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託児所と子どもたちと警備兵

 エルフ族収容所の警備兵たちの居住棟に隣接するように、一際大きな建物があった。


 人間族(ヒューマー)の警備兵たちから、皮肉と侮蔑を込めて『託児所』と呼ばれているその建物には、その呼称の通り、まだ幼いエルフ族の子どもたちが集められ、収容されている。

 だが、その建物は、“託児所”として使われていた訳では無かった。


 エルフ族の子どもたちが、強制的に親の元から引き離されて一棟の建物に集められた理由……。それは言うまでもなく、子どもたちをエルフ族に対する“人質”にする為であった。

 人間族(ヒューマー)たちは、まだ幼い子どもたちを自分たちのすぐ手元に置く事で、未だ人間族(ヒューマー)に対して反抗的な態度を取るエルフ族が、収容所内で反乱を起こす事を諦めさせようと考えたのだ。

 ――そして、その目論見は奏効した。

 彼らの両親はもちろん、元々繁殖力が低い上に、かつて大流行した伝染病のせいで人口が激減してしまったエルフ族という種族そのものにとっても、子どもたちは何物にも代えがたいほどに尊く貴重な存在だった。そんな存在をむざむざと危険に晒すような真似は、とても出来ない……。


 だが、エルフ族の子どもたちにとっては幸運だった事に、人間族(ヒューマー)たちは彼らの事を、心の中では秘かに蔑みつつも、表向きはとても丁寧に扱ったのだった。

 万が一、子どもたちの内のひとりでも傷ついたり死んだりしてしまったら、エルフ族は怒りに任せて一気に反乱を起こしてしまうかもしれない。

 ――もちろん、武器になりそうなものは収容所に入る前にあらかじめ没収してはいるが、彼らの中には精霊術を操る者も少なくない。

 万が一、彼らが精霊術を以て抵抗しようとしたら、人間族(ヒューマー)側は武力を以て鎮圧せざるを得なくなり、双方に多大な人的犠牲が発生してしまう事は大いに考えられる。

 地属性精霊術によるイワサミド鉱山でのミスチール鉱石増産を果たす為には、術士であるエルフ族の数を減らすような真似は出来るだけ避けねばならない。

 そういった打算が働いた結果、エルフ族の子どもたちは、人間族(ヒューマー)の厳しい監視の下ではあったものの、そこそこ不自由のない暮らしが出来ていたのだった。


 ――だが、

 まだ甘えたい盛りに、大好きな両親の元から無理矢理引き剥がされた子どもたちにとっては、そんな待遇などはどうでも良く、ただただ『はやくおとうさんとおかあさんにあいたい』という望みだけが、その小さな胸の中を占めていたのだった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「うぅ……おかあさん……」

「さみしいよぉ……あいたいよぉ……」

「ヒック……おとうさん、むかえにきて……」


 今夜も、“託児所”からは、一番大きな部屋に寝かされたエルフ族の子どもたちのすすり泣く声が、あちこちから上がっていた。


「……チッ!」


 部屋の扉の前にどっかりと腰を下ろして暇潰しのカードに興じていた見張りの兵は、扉の向こうから聞こえてくるたくさんの泣き声に、思わず舌打ちする。


「……たくよぉ! よくもまあ、毎夜毎夜飽きもせずにシクシク泣き続けられるもんだ! 辛気臭えったらありゃしねえ!」

「まったく……他の()()()たちは、本隊がアヴァーシに出払った事をいい事に、今ごろ酒でもかっ食らってるんだろうなぁ……。何でこんな日に限って“子守り”当番なんだよ……ツイてねえ」


 彼の勝負の相手であるもうひとりの兵が、手札を選びながらボヤく。その傍らには液体が入ったジョッキが置かれているが、あいにくと中身はワインではなく、ただの水だった。

 と、ふたりの勝負を見守っていた髭面の兵が、声を顰めて言った。


「……おい! こっそりワインを持って来て、一杯()らねえか? 今日はもう、こんな所にゃ朝まで誰も来ねえだろうからよ。」

「止めとけ止めとけ」


 そう言って髭面の兵の事を止めたのは、剣の刃をボロ布で磨いていた白髪頭の兵だった。

 彼は、他の兵を牽制するように鋭い目で一瞥すると、声を顰める。


「……つい一昨日も、ここで子守りしながらワインを引っかけてた奴らが、まんまとバレて重営倉を食らったのを忘れたのか? いくら本隊が留守だって言っても……いや、だからこそ、同じ事をしたのが露見したら、もっと重い罰を与えられるぞ」

