重装兵と攻撃と指示
「うわああああっ!」
突如として現れた魔王を討ち取るべく、狭い部屋に詰めかけた重装兵たちの間から、驚きに満ちた絶叫と悲鳴が上がる。
自分たちの事をずっと遮っていた旋風がようやく弱まり、その中心で魔王と対峙している勇者シュータの元に駆けつけようとした矢先、突如鳴り響いた轟音と共に、部屋の天井が千々に吹き飛んだのだ。
重装兵たちの頭上に、天井だった木材の破片が雨のように降り注ぐ。
「ぐ、ぐううううっ」
「痛っ!」
「み、身を低くしろ!」
「盾を持った者は、頭上に掲げるのだ!」
兵たちの上げる悲鳴と、鉄製の兜や鎧や盾に木材の破片が当たって奏でる甲高い金属音で、部屋の中は一時騒然となった。
だが、その喧騒は長くは続かず、破片もすぐに降り止んだ。
破片から身を護ろうと、頭を押さえて蹲っていた兵たちが、恐る恐る顔を上げる。
「い……一体、何が……?」
彼らは呆然としながら、頭上を見上げた。
ついさっきまであった天井は跡形もなくなり、星が瞬く夜空が見える。
そして、その真ん中には、漆黒のシルエットと紅く輝く光が――!
「あ……あれは!」
「間違いない……! 勇者シュータ様と――」
「――魔王だあっ!」
兵たちの口から、歓声と恐怖の声が上がる。
その声の通り、彼らの頭上遥かで浮遊しているのは、反重力の魔法陣を足元に展開した勇者シュータと、背中の黒翼をいっぱいに広げ、羽搏かせている魔王ギャレマスだった。
かなり上空にいるのか、地上から見たふたりの姿は、親指ほどの大きさしか無い。
「え……ええいっ!」
頭上の光景に、一瞬呆然とした兵たちだったが、上ずった指揮官の声でハッと我に返る。
指揮官は、上空の黒いシルエットを指揮棒で指しながら、金切り声で叫んだ。
「何をしている! 矢を番え、魔王に向かって放て! 地上から勇者殿の援護をするのだ――」
「無駄だって。止めときな」
「――なにぃっ!」
指揮官は、自分の声を途中で遮った冷ややかな声に怒気を露わにし、目を剥きながら周囲を睥睨する。
「今のは誰だ! ワシに向かって、そのような無礼な口をきいた無礼者は――」
「はーい、アタシだよ~」
「――ッ!」
自分の怒気を更に逆立てる、軽薄な調子の声を聴いた指揮官は、その顔を朱に染めながら、憤然と声のした方へ頭を巡らせた。
そして、発言者の姿を見止めた瞬間、その動きと表情が凍りつく。
「こ……これは……じぇ、ジェレミィア……殿? てっきり、あなたも勇者殿と一緒に戦っていると思っていたのですが……」
「ううん……あ、いや」
驚く指揮官の問いかけに、“伝説の四勇士”のひとりである狼獣人の娘は、はにかみ笑いを浮かべながらコクンと頷いた。
そして、その栗色の瞳を中空に彷徨わせながら、どこか探るように言葉を継ぐ。
「ええと……そうそう。確かに、さっきまで風の中でシュータと一緒に魔王と戦ってたんだけどさ。アタシは空を飛べないから、置いてけぼりにされちゃったんだよ、ウン」
「さ……左様でしたか」
ジェレミィアの言葉に頷いた指揮官だったが、すぐにその表情を険しくさせた。
そして、責めるような口調でジェレミィアに言う。
「で……ですが、何故我らの攻撃を『無駄』だと止めたのですかッ?」
「いや……だって」
指揮官の抗議の声に、ジェレミィアはスッと上空を指さし、苦笑いを浮かべながら言った。
「ここから矢を放っても、あの高さまでは届かないでしょ? だから『無駄だよ』って言ったんだよ」
「ぐ、む――?」
ジェレミィアの言葉に、指揮官は大きく目を見開くと、慌てて上を見上げる。
――確かに、彼女の言う通り、ふたりが浮いている高度は、彼らの持つボウガンの有効射程距離を遥かに超えているように見えた。
それを悟った指揮官は、憮然とした表情を浮かべつつ、しぶしぶといった様子で頷く。
「……確かに、そのようですな。で……ですが、それなら我らはどうすれば――」
「ええと……」
