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娘と思慕と恋慕

 話は、それから十分ほど前に遡る――。


「……みんな、行っちゃったねぇ」


 と、ガランとしただだっ広いステージ裏の部屋に取り残されたサリアは呟くと、困惑と苦笑が綯い交ぜになった表情を浮かべながら、ちょこんと首を傾げた。


「そうですね……」


 そんな主の言葉に、傍らに立っていたスウィッシュも、彼女と同じ顔でこくんと頷く。


 つい先ほど、会場を昼間のように照らし出した数条の閃光と、同時に辺りに轟いた凄まじい雷鳴。

 このステージ裏に居合わせた大会スタッフやオーディション参加者たちは、突然の落雷に大いに驚いたが、その後すぐ、泡を食って現れたひとりのスタッフによって「伝説の魔王が襲来してきた!」という凶報が齎された事で、ステージの観客と同様に、収拾不可能なパニックに陥った。

 人々は恐れ慄きながら、着の身着のままで一目散に逃げ去り――、後にはビキニアーマー姿のままのサリアとスウィッシュだけが取り残された……というのが、現在の状況である。


「……」


 スウィッシュは、そこかしこに衣服や小物が床に散乱している、先ほど巻き起こった大混乱を如実に物語る部屋を見回しながら、怪訝な表情を浮かべる。


「さっきのスタッフの言葉通り、先ほどの落雷は陛下がなさった事だと思いますが……」

「昨日聞いてた作戦の開始予定時間よりも、随分と早いよねぇ」

「……ええ」


 サリアが挟んだ言葉に、スウィッシュは小さく頷き、心配そうに眉を潜めた。


「何か、作戦の開始を早めなければならないようなイレギュラーな事が、陛下の身に起こったのでしょうか……?」

「うーん、どうだろうね?」


 スウィッシュの疑問に、サリアも首を傾げるが、すぐにニッコリと笑ってみせる。


「まあ……大丈夫だよー。お父様はお強いし、頭もいいから」

「そう……ですね」


 サリアの楽観的な言葉に、スウィッシュも躊躇しながらも首肯した。

 それでも、まだ心配そうな様子の彼女を安心させようとするかのように、サリアはその二の腕に優しく触れる。

 そして、ハッとした表情を浮かべたスウィッシュに微笑みかけながら、元気な声で言った。


「さあ、急ごう、スーちゃん! 作戦開始の合図が出たんだから、サリアたちも予定通りに動かないと、ねっ!」

「あ……はい!」


 サリアの言葉に、スウィッシュも大きく頷き返す。

 そして、暗記していた作戦の概要を思い出そうとした。


「ええと、確か……合図の雷鳴が聞こえたら、あたしたちはステージの外に出て、陛下と合流して――」

「そうそう。じゃあ、行こっか!」

「はい……い、いいえっ! ちょ、ちょっと待って下さいサリア様ッ!」


 サリアに手を引かれて歩き出しかけたスウィッシュだったが、ある事に気が付くや慌てて足を止めて、その場で踏ん張る。

 そのせいで、サリアは大きくバランスを崩してしまう。


「う、うわあっ! ど、どうしたの、スーちゃん?」

「だ、ダメです! こ……このままの格好じゃ……っ!」


 蹈鞴を踏みながら訝しげに訊ねるサリアに、スウィッシュは大きく(かぶり)を振った。

 そして、頬を真っ赤に染めながら、半裸に近いビキニアーマーを着た自分の胸を両腕で隠す。


「こ、こここここんな恥ずかしい格好を陛下の前に晒す訳にはいきませんっ! ま、まず先にちゃんと着替えて、それから……」

「だーかーらー。大丈夫だって、スーちゃん」


 恥じらうスウィッシュの様子に思わず苦笑いを浮かべたサリアは、軽く首を横に振りながら言った。


「別に恥ずかしくなんかないってば。むしろ、とっても可愛いから、お父様に見せてあげなよー。きっと、スーちゃんの魅力で、お父様もイチコロだよ~?」

「ふぇっ……い、いいいいイチコロ……? あたしに……陛下が……? いや、まさか……そんな事――」

「そんな事、あるって」


 大いにたじろぎながら、それでも半信半疑の様子のスウィッシュを真っ直ぐに見つめながら、サリアは静かな声で言う。

 その紅玉のような瞳には、普段の彼女とは違い、真剣な光が宿っていた。

 サリアは、彼女の目力に気圧された様子のスウィッシュの両肩を掴むと、凛とした声で彼女の名を呼ぶ。


「スーちゃん」

「は……はい……」

「この際、はっきりさせておきたいんだけど」


 サリアはそこで一旦言葉を切ると、深く息を吸い、スウィッシュに問いかけた。


「――ス―ちゃんは、お父様の事が好き?」

「――!」


 スウィッシュは、サリアの率直な問いにハッと目を見開き、小さく息を吐いてから答える。


