒ぶるべし 風司る精霊王 その威を以て 吹き払うべし!』
空中で腕を大きく振りながら紡がれた、涼やかな彼女の声とは裏腹に、圧倒的な空圧を伴った轟風が、地上の人間族兵たちを容赦なく襲った。
「ぎゃ、ああああああああっ!」
「うおわぁあああああ~っ!」
「ぐふえぇ――ッ!」
地上に向かって吹き下ろされた凄まじい風が、霊句の通りに人間族たちを、まるでタンポポの綿毛のように吹き散らす。
そして、土埃が舞う地上に、ファミィが軽やかに着地した。
「……ふぅ」
乱れた金髪を手櫛で直しながら、ファミィは周囲を見回す。
ついさっきまで自分を取り囲み、自分に対する殺意と劣情で目をぎらつかせていた人間族たちは、ある者は小屋の木壁にめり込み、ある者は『託児所』の屋根の上まで吹き飛ばされ、ある者は木に引っかかってブラブラと足を揺らして、いずれも気を失っていた。
「……よし」
ファミィはそう呟くと、空気中を舞う土埃を煙たげに手で払いながら、“託児所”の鉄扉に歩み寄る。
彼女は扉にかけられていた閂を外し、ドアノブを捻るが――、
「ちっ……やっぱり、鍵が別にあるか」
彼女はそう独り言ちると、クルリと踵を返し、気を失って倒れている兵たちの懐をまさぐり始める。
「……持ってないか。――コイツもハズレ……失敗したな。攻撃する前に、鍵を持っている奴を特定しておけばよかった……」
そうぼやきながら、彼女は石壁に凭れかかる様に倒れている巨漢の兵の傍らに立った。
そして、それまでと同じように、彼の身体を検めようと手を伸ばす――その時、
「――捕まえたぜ!」
「キャアッ!」
突然、伸ばした手をむんずと掴まれたファミィは、思わず悲鳴を上げる。
そう、巨漢の兵は、気を失ってなどいなかったのだ。
「くくく……油断したな、女ぁ!」
彼は、頭から流れる血を拭う事もせず、凄惨な薄笑みを浮かべながら立ち上がると、手首を掴んだファミィの身体を宙吊りにするように掲げ上げる。
彼女の足が地を離れ、宙に浮く。
「くっ……は、放せっ……放せぇっ! 私に触るな! 私は、誇り高いエルフ族の――!」
ファミィの怒声は、唐突に途切れた。
巨漢の兵が自分の首に巻いていたスカーフを丸めて、彼女の口へ強引に突っ込んだからだ。
「もが……もがっ……!」
「美人なんだから、黙ってた方がお似合いだぜ。口の中がボロ布でパンパンで、まるでリスみてえだけどな、ヒヒッ!」
巨漢の兵は下卑た笑い声を上げながら、藻掻くファミィの身体を思い切り地面に叩きつける。
「か……はっ……!」
「そうそう。そうやっておとなしくしといた方が身の為だぜ」
背中に走った激痛のせいで苦悶の表情を浮かべるファミィに向かって皮肉げに言った巨漢の兵は、おもむろに彼女の身体の上に跨った。
「――ッ!」
これから彼が何をしようとしているのかを察したファミィの表情が、恐怖で強張る。
彼女は、兵の身体から何とか逃れようと必死で身体を捩るが、巨漢の圧倒的な力の前では文字通りの“無駄な足掻き”だった。
ならばと、霊句を紡ぎ、風の精霊術で窮地を切り抜けようと考えるが、男によって口の中に押し込められたスカーフのせいで、それも不可能だった……。
「むぐ――! むぅ――ッ!」
「くっくっくっ……恐怖で引き攣る美女の顔……いつ見てもたまんねえなぁ」
絶望的な状況で目に涙を浮かべながらも、それでも必死に抵抗するファミィの顔を見下ろしながら、巨漢の兵は嗜虐的な薄笑みを浮かべる。
そして、慣れた手つきでファミィの胸を覆う軽装鎧を無理やり引き剥がし、上衣の上から彼女の盛り上がった胸を揉みしだいた。
「――ッ!」
「ヒッヒッヒッ! いいねえ、やっぱり、女のおっぱいはでっかくねえとなぁ……」
そう呟きながら、助平丸出しの顔でべろりと舌なめずりをした巨漢の兵は、ファミィの胸から手を離す。
そして、彼女が着ている綿の詰まった上衣をはぎ取ろうと、その袷に太い指をかけるのだった――!