指揮官の問いに、目を泳がせ、言葉に詰まったジェレミィア。
その時、彼女の背後に隠れるように蹲っていた人影が立ち上がり、彼女に顔を近付けると、その耳元に二言三言囁きかけた。
途端にジェレミィアは目を輝かせ、咳払いをひとつすると、指揮官に向かって言う。
「――確か、シュータが言ってたよ。『何もしないで、俺の戦いを見てろ。それで、俺が魔王を地上に叩き落としたら即フクロにできるように、予め準備しておけ』……ってね」
「な……なるほど! 了解しました!」
指揮官は、ジェレミィアの言葉に大きく頷いた。
そして、周囲の兵たちを見回すと、
「――よし! ここはジェレミィア殿のおっしゃる通り、勇者殿が魔王を地上に追い落として下さるのを地上で待つのだ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
指揮官の声に、兵たちは声を揃えて応じる。
――と、その時、
「あの……ジェレミィア様」
ひとりの兵が、おずおずとジェレミィアに声をかけると、彼女の背後に立っている蒼髪の少女を指さした。
「ええと……そ、その娘は――」
「あ――」
兵の言葉に、ジェレミィアはハッと表情を変え、背後の少女――スウィッシュはビクリと身体を強張らせる。
そんなふたりの様子に気付いてか、兵士は訝しげな表情を浮かべた。
「……もしかして、その娘は――」
「……」
兵士の言葉に、スウィッシュはつと目を逸らす。
その態度を見た兵士の顔が、ますます険しくなっていく。
「まさか――」
(……マズい。あたしが魔族だと見破られた……?)
羽織ったローブの襟で顔を隠すようにしながら、スウィッシュは焦り始める。
スウィッシュは、ギャレマスやサリアとは違って頭から角は生えておらず、背中に翼も生えていない。外見は人間族とほとんど区別がつかない――はずだ。
(だけど……相手は人間族正規軍の兵士……。もしかしたら、外見以外で人間族と魔族を見分ける方法を知っているのかもしれない……)
スウィッシュはそう考えながら、こっそりローブの中に隠した左掌に魔力を集め、すぐにでも氷系魔術を発動できるようにして、万が一に備える。
一方、兵士は、ローブで隠れたスウィッシュの顔を覗き込もうと首を伸ばす。
そして、カッと目を見開いた。
「――ッ! や、やっぱり……アンタは!」
(……バレたッ? こうなったら――先手必勝!)
「――オーディションに出てた……スーちゃんッ!」
「氷筍造成魔――へ?」
兵士の上げた声に、氷筍造成魔術を放とうとしたスウィッシュの動きが止まる。
目を丸くするスウィッシュに、兵士は目を輝かせ、興奮で上ずる声で言った。
「お、オレ、オーディション観てました! あの……あなたのファンになっちゃいましたッ!」
「ふぇ、ふぇっ?」
驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げるスウィッシュ。
そんな彼女に、顔を紅潮させた兵士は手甲を脱いだ手を差し出す。
「あ……あのっ! お、応援してますッ! 握手して下さいッ!」
「は、はいぃっ?」
「――おいっ! てめえ! 何ひとりで抜け駆けしてるんだッ! ……スーちゃんさん、是非自分にもお願いしますッ!」
「アッ! 小官はサインを……! ちょうど、ここに紙と筆がありますので!」
「お、俺には、鎧の胸の部分にお願いします! 『チャスカさんへ』って入れてもらえると最高ですっ!」
「私には、『このブタ野郎!』って、口汚く罵って下さいぃッ!」
ひとりの兵士の言葉をきっかけに、部屋にいた他の兵たちも一斉にスウィッシュの元へと押し寄せた。
「ちょ、ちょっ……!」
スウィッシュは、目をキラキラ……もとい、ギラギラと輝かせながら自分へ殺到してくる兵士たちに慄きながら、必死で叫んだ。
「あ、あの……い、いっぺんに来られても無理っ! ひとりずつ順番に対応しますから、一列に並んで下さいっ!」




