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姫と不在と理由

 「す――スウィッシュ!」


 ギャレマスは、目を飛び出さんばかりに大きく見開くと、前に立つシュータを押し退け、部屋の真ん中で倒れている蒼髪の少女の元に駆け寄った。

 そして、彼女の傍らに膝をつくと、震える手でその身体を抱き上げ、


「おい! しっかりせい、スウィッシュ! 目を開けよ!」


 と上ずった声で叫びながら、彼女の細い肩を揺する。


「う……うぅん……」


 彼の声に、スウィッシュの口から微かな呻き声が漏れた。

 そして、固く閉じられた瞼が、微かに震えながらゆっくりと開く。


「あ……へ……陛下……? え……ええと……どう……して……?」

「おお……! スウィッシュ、大丈夫か?」


 意識を取り戻したばかりで、キョトンとした表情を浮かべているスウィッシュの顔を見下ろし、ギャレマスは安堵の声を上げた。

 そんな彼に抱き上げられた格好のスウィッシュは、その紫色の瞳を物憂げに瞬かせながら、頭の中にかかった靄を払うようにフルフルと頭を振る。

 そんな彼女に、ギャレマスはおずおずと訊ねた。


「スウィッシュよ……。い、一体、何があったのだ? この部屋の様子……それに、何故お主がこんな所で倒れていたのだ?」

「あ……あたし……何を……してたんでしたっけ……? ええと……」

「無理をせずとも良い。ゆっくりと思い出すのだ」


 スウィッシュの様子に、(一先ずのところは無事らしい……)と、ホッと胸を撫で下ろしたギャレマスは、何の気なしに視線を横へとずらした。

 そう――スウィッシュの()()()()()――。

 次の瞬間、彼の目は釘付けになる。


「……ッ! び……きに……あーまー……」

「……ふあッ?」


 ギャレマスの視線が自分の身体に向いているのに気付き、かつ自分が今どんな格好をしているのを思い出したスウィッシュの顔が、みるみる真っ赤に染まった。


「きゃ、きゃあああああああああっ!」

「ぎゃぶえぶブフゥッ!」


 スウィッシュ渾身の平手打ちを至近距離で食らったギャレマスは、鼻血を吹き散らしながら大きく仰け反る。


「あ、ああっ! へ、陛下、申し訳ありませんッ! つ、つい、本能的に……ッ!」

「い、いや……気にするな」


 慌てて背中のマントを体に巻き付け、ビキニアーマーを着た肢体を隠しながら平謝りするスウィッシュに対し、手の甲で鼻血を拭いながらギャレマスは首を横に振った。


「よ……余の方こそ、すまなんだ。そ、その……決して、お主のびきにあ……そ、そんな姿を見ようとして見た訳ではなく、たまたま偶然もののはずみで不可抗力的に目に入ってしまったのだが……その、み、見てしまって……」

「い……いえっ! だ、大丈夫ですっ!」


 動揺のあまり、ぎこちない口ぶりで謝るギャレマスに対し、スウィッシュはブンブンと大きく(かぶり)を振り、それから頬を真っ赤に染めたまま、ぼそりと呟く。


「へ……陛下だったら……まあ、別に……」

「ん? 何だって?」

「ひゃうっ! な、何でもないですッ!」


 訊き返したギャレマスに向けて、目を大きく見開きながら上ずった声を上げるスウィッシュ。

 そんな彼女の反応に怪訝な表情を浮かべたものの、その元気そうな様子に安堵の息を吐いたギャレマスだったが……、ふと周囲を見回すと、その表情を曇らせる。

 そして、胸に沸き上がる不穏な予感を払拭しようと、殊更に平静を装いながらスウィッシュに訊ねた。


「と……ところで……その……、サリアは……娘はどこだ?」

「……ッ!」


 ギャレマスの問いかけを聞いた途端、スウィッシュの顔色が変わった。

 彼女はガバリと身を起こすと、青ざめた顔で周囲を見回す。

 そして、ガクリと肩を落とした。


「そんな……! ああ、サリア様……!」

「……何だ?」

「なんて事……。やっぱり……アレは本当に起こった事……悪夢や幻じゃ……なかった……」

「――おい、スウィッシュ!」


 ギャレマスは、呆然としているスウィッシュの肩を掴んで激しく揺さぶりながら、必死の形相で叫ぶ。


「答えよ! “アレ”とは、一体何の事だッ? サリアはどうしたのだ? どこに消えたッ?」

「へ……陛下……」


 スウィッシュは、その紫瞳を溢れる涙で潤ませながら、自分の肩を掴むギャレマスの腕に縋るように手を伸ばした。

 そして、頬を伝う涙を拭う事も忘れ、必死の表情でギャレマスに向かって口を開く。


「た、大変でございます……! さ……サリア様は――」

「あーあ、コイツはどうやら……」


 スウィッシュの言葉は、若い男の低い声によって遮られた。


「――ッ!」


 その瞬間、スウィッシュは表情を強張らせる。

 そんな彼女の表情の変化に戸惑いながら、ギャレマスは声の主に向かって言葉をかけた。


「しゅ、シュータよ……。何か分かったのか?」

「ん? ああ、まあな」


 ギャレマスの問いかけに対し、それまで部屋の隅で何かを調べていたらしきシュータは、振り返ってコクンと頷く。

 そして、自分の背後に立つ、芝居で使う大道具――枠付きの大きな桃色の扉らしきものをバンバンと掌で叩きながら言った。


「お前の娘――サリアは、攫われたみたいだぜ」

「な――ッ?」


 シュータがあっさりと口にした衝撃的な言葉に、ギャレマスは目と口を大きく開け、思わず愕然とする。


「さ! ささささ攫われただとぉっ? さ、さささささサリアがぁッ?」

「ああ。十中八九、な」


 狼狽しながら尋ねるギャレマスに、シュータはもう一度頷いた。

 それを見た魔王は、大いに取り乱す。


「攫われた……? なぜだ? なぜサリアがッ? い、一体誰が、そのような不届きな真似を――ッ!」

「さあな」


 今にも噛みつかんばかりの形相で問いかけるギャレマスに、シュータは肩を竦めてみせた。

 そして、背後に向かって顎をしゃくりながら言葉を継ぐ。


「……でも、何となく察しはつくぜ。ここに()()があるって事は――」

「――しらばっくれないでよ!」


 今度は、シュータの言葉をスウィッシュが敵意に満ちた声で遮った。

 彼女は、憤怒で滾らせた紫瞳でシュータの事を睨みつけ、その顔に指を突きつけながら、鋭い声で叫ぶ。


「そんな事言って、全部アナタが仕組んだ事なんでしょッ? だって……さっき、無理矢理サリア様を攫っていったのは――!」


 そこで一旦言葉を切ったスウィッシュは、ギリリと奥歯を噛みしめてから、サリアを攫った犯人の名を憎々しげに口にした。


「――アナタの仲間! “伝説の四勇士”のひとり……エセ聖女・エラルティスなんだからッ!」

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