「うへぇ……でも、そりゃそうか」


 最初に声を上げた兵が、手札から一枚抜いた札を場に出しながら、辟易とした声を上げた。

 そして、横にある大きくて頑丈な鉄扉をチラリと見てから、溜息交じりの声で言う。


「ここは、他の場所とは重要度がダンチだからな。万が一にも、エルフのガキどもが逃げ出すような事があっちゃあいけねえからな」

「そういう事だ。なにせ、大事な()()()どもだ」


 そう、髭面の兵がおどけた調子で言うと、下卑た笑いが起きる。

 ――だが、


「……妙だな」


 ふと、白髪の兵が怪訝な表情を浮かべた。

 そして、鋭い目で周囲を見回す。


「……やけに静かじゃないか?」

「えぇ……?」


 白髪の兵の言葉を聞いて、他の兵たちも耳を澄ましてみる。

 ――確かに、夜闇に包まれた周囲は、いつもは聞こえる兵士たちの生活音や会話の声が全く無く、虫と蛙の声しか聞こえなかった。


「確かに……」


 異変に気付いた兵たちは、一瞬不安げに顔を見合わせるが、


「そらそうよ」


 という髭面の兵の声に、ハッとした表情を浮かべた顔を向ける。

 一斉に視線を浴びた髭面の兵は、涼しい顔でジョッキの水を呷ってから、事もなげな顔で言葉を継いだ。


「今夜は、非番の兵も含めて、収容所(ここ)の警備兵の殆どがアヴァーシまで駆り出されてるんだぜ。いつもより静かに決まってるじゃねえか」

「ま、まあ……確かに」

「今ここに残ってるのは、あばら屋に押し込んだクソ忌々しいエルフ族どもと、貧乏籤を引いちまった俺たち留守番。――あとは、そこで『かあちゃんが恋しい』って泣いてるクソガキどもだけだよ」


 髭面の兵は、そう言って鉄扉を指さすと、不愉快そうに顔を顰めた。

 そして、持っていたジョッキを鉄扉に叩きつける。

 ジョッキが割れるけたたましい音が上がると同時に、扉の向こうから上がるすすり泣きがピタリと止まった。


「うるせえぞ、虚弱種族のゴミガキどもめが! いつまでもビービー泣いてんじゃねえぞ! 力づくで黙らされたくなかったら、さっさと寝やがれバカヤローッ!」


 髭面の兵が張り上げた怒声にも返事はなかったが、それでも、必死で押し殺している様な嗚咽が微かに漏れ聞こえてくる。

 と、白髪の兵が、険しい表情を髭面の兵に向けた。


「……おい! やり過ぎだぞ! エルフ族とはいえ、相手は子どもだぞ!」

「子どもだろうが、相手はエルフ族だぞ!」


 白髪頭の兵の叱責に、髭面の兵は不満を露わにして怒鳴り返し、傍らに置いた剣を引っ掴むと、憤然とした様子で立ち上がった。


「おい! 何をする気だ、お前――」

「あぁ? 別に何もしねえよ」


 慌てて問い質す同僚たちに、髭面兵は口元に獰猛な笑みを浮かべながら答える。


「――ただ、もう少しお行儀よく眠れるよう、奴らのパパやママの代わりに、クソガキどもを軽く躾けてやろうってだけだよ……」

「……ッ!」


 髭面の兵の目が、まるで熱に浮かされた様な狂的な光を宿らせているのを目の当たりにして、その場に居た者は言葉を詰まらせた。

 これ以上、彼を苛立たせたら、今度は自分たちが彼の憂さ晴らしの標的になる――そう確信したからだ。

 兵たちは黙りこくったまま、気まずげに視線を逸らす。


「……あまりやり過ぎるなよ」

「分かってるよ」


 申し訳程度に釘を刺す仲間の声に、まったく心の籠もっていない返事をしながら、髭面の兵は鉄扉に近付き、外から掛けられた大きな閂を外しにかかる。

 ――その時、


(こた)うべし 風司(かぜつかさど)る精霊王 その手を振りて 風波(かざなみ)立てよ!』


 そう謡う若い女の声が兵士たちの耳朶を打つと同時に、凄まじい轟風が“託児所”に向かって吹きつけた。


「ぐげ――ッ!」


 その凄まじい風圧をまともに食らい、その身体を硬い鉄扉に叩きつけられた髭面の兵は、まさにカエルが潰れた時のような悲鳴を上げ、気を失う。


「うおっ!」

「な……何だッ?」

「くっ……目に砂が……!」


 彼以外の兵も、巻き起こる轟風に煽られ、大きくよろめきながら、驚愕の声を上げた。

 ――そして、彼らの耳に、コツコツと近付くブーツの足音が聞こえてくる。


「だ……誰だ!」


 兵たちはたじろぎつつも、一斉に剣を抜き、足音の聞こえてきた闇の向こうに向けて構えた。


「今の風……精霊術だな? き、貴様、エルフか?」

「……」

「お……俺たち人間族(ヒューマー)に逆らうと、どうなるか分かっているのかっ? こ、後悔する事になるぞ、この狼藉者めが!」

「……狼藉をしているのは、どちらの方だ」

「――ッ!」


 闇の向こうから返ってきた若い女の声に漲る怒気に、兵たちは思わず気圧される。

 そして、闇の中から姿を現した“狼藉者”の姿を見て、思わず息を呑んだ。


「……はじめは、お前たちも他の人間族(ヒューマー)たちと同様に、気付かない内に眠らせてやろうと思ってたけど――気が変わった」


 軽装鎧に身を包んだ若い女のハーフエルフは、その長く美しい金髪を僅かに逆立たせ、蒼玉(サファイア)のような瞳を憤怒で輝かせながら、凛とした声で叫んだ。


「たとえ異種族だろうと、まだ幼い子どもたちに平気で手を上げようとする貴様らには、この私――“伝説の四勇士”ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールが、存分に痛い目を見せてやることにする! 覚悟しろ、この品性劣悪ド外道下衆人間族(ヒューマー)どもッ!」

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