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聖女と存在と理由

 舞台裏の部屋の中央に忽然と立っていた、“伝説の四勇士”のひとりにして聖女であるエラルティス・デュ・ヤーミタージュは、その美しい顔に酷薄な薄笑いを浮かべながら、サリアとスウィッシュに見下すような目を向ける。


「……」


 そんな彼女の、まるで蛇のような冷たい視線を受け、微かに背中に寒気が走るのを感じたスウィッシュだったが、それでも気丈に睨み返し、殊更に平静を装いながら口を開いた。


「あなた……ゲストだか特別審査員だかで、ステージの上に居たんじゃなかったっけ?」

「……ふ」


 スウィッシュの問いかけに対し、エラルティスは皮肉気に口の端を吊り上げると、吐き捨てるように答える。


「何で、崇高で清廉なる聖女であるわらわが、あんなかったるくてくだらなくて頭の悪いイベントに何時間も付き合わされなきゃいけませんの? あんなの、審査が始まった途端にブッチしてやりましたわよ」

「……」

「ねえねえ、エッちゃん?」


 エラルティスの口から出た、およそ聖女らしからぬ棘のある物言いに思わず絶句するスウィッシュの代わりに声を上げたのは、彼女とは正反対の親しげな微笑みを浮かべたサリアだった。

 一方、彼女に“エッちゃん”呼びされたエラルティスは、露骨に顔を顰める。


「ちょっと! 愚かしい魔族のクセに、わらわの事をそんな気安く呼ばないでもらえませんか?」

「あ、ゴメンゴメン。それでさエッちゃん」

「……」


 クレームを入れた傍から、再び“エッちゃん”呼びされたエラルティスのこめかみにビキビキと青筋が浮かぶが、サリアは気付かぬ様子で言葉を継ぐ。


「あのさ、エッちゃんは、今何でここに居るの?」

「――そうよ!」


 サリアの口から紡がれた疑問の言葉に、スウィッシュも大きく頷いた。


「あなた……今回の作戦では、あなたは勇者シュータと一緒になって、陛下と戦う()()を打つはずだったんじゃなかったっけ?」

「ふふ……ああ、確かにそうでしたわね」


 スウィッシュの問いに対し、エラルティスは鼻で嗤いながら肩を竦めてみせる。


「でも、しょうがないじゃないですか? 作戦が始まるのは、もっと遅くなってからのはずだったでしょ? それを――時計もロクに読めないからなのか知りませんけど、そちらのボンクラ魔王が、まだわらわがステージに戻っていないのにもかかわらず、勝手に始めてしまったんですもの、ねえ」

「ちょ! だ、誰の事がボンクラですって――」

「――それに」


 と、エラルティスは、激昂するスウィッシュの声も聞こえぬように言葉を継いだ。


「表で魔王が派手な芝居でわらわたちを引きつけている間に、裏で二匹の雌ドブネズミがコソコソ悪さをしてやしないかって心配になりましてねぇ……」

「なッ……!」


 嫌味たっぷりの物言いと共に、皮肉と侮蔑と嘲弄が混ざった視線を向けられたスウィッシュは、あまりの侮辱に一瞬虚を衝かれたが、すぐに眉を吊り上げ、憤怒で顔を朱に染める。

 そして、憤然と叫んだ。


「何を言っているのよッ! あたしたちがそんな事するはずがないでしょうッ!」

「ふん、どうでしょうねぇ。邪な魔族の言う事なんか、信じられたものじゃありませんわ」

「この……っ!」

「スーちゃん!」


 エラルティスの無礼な態度にギリリと歯噛みするスウィッシュの腕を掴んで押し止めたのは、サリアだった。

「ダメだよー。エッちゃんと仲良くしなきゃ」

「で、ですが……この女の言い草は、あまりにも――」

「まあ……確かに、ちょっと厳しいよねぇ」

「ですよねっ? やっぱり、伝説の四勇士(こいつ)魔族(あたしたち)は敵同士――」

「でも、今は同じ作戦を進める仲間だよ。だったら、仲良くしなきゃ」

「う……でも……」


 諭すようなサリアの言葉に、思わず答え淀むスウィッシュ。

 彼女は、固く目を瞑って大きく息を吐くと、カッと目を見開き、憮然とした表情で立っているエラルティスに怒鳴った。


「――もういいわ! だったら、いつまでもそんな所に突っ立ってないで、さっさと外の陛下たちに合流しなさい! あたしたちも、着替えたらすぐに向かうから!」

「はいはい」

「……?」


 てっきり文句だか不満だかが返ってくると思っていたスウィッシュは、エラルティスがあっさりと頷いた事に拍子抜けした。

 そんな彼女の事を横目で一瞥したエラルティスは、再びその口元に皮肉げな笑いを浮かべながら口を開く。


「分かりましたわよ。正直、ファミィさんのエルフ族やあなた方魔族がどうなろうと知ったこっちゃありませんけど、相応の見返りが貰えるんでしたら、喜んで芝居を演じて差し上げますわ。――まあ、わらわはこの世界唯一の“聖女”ですから、“演じる”事は慣れっこですしね……」

「……」


 エラルティスが漏らした意味深な言葉と、その顔を一瞬過ぎった“憂い”の表情を目の当たりにしたスウィッシュは、思わず当惑する。

 そんな彼女には構わず、歩き出しかけたエラルティスは、ふとサリアの方に目を遣った。

 ――そして、彼女の肩のあたりを指さして声をかける。


「……あら、あなた。髪の毛が肩当ての金具に絡みついちゃってますわよ? そのままじゃ、着替える時に痛い思いをしちゃいますわ」

「え、ホント?」


 エラルティスの言葉に、サリアは驚いた表情を浮かべ、自分の肩に手を触れた。


「えと……どこかな? 分かんない……」

「ちょっと、こっちにおいでなさいな。わらわが(ほど)いて差し上げますわ」

「あ、うん! ありがと、エッちゃん!」

「……あッ! ちょ、ちょっと待って下さい、サリアさ――」


 サリアの弾んだ声で、ハッと嫌な予感に駆られたスウィッシュが慌てて制止しようとするが、それは少しだけ遅かった。

 彼女が伸ばした手は、サリアの身体に触れる事無く空を掻き、彼女の主は小走りで翠髪の聖女の元へと向かう。


「お願いします、エッちゃん!」

「ふふ……分かりましたわ」


 サリアに向けて微笑みながら頷いたエラルティスは、手でジェスチャーを交えながら言った。


「じゃあ……ちょっと後ろを向いて下さるかしら?」

「はーい!」


 エラルティスの言葉に素直に従うサリア。

 自分に向けてサリアが背を向けた瞬間――エラルティスがニヤリとほくそ笑んだ。


「――ッ!」


 エラルティスの顔に浮かんだ薄笑みを見た瞬間、スウィッシュは自分が感じていた“嫌な予感”が気のせいでは無かった事を確信する。

 彼女は、サリアの背後に立ったエラルティスが懐から素早く何かを取り出したのを見た瞬間、


「サリアさ――!」


 咄嗟にサリアに向けて叫ぶが、それはあまりにも遅すぎた。

 エラルティスが、白銀色に輝く何かを持った手を少女の細い首元に回した瞬間、“ガチリ”という固い金属音が聞こえた。

 ――そして、


「あ……っ」


 という微かな声を上げたサリアは、まるで糸の切れた操り人形のように、力を失ってその場に崩れ落ちるのだった。

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