「は……はい。陛下の事は……臣下としてお慕い申し上げ――」

「そういう意味じゃなくって」

「……っ!」


 キッパリとしたサリアの声で答えを遮られたスウィッシュは、内心でドキリとしながら口ごもった。

 サリアはまるで、心の中を射貫き通さんとするような鋭い視線をスウィッシュに向けながら、更に言葉を継ぐ。


「スーちゃんは、お父様の事が好きなの? ――上司とか、そういうのじゃなくって、()()()()()()()として」

「ひ……ひとりの……男の人……」

「うん」

「……」


 頷いたサリアを前に、スウィッシュは軽く唇を噛んで俯いた。

 そのまま、目を軽く閉じてじっと考えている様子だったが、少ししてからゆっくりと顔と瞼を開ける。

 そして、サリアの瞳をじっと見返してから、真っ赤な顔をしたまま、微かに……だが、確かに頷いた。


「……はい」

「!」

「あたしは…………好きです。陛下の事を……一人の男性として、どうしようもなく……あ、愛して……います」

「……うんっ!」


 スウィッシュの答えを聞いたサリアは、その紅玉のような瞳をキラキラと輝かせた。

 そして、満面の笑みを浮かべて、スウィッシュの手を固く握りしめる。


「それでいいんだよー! スーちゃん、やあああっと自分に正直になってくれたぁ! 長過ぎだよぉ」

「そ……そんなに喜ばれる事……ですか?」

「喜ばない訳無いじゃん!」


 そう叫ぶと、サリアは握ったスウィッシュの手を千切れんばかりに振ってみせた。


「サリアはねぇ、スーちゃんが自分の気持ちに正直になってくれるのを、ずっと待ってたんだよ~!」

「ず、ずっとって……そ、そんなに前からですか……?」

「うんっ! っていうか、サリアだけじゃないと思うよ。アルくんとかも、大分前から感づいてたんじゃないかな?」

「ふぇ、フェッ? あ……アルもですかっ?」


 サリアの言葉に仰天するスウィッシュ。

 だが、そんな彼女に、サリアは更に衝撃的な事を言い放つ。


「う~ん……ぶっちゃけ、アルくん以外にもほとんどバレてたんじゃないかな? それこそ、知らないのは当のお父様くらいだと思うよ」

「な……っ?」


 呆然として言葉を失ったスウィッシュ。

 一方のサリアは、上機嫌で彼女の手を取り、幔幕を潜ろうとする。


「さ。そうと決まれば、さっさと作戦を終わらせて、ドッキドキの告白タイムを迎えよーね! 行こっ、スーちゃん!」

「こ、告白タイ……って! や、やっぱり、ちょっと待って下さいっ!」


 サリアの勢いに圧されて、為すがままに引きずられかけたスウィッシュだったが、再び自分がどんな格好をしていたかを思い出し、悲鳴のような声を上げた。


「そ、それとこれとは話が別ですッ! お……お願いですから、き、着替えさせて下さいっ!」

「え~……可愛いよって言ってるじゃない」

「か、可愛いとかじゃなくって、とにかく恥ずかしいんです、あたしがっ! 後生ですから……」

「……もう、しょうがないなぁ」


 とにかく頑なに着替える事を望むスウィッシュに、遂に根負けしたサリアは、大きな溜息を吐きながら頷いた。


「分かったよ。じゃあ、急いで着替えて、お父様と合流しよっ」

「あ、は、はいっ!」


 サリアが同意してくれた事に心底ホッとした表情を浮かべたスウィッシュは、安堵の息を吐きながら、クルリと踵を返す。


「りょ、了解しました。では、大急ぎで――」


 と、大部屋の中へと戻ろうとしたスウィッシュの声と足が止まった。

 振り返った大部屋に異常を感じたからだ。


「……誰?」


 彼女は、警戒を露わにしながら、薄暗い部屋の真ん中に佇む人影に向けて声をかけた。


(――ついさっきまで、この大部屋にはあたしとサリア様のふたりしかいなかったはず……。コイツは一体……いつの間に?)


 そう考えながら、スウィッシュはサリアを背中で庇うように立つ。

 すると、人影はゆっくりとこちらに振り返った。


「ふふふ……ビックリさせちゃいました?」

「――お前は……っ!」


 振り返った人影が発した声を聞いたスウィッシュは、目を大きく見開く。

 そんな彼女をせせら笑うように口元を吊り上げた女は、緩いウェーブのかかった翠色の髪を掻き上げると、皮肉げな響きの籠もった声で言った。


「ごきげんよう、薄汚い魔族の貧乳娘。引っ掛かりが無いのにそんなカッコをしてたら、お可愛いお胸が丸見えになっちゃいますわよ? うふふふふ……」

「――バカ乳エセ聖女……ッ!」

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